第7話 『魔王と囁き』
肉が焼け焦げる匂いと共に、俺は目を覚ました。
頭痛も怠さも、眩暈も痺れも無い。
可笑しな声が鳴り響いて、自他の境界線が曖昧になる事も無い。
ルルは、いつもの俺達を取り戻してくれたようだ。
彼女には感謝しないといけないな。
俺を俺として認識できるという当たり前の事柄に安堵する。。
だからこそ。
だからこそだ......。
――サラとルルは身体に切り傷を付けて、あちらこちらから血を流している。
「ショータ! 起きたのね!?」
「ショータ。さっそくで悪いけど手伝ってほしい」
体長10mは超えている瞳のない巨人は、紫色のローブを巻いて、赤色の帯を腰に巻きつけている。
肌は、ヘドロを煮込んで天日干ししたような酷い色をして、ボディービルダーのような隆々とした筋肉を持っている。
だからこそ、コイツを殺さなければいけない。
「あぁ、任せろ」
俺は、腰にあるナイフを引き抜いた。
『――人間ちゃぁん!! ヒーローは遅れて登場とはこのことかぁぁ!』
しゃがれた男性の老人のような声、独特な口調で叫んでいる。
これだけ巨大な体を持ちながら、鍛えられた筋肉を併せ持つというのは、それだけで迫力のあるものだ。
しかし、それは足を止める理由にはならない。
俺は矢のような速度で、奴の首を狩りにいく。
『早ぁ!?』
大袈裟に顔を動かして、驚嘆を顔面で表現しているようだ。
ヤツが反応する間も無く、俺はナイフを巨大な首に突き立てた。
しかし、ナイフは金切り声を上げてひしゃげる。あまりにも、コイツの肉体強度が高すぎるのだ。
『そんなオモチャじゃ、我の体は傷つけれませんよぉぉ~~!』
俺はナイフを手放し、空中で体勢を翻すと、渾身の蹴りを入れる。
『痛ぁぁ!』
巨体が揺れ、痛みを訴えてはいるが、ヤツの肉体を破壊するには至らなかった。
俺は距離を取り、二人に回復魔法をかける。
「お前は何者だ?」
『はぁぁぁ......。さっき二人にも説明したけど、君は遅刻したから教えてあげ......』
ヤツは無表情になり、顔に影を落としたかと思えば。
『――あげまぁぁぁぁす!』
......。
コイツ......。
引きつったような過剰な笑顔と鬱陶しい身振り手振り、爆発が起こったかのような声量に、ペースを乱されないように落ち着く。
どこからか、絵の描かれた巨大な紙の束を持って来て、こちらに向け始めた。
どうやら紙芝居を始めるようだ。
俺は十分に警戒しながら、一応ヤツの話を聞くことにした。
『昔々、何ていうのもおこがましい! めっっちゃ昔のお話です。我は一部を除いて、大陸全土を支配しておりました。(我すごい★)そんな時、超つよつよ人類こと勇者御一行様が、魔王城にカモーン!』
という事は、膿が破裂したような醜い演劇を行っているコイツが魔王......。
魔王は顔をコチラに近づけ、手を添えて囁くように息を漏らす。
『あ、因みに勇者達の中には、超絶ボインでBeautifulなお嬢さんもいたZE♥』
コイツが、魔王......。
サラとルルの方を見ると、二人は唖然とした様子で口をポカンとさせている。
魔王を名乗る存在が、気持ちの悪い程のテンションで話しかけてきているのだ。困惑するのも無理はない。
ヤツは体勢を戻すと、再び話を始める。
『しかし! スーパーウルトラハイパーパーフェクトキングである我も、ヤバスギヒューマン勇者には、なす術がナッシング! ★我★消★滅★ しかし! 我はてんちゃい魔法使いである為、魂を分割し、一部だけを逃がす事に成功ぉぉぉぉ!』
そう言いながら、両手を掲げて、喜びを全身で発散しているようだ。
つまりこいつは古の魔王であり、勇者に討伐されたが、なんとか逃げ延びて今に至るという訳か。
『そんなこんなで、我がスヤスヤァ~~っと。眠っていた 時 で す よ !』
唇を曲げて、嫌そうに俺達を大きな指で指し示す。
『我の番犬を倒し、我の眠りを妨げるとは、まっこと誠に許せん~ぬ!』
"番犬"という単語に引っ掛かったので、俺がルルに対して視線を送ると、意図に気づいた彼女は小さく頷く。
つまりヤツの言う番犬とは、俺達の意識を入れ替え、危うく全滅する所まで追い詰めた正体不明の魔物。
不幸中の幸いに、ルルが奮闘してくれたおかげで俺達は助かった。
恐らくサラとルルは、長い時間を共に過ごしていたから、意識が入れ替わったとしても浸食が進みずらい傾向にあったのだろうと推測するが、今は置いておこう。
「先に攻撃してきたのは、そっちだと思うが......」
『ま、どっちにしろ明日には、我がこの大陸を支配する予定だったんだけどね♪』
「そうか」
なるほど。だとしたら、尚更ここで叩いておかないと。
俺が起床した時から感じていた、圧倒的な邪悪な魔力。その総量も去ることながら、その独特な気配からは俺が対峙してきた、どの歴戦の魔法使いにも勝ると思われる。
俺は腰に手を掲げ、頭の中で一つの呪文を唱える。
すると次の瞬間、小さなナイフがあった腰に一つの黒い大刀が現れる。
『ちょっとちょっと! その刀、激ヤバのヤバの匂いがするんだけどナ!?』
もう気が付くか。流石魔王を名乗る程の事はあるな。鼻が良い。
「コレには二十の付与魔法がかけられている。使い方によっては山一つを切り落とすのも可能だ」
これは俺が付与できる魔法の上限値。山を切り落とす事が出来ると言うのも、脅しの文句では決してない。
