学園祭 - 6

 シーンは戦勝パーティー、即ち戦争が終わった後の話。

 豪華な白い城の赤いカーペットの上、コリンは王の前に跪いていた。

「天晴、流石の働きよ。まさか単身で魔族の将校を倒す力がそちにあろうとは……何でも望みを言うが良い。叶えて見せよう。」

「寛大なお心感謝致します。陛下、私には思い人がいるのです。しかし私はしがない男爵家の次男、地位が低いお陰で結婚することが許されません。どうか、私に新しい爵位を与えてくださいませんか。」

「よかろう。そなたに新しい苗字と、伯爵の地位を約束しよう!」

 周囲の貴族は拍手を送り、コリンは更に深く跪いて感謝を述べた。


「エリザ、エリザ!」

「……コリン。」

 コリンは王から勲章を受け取って直ぐに、エリザのいる場所へと急いだ。賑やかなパーティー会場から少し離れた、静かな王宮の庭である。

「僕、伯爵の地位を貰えたんだ。」

「ええ、ええ。聞いたわ。それで、その……」


 言い淀むエリザの口にそっと手を当てるコリン。美男子が美女に急接近したせいか、観客は騒めいている。

「僕に言わせてくれ、エリザ。これで僕らを阻むものはすっかり無くなった。君のお父様とは既にお話したよ。……エリザ、僕と結婚してくれ。」

 コリンは後ろ手に隠していたバラの花束を出し、エリザの前に片膝をついた。エリザは頬を赤く染め、目をぱちぱちさせた。

「本当に?夢じゃないかしら?」

「ああ、本当に本当だ。」

「なんてこと、神様、ありがとう!ええ、コリン、勿論結婚するわ!」


 エリザはコリンに飛びつき、ぎゅっと抱き締めた。コリンは笑顔でエリザを腰を支え、抱き返した。

 そして二人はこっそりと月明りの下で誓いのキスを交わし、幕が下ろされた。


「ブラボー!」

 観客は立ち上がり、割れんばかりの拍手を舞台に浴びせた。

 口笛と歓声が飛び交い、広い会場に反響し合って更に大きく聞こえてくる。


「お、終わったんですね……よかった……」

「あら、まだ衣装脱いだらダメよ。多分ね。」

「え?」

 舞台幕が再びゆっくり開かれていく。既に役者も小物も撤退した後なので、がらんどうの床だけが明かりに照らされている。


 軽快でリズミカルな音楽に合わせ、舞台に登場した役者たちが踊る様に次々に現れてはお辞儀をし始めた。

 観客たちは役者のお辞儀に合わせてより大きな拍手や歓声を返し、手を振っている。

「カーテンコールよ。ああやって観客に挨拶するの。より良い演技をした人にはより大きい拍手が送られるわ。さ、いってらっしゃい!」


 そういうと演出係の子は突然背中を押し、思わず私は舞台上へよろめいてしまった。

 私の姿が舞台端に現れた瞬間、観客たちの歓声がより一層高く響いた。

 ピューピュー止まない口笛に背を押されるように、私は裾を踏まない程度に浮き、舞台の中央へと移動した。


「なんて素晴らしい!」

「演技が恐ろし過ぎて鳥肌が立ってしまった!」

「ああ、流石だった!お疲れ様!」

「かっこよかった!」

 ごちゃごちゃしていて聞こえにくいはずの賞賛が、一言一言良く聞こえてくる。

 仮面をしておいてよかった。嬉しくてつい口元が緩んでしまう。


 舞台中央まで歩き、見よう見真似でお辞儀をする。拍手を全身で受け止めるのは気持ちがよく、ほんの数秒の事なのに、それよりもずっと長い時間に思えた。


 礼を終えて端へ寄ると、次はコリンとエリザの番だったらしい。

 手をつないでラストスパートを飾った彼らには更なる賞賛が浴びせられ、彼らはやりきったような笑顔で手を振り返した。


 ---


「お疲れ様ー!大成功だったね!」

 控室は歓喜と興奮の声で満ち、演劇部員たちは手を挙げて跳ね回っていた。

「いやあ、一時はどうなることかと思ったけれど。本当に上手く行って良かった。」

「メーティアもお疲れ様!ところであれ、何をしたの?」

「お疲れ様です、サラさん。……何してもいいと言われたので、精神魔法を使いました。」


 サラにしか聞こえない程度の小さな声でつぶやくと、サラは目を丸くした。

「精神魔法?貴方、そんな高度なものが使えたの?高等部ですら授業で触れられる位で、使いこなすのは難しいって言われているくらいなのに……」

「学ぶ機会があったんですよ。正直演劇に使うのもどうかと思ったんですけれど、まあ私は演劇部員じゃないですし、ちょっと体格誤魔化す位ならいいかなって。」

「それは、そうかも……?別に演出の1つだと思えば私は全く問題ないと思うけどね。監督だってそう言うだろうさ。」

 監督の方を見ると、彼は嬉しそうに仲間たちと会話している。何かを気にしている様子はない。


「何より私、貴方のお陰で凄く上手く行った気がするの。」

「そうですか?」

「ええ。……正直私は、少し天狗になっていたのよ。戦術部に落ちてここに来たとはいえ、それなりに演技力も運動神経もあって、結構やれる方だと思っていたの。でもね、魔族としてのあなたと対峙した時、本気で怖くなったのよ。」

