第17話 見回り2
次の日。
今日の風紀委員の当番は昼休みの見回りということなので、4限の授業が終わり次第、風紀委員会の活動が行われている応接室2に集まることとなった。
昼休み時に人が集まる購買や食堂で色々トラブルが起こりやすい為、当番の風紀委員は巡回を終えてから昼を食べなければならない。
しかし、今日は頭の使う数学が四限に配置されていたこともあり大変空腹だった。
本当なら今すぐにでも弁当にありつきたいその気持ちをグッと堪えて、終了のチャイムが鳴ると俺は弁当袋を片手に一目散に教室を後にした。
大聖や翼、その他のクラスメイトも何故俺がこんなことをしているのか事情を知っているため、いちいち気に止める様子はない。
昼当番風紀委員の全力疾走。
これすらもちょっとした見世物と化しているのだ。
「はぁはぁ……よ、よし……記録更新だ……」
「あれ?せんぱいじゃないですか……?結構息上がってるみたいですけど、大丈夫ですか??」
「え、絵麻!?」
応接室2に着いてみるとそこには既に先客の姿が。
自分では過去の記録を塗り替えたと思っていたのに、彼女はそんな俺すら凌駕している。涼しい顔をして、応接室2の椅子でくつろぐ絵麻の姿がそこにはあった。
「え、絵麻って……4限体育だったりしたっけ??」
こんな早くに着いているのはおかしいと思ってそう尋ねたのだが、
「普通に自教室で座学でしたよ?」
と満面の笑みで返された。
実際のところ、この普段風紀委員会が使用している応接室2というのは、俺たちの使っている棟とは少し距離があってそこからここに来るまでも数分はかかる。
しかも、俺の教室より絵麻の教室の方が距離が離れているのだ。
本来ならあり得ないはずなんだが……絵麻の顔を見て嘘をついているようには見えなかった。
まぁ……そんな日もあるよな。
全ては自分の思い込み。
早く来たと思っても実際そんなに早くなかったなんてよくある話だ。
体感と実際の時間は異なるというし、もうそういうことにしておこう。
思考を放棄し半ば無理やり納得して、いつも通り冊子とペンをケースから取り出しているとき、
「今日はお昼当番ってことみたいですけど、どこに行くんですか?」
絵麻が昨日と同じように尋ねてきた。
そこには昨日と同様やる気に満ちた姿がある。
だが、彼女のその顔を見てふと昨日のことが脳裏をよぎる。
そう……あの一件だ。
あれは事故と言っていい。こっちも意図していなかったわけだし。
ボールが飛んできて救助しようとしたところを間違えて抱き止めてしまった……ただそれだけなのだ。
これに関しては、俺の非も絵麻の非もましてやバレーボール部の非でもなくそこに悪者は存在しない。
ただの偶然が重なった結果だといえる。
ただ一瞬頭の片隅で意図的かと疑ったが即座にそれを否定した。
これまでの経験からわかる。
事前にわかってて絵麻があんなリアクションを取るとは思えない。
バレーボール部員が練習に戻ったのを確認した後に素のリアクションをしていたくらいだ。きっと彼女も想定外だったに違いない。
まぁ……仮に見られていたとしても急にあんな体勢になったら普通はみんな恥ずかしがるからな。違和感を抱いたりはしないだろう。
表情には出さなかったが少なからず俺もドキドキしたし、あれを我慢しろだなんて余程の上級者だ。
その後は、絵麻がダウン気味にしまったので応接室2に戻らせそこで俺が残りの見回りを終えるまで待機させていた。
だから、結局のところ昨日のうちに実際の場所を通りながら説明してしまおうと思っていた巡回ルートというのは絵麻に話せずじまいだったのだ。
よって、絵麻はまだ巡回ルートを全て知っているわけではない。
しかも、今日目指そうと思っている購買部や食堂は昨日通っていないので口頭で言ってもピンとこないだろう。
「今日は、購買部と食堂を重点的に見回ろうと思う」
「購買部と食堂ですか?」
「うん、人がたくさんいてトラブルも起きやすいからな。校則違反を取り締まるのも大事だが、トラブル解決も風紀委員会の仕事だからな」