正直、これを超える武器に俺は出会ったことが無い。
まぁ、俺の見識が狭いだけで、どこかに超える武器があるかもしれないが。
しかし、思い出に耽るとすれば、一番苦労したのは、この刀を納める鞘を作ってもらう事だった。
「に、二十個の付与魔法ですって!?」
「五個で国宝......。それなら二十個って......」
サラとルルは目を見開いて、身体を震わせながら、腰を抜かしていた。
その表情は唖然としており、この刀の強力さが想像もつかないという様子だ。
そうか。二人に見せるのはこれが初めてか。使う機会無かったし。
しかし、相手が魔王とは......。この刀の真価を発揮するにはちょうどいいな。
俺は、少しばかり嬉しく思い、口の端が僅かに上げる。
『ちょ! ちょっとタンマ! 人間ちゃん! 話し合えば分かるって~!』
ヤツは掌をコチラに向けて振り、必死に唾を飛ばしている。
もはや先程の言動からして、ヤツが演技をしているのか、本心から停戦を乞いているのかどうかさえも、俺には分からない。
嘘をついているかどうか分かる魔法なんてあったら便利だろうに......。
そんな事を考えながら、俺は表情を変えることも無く、すぐさま行動に移す。
「是非も無しだ」
瞬きをする。目にも止まらない圧倒的な速度で、ヤツの首元にたどり着く。
『な、何が欲しい!? 一生涯使えきれない財宝か!? 何でも言う事を聞く人間か!? そ、そうだ! 我が支配した世界の半分! 世界の半分はどうカナ!?』
魔王は厚い唇を震わせ、大粒の涙を流しながら醜く助けを乞う。
両手を強い力で合わせている様子は、まるで何かに祈っているかのようだ。
ヤツが提示する条件はどれも、俺にとって一ミリも興味の無いモノばかりだ。
「安心しろ。支配なんて、俺がさせない」
鍛え上げた腕力を用いて、黒く輝く大刀が残像を写して魔王の首へと届く。
『ぎゃあぁぁぁああああぁあああ!!!!!!!』
甲高く、聞き心地が最悪の断末魔が、空間内に響き渡る。
舞い上がった砂埃が消え、そこには首の落ちた魔王が居る。
――はずだった。
『ざぁあ~んねんでした~! 我! "物理攻撃無効"ナリ~~!』
魔王は過剰な程に目口を吊り上げ、全力で笑みを浮かべている。
両手を天に向かって掲げ、何やら恍惚とした雰囲気だ。
嫌な予感がして、恐る恐る手元の刀を見ると、刀身がボロボロに壊れている。
俺はつい手を離してしまい、柄が地面に転がる空虚な音が響き渡る。
――嘘だろ......。
数多の怪物、歴戦の猛者を屠ってきたこの刀が一ミリも効いていない......。
ヤツのいう事が本当だとしたら、先程蹴りを受けた時も全て演技だったという事。
俺はこれ以上の武器を持ってないし、知らない。
俺は崩れてしまった刀身を見下ろす......。
『HAHAHAHA! これでそこの人間ちゃんは、回復魔法しか使えないでくの坊ちゃんだ! ちいちゃい、ちいちゃい美少女二人で、一体全体どうするちゅもりでちゅかぁぁ~?』
魔王の言葉が、初めて二人の少女の心を揺らす。
事実上のショータの戦力外通告。特にサラは呆然とし、呼吸が早くなる。
「ショ、ショータのいう事が本当なら、あの刀は世界一番強いよね......。それが、効かないなら、どうやって......」
どうやって、私達二人だけであの魔王を倒せばいいのだろうか。
ショータが目を覚ます前、手加減した魔王ですらギリギリの攻防を余儀なくされたというのに。
これでは、蹂躙が始まってしまう。ショータは類まれなる身体能力を持ち合わせているが、攻撃が効かないというのならじり貧だ。
サラの鼓動はドクドクと波打ち、視界が朦朧としてくる。
『HAHAHA! プラズマエクスプロージョン!』
眩しい輝きを増しながら、凄まじい雷撃がサラを目掛けて放たれる。
「――サラ!」
しかし、寸での所でルルがその身を抱えて攻撃をかわす。
不安そうに瞳を震わすサラの手をとり、ルルは強い意志力で彼女を見つめる。
「サラ。大丈夫。例えわたし達だけでも、やらなきゃ」
サラは、落ち着いて深く呼吸をすると、力を込めて手を握り返す。
「えぇ。ありがとうルル」
サラは瞳を紅く燃やし、魔王に向けて啖呵を切る。
「やりましょう。他でもない私達で......!」
俺は、二人の言葉の意味が良く分からず、首を傾げていた。
すると何故かサラは、俺に向かって微笑むと......。
「ルル。お願い......」
そうして、ルルはコチラに駆け寄って来て俺の首に手をかざす。
微弱な魔力反応。
「アイスバレッド」
「え?」
俺が反射的に避けれなかったのは、不意を突かれたからだろうか。
それとも彼女らに、ある種の信頼というものを託していたからかもしれない。
いずれにしても、俺は抵抗できなかった。
「ごめん。ショータの攻撃は無効化されてしまう。ここはわたし達に任せて、ショータだけでも逃げて」
襟首に氷の矢が生まれ発射される。俺は首根っこを掴まれたように、服ごとダンジョンの入り口の方へと、高速で飛ばされる。
遠ざかる景色の中、辛うじて見えたのは二人の温かな微笑み。
そして......。
「「ショータ。生きて」」
――彼女らの囁きのような願いが、耳を撫でた。
景色が遠ざかって、全てが闇に包まれていく......。
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