「それは……ちょっと申し訳ないです。」

「ううん、気にしないで。逆に本気で怖くなったからこそ、あの場でコリンの心情が上手く表現できた。そして、そうやって本気で怯えたからこそその後の戦いが引き立っていた。恐怖の中でも戦い抜く強さ、優しさが観客に良く伝わったことでしょう。」


 サラはすっきりした顔で、右手を差し出した。

「ありがとうメーティア。」

「こちらこそありがとうございます。こんなに褒めて頂けるなんて、光栄です。」

 差し出された右手を取り、しっかりと握手を交わした。


「……ま、午前の部もこれで終わったことだし、午後は自由に回り放題だな。メーティアはこの後何か予定がある?もしよければ……」

「そうよ、メーティアは私と一緒に楽しく屋台巡りするのよ。」

 突然サラの背後から現れたデリケに、サラは驚いて体が小さく飛び上がった。


「び、びっくりした。お前、何気配消して後ろに佇んでいるんだ。」

「別に何もしてないわよ、貴方の気が緩んでいただけ。それよりメーティアは先約があるからね、デートのお誘いはまた今度にしてね。」

 ね、とデリケは私に目配せした。

「そうか……それは残念だな。」

 サラはそっと悲しげに目を伏せながらふわりと笑っている。

 何というか、凄く惹きつけられるような表情だ。


 ああ、わかった。

 この人、所謂『王子様』な女子だ。

「……デリケさん、この人ってもしかして女性にかなーりモテたりしてます?」

「鋭いわね。モテるどころか女たらしって言われてるわ。」

「別にたらしてるつもりはないんだけれどなあ。」


 ---


「メーティア!デリケ!お疲れ様!」

 集合場所へ向かうと、イザベルが私達へと飛びついてきた。文字通り。

 そんなイザベルの体を受け止めると、彼女はきらきらとした目で私達の顔を交互に見ている。


「見たわ、演劇!本当に凄かったわ!」

「ありがとう、イザベル。」

「私たちも見たけれど、とっても良かったです。勿論エリザも最高だったけど、何よりあの魔族役!あの魔族役ってメーティアなんでしょう?あれだけ多彩な魔法を使えるのは貴方しかいないもの。」

 イザベルの後ろから登場したメグが私に詰め寄り、肩を掴んで揺らした。相当興奮しているらしい。後ろから遅れてマデリンも登場し、控え目に手を振った。


「そうよ、私が魔法で色々したの。」

「本当に凄かったわ。感動したし、周りの観客もそうよ。……ほら周り見てみなよ、皆ちょっとこっちを見てるじゃない。」

 メグに小声で囁かれて思わず周囲を見渡すと、周囲にいた何人かが一斉に目を逸らした。

 それでも数人固まってこちらをちらちら見ながら何やら話している。


「本当だ。あれ、何かしら。」

「何って、あの劇を見た人に決まってるじゃない。良かったわね、ファンができて。」

「デリケは分かるけれど、私のファンはちょっと分からないわ。だって、私仮面とローブで完全に姿隠してたし。」

「いやいや、あの魔法捌きは惚れる人沢山いるわよ。中身がメーティアじゃなきゃ私もうっかり惚れてたでしょうね。まさに、ガルス殿下の弟子って感じだったから。」

 こそこそとこちらの様子を伺っている人数が少しずつ増えてきた気がする。

 基本的にはデリケを見つめているようだが、中には私を凝視している者もいる。


「よし、そろそろお昼にしましょう。大分人気者になってしまったようだけれど、今日は1年に1回の学園祭。思いっきり遊びたいから、適度にバレないようにしましょう?」

 デリケは小声で私達全員に宣言すると、カバンの中に隠していた帽子をかぶった。

 確かにぱっと見デリケだと分かりにくい。

 私の顔も舞台では晒していないことを考えると、名前さえ気をつければ何とかなりそうだ。


「それもそうね!じゃあ皆、屋台巡りに出発!料理部が腕を振るって作った沢山の料理を食べて貰わないとね、マデリン?」

「そうね、イザベル。大変だったんだから。」

「特にね、私たちが担当したのは向こうでね……」

 キャッキャとはしゃぐイザベルとマデリンに手を引かれ、私達は屋台の並んだ大通りの方へと向かった。

 集っていた人達は暫く私達を見つめていたが、次第に自分達の行きたい場所へと消えて行った。


 ただ一人、茫然とする男を一人除いて。

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