第32話 後始末 【第一部:完】
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ㅤアマトはその後、聯合プレイヤーたちへ投降を促す。
「契約紋とそのスロット旗下のモンスターたち全て、俺の支配下にある」
「馬鹿な!?」「信じられるか!」
「信じないのは勝手だが、ゲームシステムは参照しような。
ㅤこいつが嘘のつきようのないことは、わかってるだろう」
ㅤゲームシステムを確認し、アスカの言っていることが本当だとわかると、彼らもいい加減静かになる。
結果、アマトは始末屋『アスカ』の聯合追放処分を満場一致で取り下げさせることに成功した。
とはいえ、それは始まりに過ぎない。
「さて、次は俺を殺そうとしたアンタらへの賠償請求ターンの始まりだね」
「ふざけるな」「我々の契約紋を返せ」「人でなしが」「契約紋で女侍らせてる変態がよく言う」
プランタートルとネーネリアが駆り出され、議場の復旧がちまちま進められている最中、聯合の一堂は殺気立つのをまったく隠すつもりがない。カレイドだけはこの喧騒を見てせせら笑っているのだから、大した肝の据わりようである。
「今ヤジ飛ばした奴ら、顔覚えたからな。
お前らの契約紋、たった今破棄しよう」
「ま、待て!」「正気か!?」
「軽挙妄動を詫びたところで、口から出た言葉は戻らないしなぁ。
どうせ今のヤジがお前らの本心なんだろう?
じゃあ俺が手心加えて酌量するほうが、まぁ普通に正気を疑わしくないかね」
「お前マジでそれはやめろって!?」「わァ、お前っていったい何様が言ってるんだろう?」
不毛な戦後処理が続く。
議場でもっともエンジョイしていたのは、アマトと見せかけて実際は敗軍の将なはずのカレイドだった。
「この場でカレイドだけは愉しそうだよな、つくづく」
「いやいや、これほど痛烈に覆されるってあるんだなぁ、生きてるとなにに巡り合わすかわかったもんじゃねぇよなぁ。アスカ、俺の処分はきみにとうに委ねてる――煮るなり焼くなりお好きに、と言いたいとこだけどひとつ、気になっていることがあるんだ」
「なにかな?」
「契約紋を破棄されても、従来のサイドジョブは遺るだろう」
「勿論だ」
「モンスターテイムのみにかまけて、システムの研鑽を積もうともしなかったバカどもはこの際捨ておくとして、僕は隠遁するかなぁ。
アマトくん、どうせうちの黄道級を接収する気だろう?」
「――、クルーガーの
きみの三体は、返却してもいい。まぁ因子くらいはこの際分けてもらうが。
ㅤ黄道級の因子はほかにいつ得られるかわかったものじゃないのだし」
ㅤゲームシステム上、黄道級自体が同世代では単体でしか顕現できない縛りがあるため、アスカが因子を得たところで、孵化させて育成できるわけでもない。
「すると俺はまた君を襲うよ?」
「カレイド、俺は好敵手を喪いたいわけじゃない。
力較べなら時間のあるとき乗ってやるが、もう二度と互いの命はかけないし、かけさせない。
……俺たちはプレイヤーであると同時に攻略者だ。
その本分に真摯な点は、インサニスの君らを尊敬だってしている」
「へぇ、そいつは。これで俺たち、首の皮一枚繋がりそう?」
カレイドは浮かない顔をするクルーガーに会話を投げる。
「当たり前のようにうちのユニットをしょっぴくのな」
そりゃ俺を殺す計略に没頭していたきみが言えるのか?
まぁいきなり奪われて良い気分がしないのはそうだろうが。
「あぁわかっている、負けたのは我々だからな。
けど希望を言わせてもらえば、黄道級は遺して欲しい」
「いや、俺を最初に追放する
彼の希望を考慮する気はない。彼は頭が切れすぎるくらいだし、黄道級一体奪った程度はすぐに巻き返して攻略最前線へ復帰してくるだろう。
「じゃあクルーガーくん、俺はもう二度とあんたらに襲われるなんて真っ平御免だ。
もうしないってここで宣誓できるか?
