第18話 鬼火と猫人

3a.2

ㅤアスカは結界の中へ踏み入る。


ㅤ“契約紋の付与効果が半減します”


「行くしかないな」

ㅤ彼の背中にキノも決意を固めて踏み込んだが、モンスターたちが続こうとしない。

「頼む、ヴォラシュ、NOAH、一緒に――」

(鬼火……?)

ㅤ青白い焔の弾が、直後ヴォラシュの背中へ回り込むのが見え、キノは一瞬反応が遅れた。

「プミャア!!?」「ヴォラシュ、そいつを避けろ!?」

ㅤしかし直後、三方向から現れた鬼火たちに囲まれて、逃げ場を失う。

ㅤ鬼火たちがサークルを囲い、ヴォラシュを結界通り越して遺跡墳墓のなかへと連れ去ってしまった。

ㅤアスカはすかさずオミット体の災鴉を向かわせる。

「戻れる範囲で追跡して、場所を知らせろ」

「ウソ、だろ?」

ㅤキノは呆然としている。

「このフィールド周辺で鬼火だの人魂だなんて報告は受けてないんだが。

ㅤよもや人為的なものか?」

「なんでヴォラシュが攫われなきゃならないんだ」

「落ち着け、どのみち向かう先は変わらないんだ、連れてかれただけで死んだわけじゃない」

「……はい」

ㅤNOAHのほうも流石に身内が連れ去られたことには想うところあったようで、すでに結界をくぐっている。


「アスカさん、災鴉抜きで敵と遭遇したらどうするんです?」

「まるで俺には災鴉しか武器がないみたいな口ぶりだな、大抵のモンスター相手に特攻噛ますあいつがぶっ壊れ性能なのは認めるけど」

ㅤ彼の肩口まわりをエレキビッツたちが滞空している。

「不届きものはどこかしら……と」「それを言うなら、そちらは墓荒らしではないのかね」

「「!!」」

ㅤ二人は声の聞こえた方へ振り向く。墳墓の上に、マントを翻す男のシルエットが見てとれ、ヴォラシュの首から鷲掴みにしている。

ㅤ災鴉がその腕へ喰らいつこうとするも、次の瞬間には例の鬼火が飛来し地表へ叩き落とされたうえ、オミット体が解除されてしまった。

(結界内で契約が緩んでいるとはいえ、災鴉を軽くいなすか。

ㅤそれにあの鬼火いったい?

ㅤ契約紋が疼くのは、どうして)

「うわ……キノくん、これはごめん、手を抜ける相手じゃなさそうだ。

ㅤヴォラシュの安全までは保障できない」

「モンスターはやられたら因子を継承するだけです。

ㅤ経験値積み直しは実際手痛いところですけど」

ㅤアスカは男に向かって叫んだ。

「プレイヤーだな!

ㅤいったいなんのつもりだ!」

「それでは始末屋、きみたちのお手並みを見せてもらおうか」

「まさか、プレイヤーキラー?」

ㅤキノは最悪の可能性に身構える。

ㅤ向こうはせせら笑った。

「俺をあれらと同類扱いとはなぁ。アキトという、いやこちとら恥ずかしがることでもないからね」

ㅤ向こうはあっさり名乗ってのける。

「あの野郎、なにをふざけて!?」

「キノくん、待ってくれ。

ㅤ安い挑発に乗るな」

ㅤアスカが前に出た。

(これはたぶん、最初から俺を狙った挑発だ。

ㅤ結界へ入れば俺たちも引き返せない、わざわざ喧嘩を売るまでもなく、見ていたなら警戒を解くよう交渉だってできるだろ……俺たちの隙をヴォラシュだと捉えた、間違っちゃいないが、どうする。

ㅤ遺跡の構造を調べたいだけなのに、契約紋のナーフされたままPvPとか)

ㅤ正直なところ、面倒くさい以外の感想がない。

(災鴉を制圧したのは、単に不意打ちってだけかもしれない。

ㅤただ結界内で誘われた以上、向こうの地の利があると考えるべきだ)

「ここからは俺の指示通りに動いてくれないか」

「はい」「比較的気質は穏やかだなはずだけど、周辺のモンスター、索敵気をつけて」

「NOAH、頼む」

ㅤどのみちアスカがいなければ、結界から出る方法も分からない。


ㅤアスカは懐から戦鞭バトルウィップを取り出した。

調教士テイマー然としたテイマーだな、殺す気で来いよ」「――、目的はなんだ」

「さっき言ったと想うが」

(お手並み拝見、ね)

ㅤこちらを試していることは間違いないが――男の素顔に、どことなく不愉快な見覚えのある。

(俺に因縁吹っかけてくるのは、カドクラやゆーのすけさんに限った話じゃないといえ)

「……要らん心当たりが多すぎる」「普段から敵を作り過ぎでは?」

ㅤアスカがぼやき、キノが苦言を呈した。

ㅤアキトと名乗った向こうもまた、彼に呆れている。

「結果、お前は周囲の仲間を巻き込んで、危険に晒している」

「知ったようなことを言ってくれるね」

「レベル50にも達していないビギナーなんて、連れ回す価値があるの。

ㅤあぁ、最近降って湧いてきた第二世代とはそいつらのこと?」

「無駄口が多いな!」

ㅤ男のほうは紫電をまとったジャベリンを振りかざす。

ㅤ戦鞭はモンスターの素材で強化されており、変則的ながら指向性を宿したものだ。

ㅤ並程度の槍なら弾かれて取り落としていたかもしれないが、向こうのジャベリンの付帯効果の様子からすれば、

(武器等級は纒もなしにエピックか、契約紋に頼らず自身の資質上げに堅実なところは、見上げたものだが――)

「苦手なんだよな、生粋のゲーマーとか戦闘狂とか」

「ほぉ、そいつは意外だな!

