16 狼人族の魔導士

「すごいな。狼人族ウルフなのにここまで……。たくさん努力したんでしょうか」


 感嘆のため息をこぼすノアに、アッシュもうなずく。

 狼人族ウルフは下から数えて二番目、鬼人族オーガの次に魔法が不得意な種族だ。

 二属性適合者ダブル・ヴァイゼという才があろうと、魔石を育てきれるかは別問題。ましてやふたつとなれば、労力も二倍だ。


「でもレアの杖が折れるなんて、なにがあったんでしょうか」


 惜しそうに魔杖ネプチューンをなでながら、ノアが口を開く。


「もしかして、ガーディアンに襲われたんでしょうか! 聖府軍に通報します!?」

「んー。下界ニースは自己責任がルールなのだ。なにかの犯罪に巻き込まれたならまだしも、事故やガーディアンに遭ったくらいじゃ、軍は動かないと思うのだ」


 もしくはこの男が、なんらかの犯罪者か。アッシュは物置きを改めて見る。

 長身の狼人族ウルフが入るには、狭過ぎる場所だ。もしガーディアンに追われていたのなら、もうひとつの新しめで頑丈そうな家に逃げ込みそうなものだ。

 なにか訳ありの予感がする。


「……だけど悪い人が、子どもに好かれるのだ?」

「子どもって、なんのことですか?」


 目を丸めるノアに、ただ笑って返す。また叫んで走り回ったら、今度こそ怪我するに違いない。

 あたりは、手の輪郭がぼやけるほど暗くなっていた。


「見ちゃったもんは放っておけないし、とりあえず運ぶのだ。ノアはかばん持って」


 アッシュは折れたネプチューンから魔石を外し、かばんに入れてノアに渡した。

 ぐったりする男の脇を掴み、物置きから引きずり出す。軽く開かせた足の間に陣取り、アッシュは男の片足を脇に抱えた。

 ノアはかばんを抱き締めて、うろたえる。


「は、運ぶってどこにですか! 軍の本部? 病院? いくらアッシュさんでも、平均身長一九〇センチの狼人族ウルフをひとりでなんて無――」

「うりゃああ!」


 倒れた男性の胸目がけて、アッシュは勢いよく前転した。遠心力が働き、長身の成人男性があっという間に肩に担がれる。

 前転した瞬間、男性から「ぐほっ」とうめき声がもれたことは、この際目をつむろう。


「ははは……。アッシュさんに無茶なんてことはなかったですね」

「病院はお金ないからお断りなのだ。換金所の人に預ければ、良いようにやってくれるのだ。たぶん」

「そうですね。先行は任せてください」


 足元の瓦礫をどけて、ノアは道を作ってくれた。アッシュは男性の腕をしかと掴み、今一度物置きを振り返る。

 と、目の前に四つの目玉があった。いや、深くて濃い闇を湛えたそれは、虚ろな眼窩がんかだ。

 深淵の底から、風のうなりか数多の人のささやきに似た音が、聞こえてくる。

 せつな言葉を失ったアッシュは、しばらくしてその影が、さっきの男の子と女の子だと気がついた。


「だいじょうぶ。助けるのだ。一度拾ったものはもう、そのへんに置き去りにしないのだ」


 男の子と女の子は身を引いて、顔を見合わせた。会話は聞こえず、どんなやり取りをしているかはわからない。

 しかしふと、小さな影たちは深く頭を下げて、音もなく消えた。




「あら。アッシュちゃん、こんばんは。今日はジルさんといっしょじゃないの?」


 聖都ゼダージュの平民街にある換金所は、下界ニースから戻ってきたクズ屋であふれ返っていた。


「パパは失踪しっそう中なのだ」

「まあまあ。困ったパパさんね」


 おっとり微笑むラーニャは、換金所の鑑定士だ。主に武具や魔石、宝飾類に詳しい。

 内巻きのショートボブヘアから垂れた耳も、しっぽも真っ白な、猫人族マオの美女である。ふんわりした性格も相まって、クズ屋の癒し系と人気だ。

 そんなラーニャに目を奪われている者が、彼女の横にもいる。


「はい。荷物はいったん全部かごに出してねえ。換金するものは黄色、持ち帰りは水色だよお。ラーニャ先輩、疲れたでしょ。これ終わったら休憩行ってきてよお」

「だいじょうぶよ、ゴロロ。ピークも過ぎてきたし。でも、ありがとう」


 白猫美人先輩に笑いかけられ、ゴロロはむちむちの頬をだらしなく垂らす。

 彼も猫人族マオの鑑定士だ。マンガやゲームなど、マニア向けな分野に強い。

 黄土色と白のしましま模様が、丸い体型と妙に合って、女性クズ屋からかわいがられていた。


「あれえ。今日はマンティスの識別タグ一個なんだあ。逆に持ち帰りが多いねえ」

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