口頭でなく紙面でな、万一誓約書を締結しようなら」
「――」
「無論紙面に大した拘束力なんてない、約束が破られたら破った側の信用が落ちる。
それをわかったうえで、俺と対立しないと断言してくれない?」
「ならばたったいま、きみが念書を作成したまえ。
そしたら確認してやる、聯合に連なる書状をただいまだ」
(なんでお前がいま偉そうなんだよ。
まぁいいや、兎に角――ついでに第二世代のソロプレイヤー狩りについても自粛を求める条項を差し込んでおこう、気付いた上でこれを呑めないなら、俺は聯合とインサニスを二度と信用しないだけだ。
この場で批准させた内容にはなるべく拘束力を設けたい、第二世代のプレイヤー保護は絶対に、今更聯合へ彼らを加入させるには軋轢が強すぎるが、できる限りのことをーー俺が離れた途端、聯合がこれを破棄すると言うなら、それでもダメなんだ。
……聯合プレイヤーの契約紋の処遇は、日を置くべきだな、直ぐに返還したら、絶対につけあがられる。
一週間を目処に契約紋の主導権返却は保留、ここにいる当事者らに紋の返却期限の目処は伝えないでプレッシャーを与えておく。その間に、今回議決をボイコットしてくれた、ヘリオポリスとタネガシマにコンタクトする)
今回までで、やはり聯合はプレイヤー総体ではなく、第一世代を優位に第二世代を排斥したがるクソッたれな方向性がはっきりと露呈してしまった。
「きみらの契約紋の返却については、日を跨いでまた話そう」
無論議場はざわつき、即時の契約紋返却を求められるが、アマトは一切取り合わない。
しばらく忙しくなるだろう。
*
その場には『ヘリオポリス』『アーキヴァスタネガシマ』『プロトポロス』、三つのプレイヤーギルド代表と、アマトが連れてきたカレイドとクルーガーがいる。
「……というわけで、名義と智慧を貸せ」
「どういうわけだい?」
カレイドはわかっていて苦笑する。クルーガーは相変わらず渋い顔であったが、興味はあるらしい。
「聯合とは異なる、第一世代と第二世代の協調を目的とした新たな協同体の発足か。
本当にいまそれが必要かね?」
「第一世代だけなら軋轢のあろうと聯合で事足りていた、けど第二世代はあくまで駆け出しの集団だ、長期的に育成し共闘していく必要のある。
今ならまだ間に合うんだ」
「どのみち俺たちは契約紋を奪われている以上、きみの意見に逆らえない。
見越してやってる政治取引じゃないか」
「脅す気はない。ここであんたらが乗らなかろうが、今後の処遇には影響しないよ」
「それはきみの口約束だろう?」
「そうとも、だから参謀くん、きみが考えてカレイドが決断する。
君らはそうやって回ってきたんだろう」
「……ひとまず、反対する理由はないな」
クルーガーにしては色良い返事であった。あとで掌を返されることも考えられるから、慎重は期したいが。
「それに今ここにいる三つだけでなく、ほかのプレイヤーギルドも第二世代保護へ傾いている。
それを見せつけるために、俺たちをわざわざ聯合本部から離れたこの土地へ呼び出した。
聯合に加入できていないプレイヤーギルドの行き遅れた面々に、上手いこと粉かけていたとは、根回しのいいことだよ始末屋」
部屋の外には、何人か小規模なギルドのマスターらがたむろしている。
クルーガーはその辺り目配りをよくやっていて、だからそれができていなければ、アマトの案に乗ることもなかったろう。
「現れたわね。
どうせ来ると想ってたけど」
いつもの書斎でマリエが待っていた。
「すいません」
「毎度謝って済むところを問題が通り越してんのよ、あなたの場合。
『戦略ギルド聯盟』の新設で今回うまいこといなしたけど、
またしても危なっかしい技術を持ち寄ったものよね。
今後いずれ絶対支配と使徒級の使役が再現されようとする、もう一人のあなたと呼べるものを、聯合側のプレイヤーはやっきになって再現しようとするでしょう――それは私たちプレイヤーに劇物すぎる切札だった。
カレンとしけ込むってんなら好きになさい、できれば二度と面倒ごとを持ち込まないで」
「善処、しますかね」
「これからが大変よ、聯合のプレイヤーはあれだけの差を知っても、またいずれ貴方を倒そうとするでしょう」
「えぇ。一度は除名を撤回させましたけどね、契約紋返して自由にしたらのまた再除名して、なんていたちごっこでは話になりませんから」
「そのリスクを避けるために、首謀したインサニスのプレイヤーらを聯盟結成時に取り込んだわけか。
どのみちこれからの聯合は、あなたへ惨敗した時点で求心力を喪う。
ここがプレイヤーの新たな分岐点なのかしらね……忙しくなるわ、あなた、プロトポロスのギルマス退いて終わりなんてしないでしょう?