ㅤてっきり契約紋で女侍らせてゲームエンジョイしてる輩かと想っていたが。

ㅤ肝心の従者が見えないとは」

「表面的にはいつもそう見られるのをいまさら否むでもないけどな!

ㅤそれにミユキは、もう俺の従者じゃない」

「なに……?」

ㅤ傍から見ていたキノには、二人の間に決定的な認知のズレがあることのすぐ察せる。

ㅤアスカはミユキを解放したことを、ひどく安らかな顔でそう語るのに対し、相手はなぜかひどく尖った殺気をまとうのだ。この溝は、よろしくない。

「どういうことだ、従者でないだと」

「上位調教の主従を解除した、あの子はようやっと自立してくれたんだ。

ㅤ今までそうできなかったのが馬鹿らしくなるくらい、最初からこんな関係は間違いだったし、続いていたほうがおかしかった。俺はやっとミユキに自由と、新しくやることを示してやれた気がする――」

「アスカさん、不味いですそれは!」「!?」

ㅤ男の剣戟の速度が跳ね上がり、アスカは気圧されながら、手元から小さな手裏剣を拡散して後退した。

「急に、なんなんだよ」

「お前が望んであの子を縛ったなら、最後まで面倒を見るのが筋だろ」

「……は?

ㅤいや一度たりとて俺は、あいつとの契約を欲しくてそうしたわけじゃないんだが」

「ッ」

ㅤ舌打ちとともにアキトはふたたびアスカへ突進する。

「お前があの子を侍らせたんだろう!

ㅤずっと、そうずっとだ!

ㅤそれをいまさらなかったことにできるとでも!?」

「あんたとはまったく話が噛み合いそうにないな。

ㅤあいつを侍らせた責任というなら、そういうものはたしかにあるんだろう。

ㅤだが赤の他人に口を挟まれることじゃない、あの子はもう従者じゃなく、肩を並べて戦うべき仲間なんだ」

「身勝手な」

「そりゃお互い様だな、永らくあの子のことを放置してきたのはあんただろう、蓼科たてしなアキト」

「!」

ㅤ男は眉をぴくりと揺らす。キノもその苗字に、最近聞き覚えのあった。

「アスカさん、まさか蓼科って」

「そうだ、蓼科ミユキの実の兄。

ㅤ俺としたことが、やたらイヤなところばかり似てるんだし、なんならもっと早く気づくべきだった。

ㅤよもやこんなところにいやがるとは……この墓所フィールドへ来て、いつから出れなくなった?」

ㅤ墳墓そのものは二キロ近くにわたって領域を埋めて、霧さえなければなかなか壮観な場所だったろう。

「私がここへやってきたのは、四か月前になるか。

ㅤそのようにして、結界へ取り込まれて動けなくなったプレイヤー、生き残りは墳墓の地下、内部空間を活用して辛うじて生活している」

ㅤこんな年中日光の当たらない場所にいたら、すぐ鬱になりそうだとアスカは想った。

「きみたちを見つけて試したのは、ほかでもない。

ㅤ彼らが結界を抜け出すために、協力してほしい」

「だとしても、人にものを頼む態度ではないよ、あんた」

ㅤ急にしおらしくなったアキトだったが、それまでの経緯もあって、今度はアスカの方が苛立っている。

「ならうちのヴォラシュ、そろそろ返してくださいよ 」

ㅤキノからしても、とんだとばっちりでげんなりしていた。


ㅤ問題は倒れていた災鴉が、またしても鬼火の餌食となっていることだ。

ㅤアスカは戦鞭を握ったまま、ふたたびそちらへ駆け出している。

(あの鬼火はなんだ?

ㅤなぜ災鴉を執拗に攻撃する、アキトに戦意はもうないのに――)


ㅤ“【NNN】(ねこねこねっと)猫人族が使役する分霊体端末、喪われた秘術であり、覚醒には属性契約紋制御に一定の練度を必要とする”


「ねこねこって――いや待て、あの鬼火のことなら鑑定眼スキルも使わないうちから、なぜそれが俺に見えている?ㅤくそ、やめろ!」

ㅤ鬼火を追って、災鴉へ襲う人型の華奢な影、ショートボブで獣耳の獣人だった。

ㅤアスカの戦鞭がしなり、それの投げたククリナイフを阻む。

(猫、猫人、いやまさか、そんなはずは?)

「ピシカ――お前なのかッ!?」

ㅤそして嘗ての主従が対峙する。

「アスカさん――どうしてやめろと言うんですか、私を殺したそいつに!」

ㅤ使用不能だったはずのアスカの契約紋、三番目のスロット。

ㅤそこには弱々しくも確かな反応、喪われていたはずの彼女との絆が浮かび上がるのだ。

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