「それならわたしも大丈夫です。中学の時にいっぱいやりましたので!!」
確かに、俺が受験勉強に入ってからというもの絵麻の検挙数はとんでもない数字になっていたからな。
実践経験があるのは心強いし、ここは絵麻に期待するとしよう。
忘れないように風紀委員バッチを付け、見回りに出かけた。
◯
「カレーパンひとつ!」
「あんぱんください!!」
近所のパン屋から直接パンを仕入れていることもありうちの購買部はいつも大盛況だ。
長い時は、買うまで15分ほどかかることもあり、今日もそれに負けず劣らずの長蛇を作り出している。
「うわぁ……購買部にきたのはこれで二度目ですけどやっぱり混んでますねぇ……」
「二度目なのか……初めてじゃないの?」
「前に一度だけ来たことあります」
そうすると、やはり一度目は大聖が目撃したというあの日か。確かあの日も絵麻は自分のお弁当を持参していたはずなのだが、パンを買う必要はあったのだろうか。
「もしかして、自分のお弁当だけじゃ足りなかったとか?」
「いやいや!お弁当忘れた友達がいたので私のお弁当あげただけですよ?」
「あげたって……全部か?」
「はい、全部です。なんだか、お腹空かせて食べたそうにこっちを見てたので」
「友人のことをそんなお腹を空かせた動物みたいに例えるなよ……」
「でも、と~ってもかわいいんですよ??」
「へぇ……」
……可愛ければいい話なのか??
「仮にそうだったとしても、別に全部あげる必要はなかっただろうに」
たくさんの人がいた絵麻のグループならみんなから一口貰えば、絵麻ばかりがお弁当を渡す必要もなかったはずだ。
「でも、わたしには他の狙いがあったからいいんですよ?」
「狙い??」
「カレーパンカレー中辛、焼きそばパン麺細め」
「そ、それって……」
「せんぱいがわたしの手作りお弁当を持って行く前、毎日のように購買に行って買ってたパンの種類です。ここから気分によってクリームパンやくるみパンとか買っていきますよね??」
「ま、まぁ……そうだけど」
「わたしもどんな味か気になって買ってみたくなったんですよ〜」
「それで購買部に行ったと」
「そうです!その通りです!」
「はぁ……なんで知ってんのかなぁ……」
俺がSNSにもあげてないようなパンの情報までペラペラと饒舌に話す絵麻。
こいつ、いったいどっから情報仕入れてるんだ?
位置情報からなにまで筒抜けで、そろそろ発信機を疑った方がいいかもしれない。
「ま、まぁ……取り敢えず購買部は平和そうだから次に食堂に向かうか」
「はい、そうしましょ!あと、ここのパン美味しいですね!週一くらいでほしくなる味です」
「そりゃ、なにより……」
パンの味を思い出し上機嫌になっている絵麻を引き連れ、俺は購買部を後にしてそのまま食堂に向かった。
「ここが食堂だ。購買のパンと比べるとちょっと割高だが、ボリュームと美味しさは保証する」
スポーツ推薦で寮暮らしの人もいるため、たとえ地方であっても私立には当たり前のように食堂がある。
しかも、うちは他の私立と比べて生徒数が多いので食堂もそこそこ広い。
「なんかいい匂いがしてきます……」
絵麻が香りにうっとりしていたが、それは俺も同じだ。
定食をのせたお盆を運ぶ学生とすれ違うたび飯テロされている気分になる。
お昼を食べるため一刻も早く、ここの巡回を終えなければ。
そう息巻いている時だった。
「おい!ここは俺の席だろッ!?」
「はぁ!?ちげぇよ!?俺のだよ!!?」
奥から男子生徒の争う声が聞こえた。
「せんぱい!」
「あぁ!」
今日は平和だと思っていたのに、残念ながら問題発生のようだ。
―――――――――――――――――
ここ数日、ずっと体調を崩していましたが検査してみたらまさかのはやり病でした。
皆様もお気を付けください。
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