第12話 将来有望な人材

 冒険者ギルドは、まるで戦場のような喧騒に包まれていた。


 壁に貼られた依頼書を眺める者、昼間から仲間とともに酒をあおる者、一触即発で喧嘩に発展しそうな者など、様々な人間たちで賑わっていた。


 二等市民区画で、命の危険がない仕事にありつけるやつは限られている。だからみんな、嫌々ながらもこの仕事にしがみつくのだ。今や俺も、その集団の立派な一員だった。


 取ってきた魔石を金に換えるため、買取所へと向かう。カウンターの上に魔石を載せると、買取担当の女性が俺の顔を見るなり顔をしかめた。


「またサーベルタイガーの魔石ですか」


 サーベルタイガー。二足歩行する虎のような見た目の魔物である。名前の通りサーベルのような爪を持つ危険な敵だ。本来は、俺のような新人が勝てる相手ではない。


「無茶な狩りはしないでください」


「無茶なんてしてません」


 俺がきっぱりと告げると、女性が俺の全身をじろじろと眺める。それにつられて、俺も自分の装備に視線を落とす。


 獣の毛皮を縫い合わせた粗末な鎧は、あちこちが裂けていた。赤黒い血がべったりとこびりついてもいる。なるほど、酷い格好だ。苦言を呈されるのも納得である。


 ギルドにドレスコードがあったら俺は一瞬で追い出されてるだろう。


 この鎧と比べたら、その辺の浮浪者のほうがフォーマルな恰好してるぜ。


「その格好で『無茶してない』なんて誰が信じるんですか」


「半分は返り血です。それより、早く買取をお願いします。俺の後ろ、列ができてますよ」


「……はあ。ギルドカードを」


 カードを渡すと、女性はため息をこぼしながら奥の部屋へと歩いていく。一分後、カードを片手に返ってきた彼女の表情はさらに冴えないものになっていた。


「おめでとうございます。冒険者レベルが30になりました」


 カードをカウンターに置く音が、妙に大きく響いた。


「ギルドに登録してから、まだ一か月も経ってませんよね? これは異例の速さです。二等十七地区のギルドでは、五年ぶりの快挙です」


 俺は机の上のカードをつまみ、ポケットにねじ込んだ。


「お願いですから、無理はしないでださい。有望な人材に長く活躍してもらうことが当ギルドの存在意義ですので」


「無理はしていないので大丈夫です」


 それだけいって、俺は逃げ出すようにその場をあとにした。


 あの受付嬢は信じていないようだが、俺は本当に無理をしていない。ここまで早くレベルアップできたのは、単純に加那子が強すぎるからだ。


 鎧がぼろぼろな理由の半分以上は加那子との訓練のせいである。


『……今日はどうするの?』


 ギルドを出て大通りを歩けば、横に並んだ加那子が声をかけてくる。


『新しい鎧でも買おうか。それと鉈も。サーベルタイガーとの戦いで折れてしまったし』


 道の両脇には露店が並び、質の低い食べ物や日用品が売られていた。それらを横目に見ながら武器屋を目指していると、通りの向こうに人だかりができているのが見えた。


『……何かあったのかな』


『見に行ってみるか』


 好奇心に駆られ、集団へと近づいてみる。彼らの目線の先には、一枚の掲示板があった。


『掲示板か。何か面白いニュースでもあったのか?』


 人だかりの後ろから、俺もみんなの真似をしてのぞき込んでみる。


 金属のような光沢を放つ板に、文字や画像、動画が流れていた。一等市民区画の謎技術で作られた魔法の掲示板である。


『……なんて書いてあるの?』


 俺よりも背が低く、猫背である加那子には人垣の向こうが見えないらしい。


『待ってろ、今読んでやる』


 幸いにも文字は大きく、距離があっても内容は読み取れた。


【本日の英雄たち】


 大仰な見出しから始まる内容は、一等市民冒険者の武勇伝だった。


『街周辺に出現したCランクダンジョンを新人冒険者が踏破!』


『黄金鏡、発見される』


『平原に生まれたイレギュラーな主を単独討伐!』


 華々しい自慢話・・・がこれでもかと並んでいた。


 それらを脳内で朗読してやると、加那子が不満そうに呟いた。


『……一等市民の話ばっかり』


『この掲示板、明らかにプロパガンダに使われてるよな』


 正直なところ、俺はこれらの内容に懐疑的であった。一等市民の黒い噂をそこらじゅうで耳にするからだ。耳をすませば、人だかりの中からもそれらは聞こえてくる。


「けっ、ランクが高いだけで偉そうに」


「どうせ高級装備に頼りきりだろ」


「俺ら二等市民をおとりに使ってるくせに。自分たちだけで魔物を倒してるつもりになってんじゃねえ!」


 怒りと不満の声が飛び交う中、『おとり』という言葉が俺の耳に残った。二等市民区画では、よく耳にする話だ。


「俺の弟なんて、血まみれで帰ってきたぞ。魔物をおびき寄せるための餌にされたんだ。お前も気をつけろよ?」


 俺の隣で、二人組の冒険者が会話を始める。


「相変わらずひでえな」


「血の臭いで魔物が寄ってくるとかいってさ。弟は木に縛り付けられて、魔物が来たら一等市民様は安全な場所から魔法や矢をぶっ放すだけ。どっちが魔物だかわかったもんじゃねえよ」


「つーかよ、ブレグニスの野郎が地区長になってからそういう話増えすぎだろ」


「だよな。戦死者も多いけど、行方不明になるやつも増えてねえか?」


「魔物の巣穴にでも放り込まれてんのかねえ」


 俺はそっとその場を離れ、武器屋へと向かった。これ以上、腹が立つ話を聞いていたくなかったからだ。


 一等市民区画はクズエピソードの見本市か? あいつらの倫理観は異世界にでも召喚されたんだろうよ。


『……さっきの話、本当なのかな』


 加那子が不安そうにいう。


『さあな。でも似たような話はしょっちゅう聞くし、火のないところに煙は立たずって感じじゃないか?』


 俺たちにできるのは、強くなることだけだ。自分の身を自分で守れるように、しっかりと修業しなきゃな。



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