お手合わせ -3

 舞い上がった黒煙と土埃が広範囲に広がり、前が良く見えない。それでも魔力探知はちゃんと働いている。

 天雷霆撃が当たった場所には未だ魔力反応があるから、彼は避けられていない。しかし、防御魔法を使った反応もなかった。

 上級魔法を防御も使わず食らったのならば、いくら強靭な肉体を持つ殿下と言えどタダでは済まない。


 いや、まだ決着がついたとは限らない。油断を怠るな。

 上級魔法に全力を出し過ぎたせいで頭が少しふらつく。それでも目線は逸らさずに、魔力探知も揺るがない。

 次第に視界はクリアになり、周囲を認識できるようになってきた。魔力探知で反応がある一点に視界を集中させる。

 黄土色の砂と茶色の土が混ざり合う中、殿下の姿は――見えなかった。


 その瞬間、全てを察した。急いでこの場から離れなければ。

 足に風魔法を纏わせ、自己強化を最大まで掛けると同時に力を込める。だが、その足が動くことは叶わなかった。

 突然体に力が入らなくなったようにぐらりと身体が傾き、そのまま地に伏せられた。立ち上がろうとしても体が言うことを聞かず、地に手をつくだけで精一杯。

 それでも、浅い呼吸を繰り返しながら杖は離さず、しっかりと握りしめたまま。

 まだ戦える。


「無理だ、諦めな。」

 後ろから殿下の声がした。踏みしめるような足音が段々と近づいてくる。

 溢れる魔力で嫌でもわかる。私はこの男には勝てない。


「もう無理だ、お前はもう立てもしないだろう。」

「それでも、私はまだ戦えます。」

 魔力探知で殿下の動きは見なくても視える。ゆっくりとこちらに近づいているが、佇まいに一切の隙が見えない。己の勝ちを確信しながらも、決して油断しない。

 数々の戦いを制してきた者の姿だ。


 勝ち負けだけを考えるなら、これ以上の抵抗は無駄な事だ。

 勝てないことは理解できている。彼は魔法も剣技も熟知しており、私が何をやっても想定の範疇だろう。一方で、私は彼が使える技の殆どを知らない。剣技はからっきしだし、魔法に対する理解度だって彼の方が高い。


 さっきだってそうだ。

 彼はずっと、幻影魔法を使っていた。

 タイミングは私と同じ。風牢を破った時に見えた彼の姿は、恐らく幻影だったのだろう。精巧な見た目や声、魔力の模倣で全く気づけなかった。


 それだけじゃない。彼は幻影に魔法を使わせていた。

 理屈や仕組みは分からない。ただ、幻影の殿下は幻影の剣に炎と氷の魔法を纏わせ、私を叩き切ろうとしてきたことは事実だ。

 あの光も音も、熱気も冷気も、隠れていた私にも届く程にリアルで繊細で、まるで魔法を幻影自身が発動しているように見えた。

 私に攻撃を当てるときあれだけ接近しても、全く気づけない程に彼の幻影は完璧だった。

 最早これは幻影というよりも、


「『分身』だ。お前が俺に使った幻影が応用魔法ならば、分身は上級魔法。魔力消費はデカいし、魔術師のように杖で魔力調整もできないから剣士が使うのは結構大変なんだ。そういや、これを決闘の中で実際に使ってみたのはほぼ初めてだったな。」

「……流石、ですね。」

 未だに力は入らないが、少しずつ分かってきた。これは精神魔法だ。

 私自身の身体に何らかの作用を及ぼして、力を入れないように制限している。これを解除できればまだ戦えるはず。

 しかし、このままではいずれアーロンが勝敗を付けてしまう。その前に時間稼ぎをしなければ。


「……よく分かりました、今の私では殿下の力に対抗することは難しいでしょう。けれども、元より私にとってこの戦いは実戦練習です。まだ学ぶべきことが、私にはあると思うのです。」

「それが、そうやって無理にあがき続ける事か?私を誰だと思っている。お前と私の間には実力差がある。才能で互角だったとしても、努力してきた年数が違う。それ以上あがいたところで苦しいだけじゃないか?」

