32 鎧獣プロテクドロン②

 痛がる暇もなく、今度は鋼蹄こうていが振り上げられる。アッシュは転がって避ける。踏み潰そうと猛追してくる相手を、すばやい回転でやり過ごした。

 プロテクドロンが苛立った鼻息をもらす。


「やばっ」


 後ろに木が迫り、あとがなくなった瞬間、角がくり出された。アッシュは急加速させたブーツで飛びのき、距離を取って突進を警戒する。


「しっぽと角の使い分けがうまいのだ……! 側面も正面も危な――いっ!?」


 後ろ足で立ち上がり、プロテクドロンが自身の強さを誇示する。蹄が大地を叩きつけた瞬間、アッシュのいた地面が跳ね上がった。

 いや、地面ではなくアスファルトだ。プロテクドロンがその端を踏んづけたせいで、シーソーのように弾き出された。


「ひゃああ! まさかこれも計算のうちなのだ!?」


 そうとは考えたくない。しかしプロテクドロンは、頭を下げて待ち構えている。

 角で串刺しにするつもりか。アッシュは強く包丁を握り込んだ。

 振り上げられる豪槍。激突する寸前、アッシュは角にブーツの風魔法をぶつけて弾く。再びふわりと浮き上がり、回転をつけて包丁を一気に振り下ろした。


「まずは一本!」


 ダンと着地した地面に、腕よりも太い角が落ちる。

 だが直後、プロテクドロンは頭突きをかましてきた。斬った角の断面に服が引っかかり、アッシュは道路まで引きずられ、転がされる。


「うへえっ。ちっとも怯まないのだ。角は痛覚がないからダメかな」

「アッシュさん! だいじょうぶですか!?」


 ノアの声がする。見ればノアとハイジは、道路脇の廃屋の中に身を潜ませていた。半分崩れた壁の向こうで、ハイジに抱えられたステラが不安げな目をしている。


「だいじょぶ、だいじょぶ。すぐ追い払うのだ」


 アッシュは軽やかに身を起こしてみせた。長い銀髪をなびかせ、今度はこちらから距離を詰める。

 左側頭部の角が落ちたことで、正面には隙ができていた。振りかざされた角を左へ避けると同時に、横面へ蹴りを入れる。

 ふらついたプロテクドロンを追って踏み込むと、尾のなぎ払いが飛んできた。アッシュは舐めるように伏し、そのまま相手の腹部に潜る。

 攻撃姿勢から戻る今が好機。死角から一気に飛び出し、鋭い一閃を放った。


「ブオオッ!」


 弾むように断ち斬られた角に驚き、プロテクドロンが低い悲鳴を上げる。


「つ、強い! これが武器を持ったアッシュさんの強さ……!」


 背後でノアが、興奮を隠せない声で叫ぶ。

 強いのは武器のお陰だと、誤魔化せるだろうか。ノアはよくてもハイジはどう思うだろう。幼いステラは? 彼らの目にこの姿は、どう映る?


「ううん。今はただ、守ることだけ考えるのだ」


 包丁を高く掲げ、アッシュは自分を大きく見せた。プロテクドロンに向かってジリジリと迫る。相手が威嚇の声を上げようと鼻先に残った角を振ろうと、一切引かなかった。

 次第に、プロテクドロンがあとずさりをはじめる。自然界ではもはや、勝負がついたようなものだ。

 動物たちは、空腹を満たす以上の殺生をしない。敗者は立ち去り、距離を置く。

 この群れのリーダーもそうすると思っていた。


「逃げないのだ?」


 ところがリーダーは、一向に逃げなかった。闘志を奮い立たせるかのように、蹄で地面を掻く。


「どうしてなのだ。君はもうわかってるはずなのだ。実力の差を」


 プロテクドロンが駆け出す。アッシュはハッと息を詰めた。後ろにはノアとハイジ、ステラがいる。避ければ彼らに当たってしまう。

 ならば、とこちらからも走り出す。プロテクドロンとの距離を計り、勢いをつけ、ブリーゼブーツで飛び上がった。

 空中で体をひねり、鎧のような背中に着地する。


「うりゃああ!」


 短くなった角を掴み、力任せに方向転換させる。プロテクドロンは嫌がって暴れた。

 しなる尾が、ノアたちのいる廃屋に襲いかかる。


「ノア! ハイジ! ステラ!」


 なんとか回れ右させたプロテクドロンの背から、アッシュは叫んだ。

 砂塵の中から複数の咳が聞こえる。すると、誰かの手がにょきりと生えた。


「だいじょうぶ……! みんな無事です!」


 これはノアの声だ。どうやら三人ともうまく避けたらしい。


「やっぱり痛い目にあわないとわからないのだ!?」


 激しく身をよじるプロテクドロンにしがみつきながら、アッシュは包丁の柄をくわえる。この武器で、確実に痛手を負わせられる部位は、ひとつしかない。

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