16 狼人族の魔導士
「すごいな。
感嘆のため息をこぼすノアに、アッシュもうなずく。
「でもレアの杖が折れるなんて、なにがあったんでしょうか」
惜しそうに魔杖ネプチューンをなでながら、ノアが口を開く。
「もしかして、ガーディアンに襲われたんでしょうか! 聖府軍に通報します!?」
「んー。
もしくはこの男が、なんらかの犯罪者か。アッシュは物置きを改めて見る。
長身の
なにか訳ありの予感がする。
「……だけど悪い人が、子どもに好かれるのだ?」
「子どもって、なんのことですか?」
目を丸めるノアに、ただ笑って返す。また叫んで走り回ったら、今度こそ怪我するに違いない。
あたりは、手の輪郭がぼやけるほど暗くなっていた。
「見ちゃったもんは放っておけないし、とりあえず運ぶのだ。ノアはかばん持って」
アッシュは折れたネプチューンから魔石を外し、かばんに入れてノアに渡した。
ぐったりする男の脇を掴み、物置きから引きずり出す。軽く開かせた足の間に陣取り、アッシュは男の片足を脇に抱えた。
ノアはかばんを抱き締めて、うろたえる。
「は、運ぶってどこにですか! 軍の本部? 病院? いくらアッシュさんでも、平均身長一九〇センチの
「うりゃああ!」
倒れた男性の胸目がけて、アッシュは勢いよく前転した。遠心力が働き、長身の成人男性があっという間に肩に担がれる。
前転した瞬間、男性から「ぐほっ」とうめき声がもれたことは、この際目をつむろう。
「ははは……。アッシュさんに無茶なんてことはなかったですね」
「病院はお金ないからお断りなのだ。換金所の人に預ければ、良いようにやってくれるのだ。たぶん」
「そうですね。先行は任せてください」
足元の瓦礫をどけて、ノアは道を作ってくれた。アッシュは男性の腕をしかと掴み、今一度物置きを振り返る。
と、目の前に四つの目玉があった。いや、深くて濃い闇を湛えたそれは、虚ろな
深淵の底から、風のうなりか数多の人のささやきに似た音が、聞こえてくる。
せつな言葉を失ったアッシュは、しばらくしてその影が、さっきの男の子と女の子だと気がついた。
「だいじょうぶ。助けるのだ。一度拾ったものはもう、そのへんに置き去りにしないのだ」
男の子と女の子は身を引いて、顔を見合わせた。会話は聞こえず、どんなやり取りをしているかはわからない。
しかしふと、小さな影たちは深く頭を下げて、音もなく消えた。
「あら。アッシュちゃん、こんばんは。今日はジルさんといっしょじゃないの?」
聖都ゼダージュの平民街にある換金所は、
「パパは
「まあまあ。困ったパパさんね」
おっとり微笑むラーニャは、換金所の鑑定士だ。主に武具や魔石、宝飾類に詳しい。
内巻きのショートボブヘアから垂れた耳も、しっぽも真っ白な、
そんなラーニャに目を奪われている者が、彼女の横にもいる。
「はい。荷物はいったん全部かごに出してねえ。換金するものは黄色、持ち帰りは水色だよお。ラーニャ先輩、疲れたでしょ。これ終わったら休憩行ってきてよお」
「だいじょうぶよ、ゴロロ。ピークも過ぎてきたし。でも、ありがとう」
白猫美人先輩に笑いかけられ、ゴロロはむちむちの頬をだらしなく垂らす。
彼も
黄土色と白のしましま模様が、丸い体型と妙に合って、女性クズ屋からかわいがられていた。
「あれえ。今日はマンティスの識別タグ一個なんだあ。逆に持ち帰りが多いねえ」
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