「いいえ、殿下。この戦いこそが、私にとっての努力なのです。」

 殿下の背後を見ると、アーロンが立ち上がっている。だがまだ止める気は無いらしく、腕を組んでこちらを静かに見つめている。

 まだ私に戦う意思があることを理解しているようだ。ありがたい。


 知恵熱で頭がオーバーヒートし、魔力不足も兼ねて目がチカチカする。それでも考える事を止めない。

 私に掛けられた魔力の場所を探知し、作用とメカニズムを計算して割り出していく。

 私はまだ学校の授業で精神魔法に対する対抗策を学んでいない。それなら、対抗策は自分で作るしかない。


「お前、いい加減に……」

 彼はまた一歩私の方へと歩みを進めた。が、彼は何かに勘付いたように目を見開き、防御の構えを取ろうとした。

 が、それよりも私の方が早い。私は瞬時に立ち上がり、杖を構えたまま彼の方へと突進した。


 力が抜ける魔法を掛けられてから20秒程度。その20秒程度で、私はその魔法を看破した。

 精神魔法は脳や感覚器官に直接影響を与える、魔法。この相手の力を奪って立てなくする魔法も同じく、脳の筋肉に指令を出す神経を麻痺させているのだと予測できた。

 魔法が作用した部位は、大脳皮質の運動野。体全体の力を奪っていることから、かなり広範囲に作用している。

 場所と仕組みが分かれば後は単純な話だ。麻痺させている部分を無理矢理こちらの魔法で活性化させ、元の状態に戻してやればいい。


 いわば、逆に作用する精神魔法を自分にかけているのと同じこと。

 名無しの魔法、創作魔法だ。


「はああああ!」

 まだ体がビリビリする。力が及ばず、上手く相殺できていない部位もある。

 それでも、短時間決戦に持ち込めばまだ抗える。

 目に見えない程高速で彼の元へ突っ込み、杖を胸元に押し付ける。こうやって密着したまま雷弾でも撃てば、相手は避けられないし防御もされないはず。


 もう少しで彼の胸元に魔法を撃ち込める、と思ったのも束の間。

 突然重たい衝撃が私の横腹を貫き、私の身体は綺麗に宙を舞った。今まで食らったことのない程大きな衝撃、防御も張る猶予もなかった。

 同時に集中が切れ、私自身にかけていた魔法も切れてしまった。途端に再び筋肉麻痺に襲われて身体が動かなくなる。これでは受け身も取れないだろう。


 度重なる魔法の使用と肉体への衝撃で、もうとっくに限界を超えていたらしい。

 雷で焼けこげた土と砂の匂いに包まれながら、私は真っ暗な闇へと意識を落とした。


 ---


 瞼越しの日光が意識を闇からゆっくり引き上げてくるようだ。

 草の青臭い香りが鼻につんとくる。硬い葉っぱがわさわさして体が痒くなりそうだ。

 ぼんやりとしていた頭が段々覚醒するにつれ、周囲の会話が良く聞こえてくるようになった。


「ガルスさ、お前何本気で殴ってんだ。軽くいなせばそれで終わりだっただろうが!」

「仕方ないだろう、俺もびっくりして反射的に反撃してしまったんだ。まさかあの精神魔法を無理矢理破ってくるとは思いもしなかった。」

「意外と根性据わってましたね、この子。あそこで終わると思っていたら、一矢報いようとしてきたのは流石。殿下が気に入った理由が分かりました。……おや、そろそろ目覚めたかな。」


 目を見開くと、心配した3つの顔が私の顔を覗き込んでいた。

「おっ目が覚めたか。悪いな、俺、ちょっとばかり本気で反撃しちゃったみたいで。怪我はないか?」

「……体全体が痛みますが、骨は折れていないと思います。」

 ゆっくり体を起こすと、節々がギシギシと痛む。それでも重大な怪我はしていないようで、痛みもどちらかというと筋肉痛に近いものだ。


「よかった、メーティアちゃん、覚えてる?この男に横腹を剣で思い切り叩かれて気絶してたんだよ。人体保護があったから真っ二つにならなくて済んだけれど……」

「大丈夫です、覚えています。今決闘の事も思い出しました。」

「うむ、良い戦いだった。まさか初見であの魔法を破ってくるとはな。」

 ヴァンサンは比較的私の身体を心配してくれているようだ。

 一方で、アーロンとガルス殿下はどちらかというと決闘について想いを馳せているようだった。


「殿下、あの技まで使うとは思いませんでしたよ。あの魔法、俺を実験台にして開発した創作魔法じゃないですか。」

「あの技?」

「『力が抜ける魔法』、一番最後に使った精神魔法のことだ。アーロンに強力して貰って作った。神経から肉体を無効化するなんて理論上最強の技だと思ったんだがな。仕組みを見破られ、あまつさえ一瞬で作り上げた創作魔法で破られるとは。」

「あれ、殿下が問答無用で速攻私を降参させていたら無理でしたけれどね。会話に応じてくれたおかげで時間稼ぎができました。……というか、剣士の癖に色々魔法使い過ぎじゃないですか?剣士って魔法は比較的単純なものしか使わないって授業で聞いたんですが、殿下は精神魔法も使うし、たまに遠距離攻撃もしてきたし。」

「別に、俺は両方使えるからな。近距離や狭い所だと剣が圧倒的に有利だから持っているだけで、杖が無くても魔力量と魔力操作には自信がある。魔術師程多くは使えないってだけだ。」


 なんというか、ズルいお方だ。

 呆れると同時に、ふふっと笑い声が出てしまった。何がおかしい、ときょとんとする殿下に無言で首を振った。

「メーティアちゃん、確かに殿下は剣士として強い上に魔術師並みに魔法を使いこなせるのはズルい所があるけれどね。君も大概だよ?創作魔法使えるなんて聞いていないよ。精神魔法だってまだ習っていないはずなのにさ。」

「ヴァンサン、知らなかったのか?メーティアは入学試験で創作魔法使った天才だぞ。しかも杖を持って来ずに素手で挑んだらしく、『素手使い』なんて呼び名があるくらいだからな。」

「ちょっとアーロンさん、その不名誉なあだ名をこれ以上広めないでくださいよ。」


 慌てる私にアーロンはにやりと笑い、ここぞとばかりに入学試験の話をヴァンサンに言って聞かせた。

 入学試験なんてとうに過ぎたことだし、そんなことを今更話題にされても困る。

 しかも、殿下は黙って満足そうに頷きながら聞いている。どう見たって止める気はない。


 まだ脳も体も疲れているが、今だ高揚感が収まらない。

 本気で戦うのはこんなにも楽しく心躍るものだったなんて、知らなかった。

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