今後ともカレンをよろしくね」
「え、ええ」
結局、マリエには頭が上がらない。
「それと」「?」
マリエはアマトの額に接吻する。
「あなたが無事で、ほんとうによかった」
ㅤ二人で工房へ戻ってきたとき、彼はまた半年前のことを思い出していた。
ㅤカレンに拒絶され、物別れになったあの頃。
「あの頃のカレンって、俺のこと男として見てたわけじゃないもんな」
「今になってそれ、掘り返します?」
ㅤカレン自身も昔の知り合いに会えたことに気づいたときから、浮かれ気味だったらしい。
ㅤだがそれでもアマトを恋愛対象と見なすところへは、実際迫られて拒んでから自覚していったわけで。
「ずっと気になってて。
ㅤあれでまるっきり嫌われたんじゃないかって、怖くて」「……アマトにも、怖いものってあるんだ」
「そりゃ人並みにはあるよ」
ㅤ今はこうしてとりとめない会話なんてできているが。
「みんなに繋いでもらった。キノくんたちがあの場にいなければ、カレイドに押し負けて、結局龍脈支配を使うに至らなかったかもしれない。
ㅤ俺の起死回生の一手は、誰が欠けてもいけなかった。
ㅤ聯合からの除名を覆して、第二世代の保護と育成へ、表立って動けるようになったのは、カレンやマリエさんの働きがあったからだよ。だから、ありがとう」
「うん……ミユキとは、あれから?」
「バタついて、話せていないな。
ㅤアキトさんが戻ってきて、ようやくあの子の時間は前に進み始めたと想う」
「想う、とかじゃなくてさ」
「行ってこいと、そうだな、そのつもりだ」
「わかってるなら、こんなところで油売らない!」
「油売ってるつもりはない、俺にとってもっともかけがえのない時間だよ。でもそうだな、いい加減」
ㅤこの主従の物語を、そろそろ俺は畳もうと想う。
ㅤミユキはひとり、平原にいた。
ㅤユニスライムを最初に捕まえた平原だ。
「アスカさん、憶えていますか。ゆにちゃんと出会った場所です。
ㅤ私たちの旅はここから始まった、そんな気がするんです。
ㅤあのとき、ゆにちゃんの契約行動を私に任せてくれて、それから色々ありましたよね。
ㅤあなたの隣で戦ってきましたけど……モンスターをパートナーとして使役することと、プレイヤーがプレイヤーを使役すること、アスカさんは分けて考えていましたよね、頑なに。
ㅤやっぱり今でもそうですか」
「プレイヤーへの上位調教は、俺への醜聞のみにとどまらない、人を騙して侍らせる、そんな悪用を繰り返された。加えて攻略者の育成にはさして効果がない、間違いだらけだ」
「そんな間違いのなかでしか、私には価値がないんだと、ずっと想ってました。
ㅤできもしない約束に言い訳のように縋って――そうすることでしか、私は強くなれなくて」
「俺は契約紋なんかじゃなく、仲間としてお前の信頼を得る、そういう努力をすべきだった。
ㅤいつだって、それができたかの自信がない。
ㅤ今でも」
「私には必要だったんです。今なら形ではない、ここで」
ㅤミユキは自身の胸に手を置いた。
「私たちの育んだ時間とか、絆の意味が、やっとしっくり来るようになって。
ㅤ昔の私には、捨てられたくないとか、そういう自分本位を、形のある何かに縋って誤魔化して……そういうことでしか、自分を保てなくて――そんな私が嫌いでした」
「それは、俺自身もそうだったかもしれない」「!」
ㅤアスカは肩を竦める。
「言ったろう、元々貧乏で、金で売られて、自由がなくて、何もなくて、役割だけ与えられて。
ㅤでも俺にはそれが楽だったことは一度もなくてさ、この世界に来てから気づいちゃったんだ。
ㅤ誰かの言いなりになる自分が嫌いで、だからキューリのやつが正しかった、俺はこの世界に馴染んじまって、この世界でしか自分の居場所を見つけられなかった」
「初めて、あなたのそういう本音を聞けた気がします」
「そりゃあ、誰にも話してこなかったからな」
「カレンにも?」
「いずれ、話す。でも今はお前が最初、だけしか知らないよ」
ㅤミユキはそれを聞いて、すこし嬉しそうだった。
「モンスターを侍らせて支配する。
ㅤそれをパートナーだとか、でも対等でないものをパートナーって言えたのかな。
ㅤわざわざ『支配』をシステムへ組み込んでしまったから、この世界はややこしいことになっているけど。
ㅤそれでもお前やピシカと結んできた絆を、ただ首根っこから抑えつけた、そういうものと感じたことはない。……きっと俺は、鈍いんだ」
ㅤオルタナに対してもそれをプレイヤーと対等に見ておらず、だからピシカという猫人を愛玩できてしまえる。でもそれが悪いことだとは感じていない。これは手に入れた、そういう権利なのだとふんぞり返っていられる。
「プレイヤーが望んだ攻略は果たされないかもしれない。
ㅤ運営の言いなりは癪だけど、でも俺は『諦めない』ことでしかキューリに報いることができないんだ。
ㅤだからもう少し、足掻いてみる」
ㅤ今後とも自分は擦り切れるまで、圧搾寄生弾体を使い続けるだろう。
ㅤ最期には目はおろか、身体もまともに使えなくなるかもしれないが、それでも――自分は彼らの死の影を負ってしまったなら。
プロトポロスのセーフハウスあらためギルドネスト前には、キノが待ちくたびれていた。
「まだアスカさんの仕事は、終わってませんよ」
「たく、わざわざ待ってるほど暇なのか?
ㅤ大仕事ひと段落した俺をこき使おうと」
「そうですよ、造って途中で投げ出して、なんてそんなの許しませんから」
「ほぅ……で、そう言うからには、俺がやるだけの意味あることだろうな」
「ギルドの人事権はアスカさんに渡しておきます。
ㅤ第二世代だけでなく、アキトさんやカレンさんまで移籍してきて、しっちゃかめっちゃかなんですから。
ㅤこれ以上をいきなり俺たちで増やしたりとなると、今度はプレイヤーの質が問われますでしょう?」
「よく考えてるじゃないの」「頼みましたよ、アスカさん」
ㅤそうしてプレイヤーたちの、新たな日々がまた始まる。
ㅤアスカたちはネスト内へと話しながら入っていった。
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