第7話 私……虐めてないよね?
「カティアス様……素敵ですね」
頬を染めるローズは無茶苦茶可愛かった。そんなローズをうっとりと眺めつつ、シャーロットは「そうね」と心の中では肯定しながら、口では「そうかしら?」と返す。
「お嬢様は、昔からあの方が側にいるのが当たり前過ぎて気が付いていないんだわ」
それは罪だと言わんばかりに前のめりに言われて、シャーロットは曖昧に微笑む。
カティアス様の怪我も完治してしばらくたったある日、シャーロットはローズを伴って騎士団の公開演習に来ていた。
「ローズはカティアス様みたいな男性が好き?」
「そりゃあ!王都にいる女性はみんなカティアス様に憧れていますよ。騎士団最強なのに、物腰は柔らかくて紳士的で、しかも見目麗しいじゃないですか。あの青空のように澄んだ瞳に映りたい女子は沢山いますよ」
「一般論じゃなくて、ローズ的には?」
ローズは唇をキュッと結んで俯く。
「そりゃ……。でも、お嬢様の婚約者ですし、私の気持ちなんて……」
つまり、ローズは漫画にあったようにカティアス様に惹かれているということだろう。ただ、漫画の通りに進んでいないのは、二人の出会いを私がぶち壊してしまったのと、カティアス様を看病することで二人の関係が深まる筈だったのに、誠実なカティアス様がローズの看病を拒否したことで、二人の間に絆が発生しなかったせいかもしれない。
目の前で騎士達が剣の打ち合いをしているのを見ながらを、漫画の内容を思い出してみる。二人の仲を深めるエピソードが他になかっただろうか?
好きな漫画ではあったけれど、キーワードとなる言葉や出来事を聞くと思い出す程度で、これから何があるのか思い出せずにいた。
ローズと色んな単語を組み合わせて思い浮かべてみたが、パッと閃く内容はなかった。
私が悪役令嬢にならない為には、カティアス様とローズの仲を邪魔しない。ローズに意地悪をしないくらいしかわかっていない。
今のまま、カティアス様とローズが親しくならなければ、漫画とは違う展開になるんじゃ……と、考えなかったこともないけれど、ローズの気持ちを蔑ろにすることは、彼女を虐めたことに繋がるのでは?と思うと、やっぱり二人には仲良くなってもらって、私はそれを祝福しつつ身を引くのがベストなのかもしれない。
そんなことをツラツラ考えていたら、ローズの顔色が変わって、いきなり涙をポロポロ流しだした。
「ローズ!?」
あまりに驚いてしまって、淑女にあるまじき大声を出してしまう。最近、前世の記憶と現世の記憶が融合してきたせいか、以前程完璧な淑女の仮面がかぶれなくなってきた気がする。
「すみません、すみません、すみません……。私、お嬢様にこんなにお世話になっているのに。私が売られることなく、生きていられるのは、全てお嬢様のおかげなのに!」
ローズはボロボロと涙を流しながら、何度も頭を下げる。
カティアス様が人身売買の闇オークションを摘発したことで、闇オークションとサーディン商会の関係が表沙汰になり、サーディン商会に引き取られる筈だったローズは、もしかしたら自分も売られていたのかもしれなかったと昨日私と話していたのだ。ただその時は、サーディン商会に引き取られなくて良かったね……くらいの話で終わっていたのだけれど。
「ローズ、落ち着いて」
ハンカチを出して、ローズに手渡そうとしたが、ローズは自分のハンカチをさっと出して、顔を埋めて嗚咽する。
「いえ、私が悪いんです!お嬢様のご気分を害するようなことを言ってしまったのですから。すみません、ちょっとお側を離れさせてください。気持ちの整理をしてきます」
え?本当に何事?
バタバタと走って行くローズを引き留めようとしたが、この場面に既視感を覚えて足が止まる。
騎士団公開演習、それをうっとりと見つめるローズ。これって、
確か……、悪役令嬢は孤児院で一度、カティアス様が入院していた診療所で一度、ローズとすれ違ってはいるのよ。でも、しっかりと会話をするのは、この公開演習の時だったんじゃないかしら?ローズがカティアス様と距離が近く接しているのを見て、彼女にきつい言葉を投げかけるのよ。しかも、その貧しい身なりを貶して、孤児院出身であることも思い出すのよね。
この時ローズは……、うちの侍女じゃなくてサマディ侯爵家の侍女だったわ。あの事件の後、行き場をなくしたローズを、カティアス様がしばらく預かることになり、ローズを侯爵家で雇い入れたんだった。
献身的に働くローズに好感度がぐんぐん上がって、カティアス様が公開演習に彼女を誘ったんだわ。
私は頭がズキズキ痛み、周りから侍女を叱責して泣かせた令嬢だと噂され、見られている視線を感じつつ、頭を押さえながら演習場に目を向けた。
演習場の真ん中には、騎士達を指導していたカティアス様がいて、目が合ったのは気の所為じゃないだろう。カティアス様は騎士達に何か言付けると、さっと身を翻して演習場を後にした。
ああ……ローズを慰めに行くのね。でも、私、ローズを虐めてないわよね?酷い言葉も投げかけてない筈。ローズは私に謝っていたけれど、私が悪かったの?黙って考え事をしていただけなのに。
このままだと、私がローズを虐めたって勘違いされないかしら?ローズは見た目通りセンシティブな性格なのね。私は目つきが鋭いから、黙っていると怒っているように思われたのかもしれないわ。別に、カティアス様に対する気持ちを非難しようなんて、これっぽっちも思っていなかったのに。
ザワザワしている観客席を後にし、私はローズを追いかけることにした。
漫画では……そう!裏庭みたいな場所で、カティアス様が泣いているローズを抱き締めて慰めてあげるんだったわ。これも二人の距離が縮まるエピソードだったわね。
観客席を出て、階段を早歩きで降りていた私の足が止まる。
ローズを抱き締めるカティアス様……見たくないわ。
胸が苦しくなって、鼻の奥がツンとしてくる。涙なんか、覚えている限り流した記憶がないけれど、これは涙が流れる前兆だということはわかる。私、思っていた以上にカティアス様のこと、好きだったのかしら?
きっと、前世の記憶が戻る前の私だったら、この感情の意味なんかわからなかったわね。でもそうよね、漫画でローズに嫌がらせをするのだって、カティアス様に気持ちがなかったらする筈ないもの。
淑女にあるまじき行為ではあるけれど、私は階段に座り込んだ。頭を抱えたいのだけはなんとか堪えるが、ため息だけは出てしまう。だって、こんな気持ちには気付きたくなかったわ。カティアス様のヒロインはローズなんですもの。私はヒロインの姉。カティアス様への気持ちが溢れてしまったら、本当の悪役令嬢になってしまうかもしれないもの。
「ロッティ!どこか具合が悪いのか?!」
階段の下にカティアス様が現れ、階段を二段飛ばししながら駆け上がってきた。座り込んでいる私の一段下まで来ると、階段に膝をついて私の顔を見上げて、私の頬に手を伸ばす。
「熱はなさそうだけれど、泣きそうな顔をしているじゃないか。何があったんだ」
私は泣いていない。泣いているのはローズで、カティアス様はローズを探しにくる途中で、私に遭遇してしまったんだわ。優しいカティアス様は、様子のおかしい私のことも放っておけないのね。立ち上がって、なんとか姿勢を正す。
「何もありません。ローズに勘違いされてしまって、彼女を泣かせてしまったんです。カティアス様も、ローズの様子がおかしかったから、様子を見に来たんでしょう?私が彼女を探しに行くより、カティアス様が行ってあげたほうがいいですね。ただ、私がローズの勘違いだって言っていたと、伝えてもらえませんか?」
ここは、カティアス様を送り出すのが正解ですね。そして、カティアス様はローズを抱き締めて慰めるんだわ。
私は奥歯を噛み締めて、唇が震えそうになるのを耐える。唇の端を上げて、少しは笑っているように見えるかしら?
カティアス様は立ち上がると、私のことを抱き締めた。そして、優しく背中を擦ってくれる。
「ロッティ、私は君の侍女の様子がおかしかろうが、婚約者の君より優先するつもりはないし、正直彼女のことはどうでもいい」
「え?」
「私が演習を抜けて来たのは、君の様子がおかしく見えたからだ。彼女は君を傷つけたんじゃないのか?彼女が感情に任せて突飛なことを言い出し、君はそれにより具合が悪くなった。私にはそう見えたんだ」
「私……ですか?」
あの時、ほとんどの人はボロボロと泣きながら謝るローズに注目したでしょうに、カティアス様は私を見ていてくれたのね。
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