《五章 その刹那》

 武器を失ったルナだが、悪魔の契約者は襲う手を止めることはなかった。


 【龍手あれ】がないと悪魔の力に対抗できないってのに、どうすればいいっていうのよ!?


 いや、待てよ。確かルーグナーから貰っていたを持っていなかったかしら?


 何かを思い出した私が服の外ポケットに手を突っ込むと、目当てのものがあった。


「君の戦いは美しくない。だから、このまま負けてくれ」


 私がを取り出すのと同時に、男はそう言った。


「【♭♭ダブルフラット】【ffフォルテシモ】」


 また攻撃が来る。そう確信するとともに、取り出した何かを使用する。


 連続で何かしてきたのは分かったし、多分あいつの契約している悪魔が何なのかも分かった気がする。最初、私はあいつの能力が動きを止めるものだと思ったが、実際には能力の一端であり、それを隠していたのだ。


 あいつがさっきから言っているのは全て、音楽記号に関連している。つまり、”音楽”に関連する悪魔。


 そして、【♭♭】が意味するのは”全音下げる”こと、【ff】は”とても強く”を意味する。強弱記号は内部攻撃だろうが、音程記号の方は予想がつかない。どうせ、相手が私に悪魔の力を使っただけ。


 そしてその力は、私のポケットに入っているもので対処できるだろう。

 

「【龍手】のない今のお前に、これは防げない」

 

「さて、どうかしらッ!」


 そう言って取り出したのは、金属でできた長方形のなにか。その側面には薄い一本の線が走っており、私が上部に親指を掛けてスライドすると、綺麗な金属音が車内に響いた。


「【点火イグニスト】」


 上部にある金属ヤスリと発火石を親指で勢いよくすり合わせ、点火器ライターに炎を灯すと、自身の周囲に薄い光の円ができたことにルナは気づいた。


 この点火器の能力は、害あるものを弾く能力。悪魔の攻撃は見えないようだが、確かにそこに存在する。だから、これで防ぐことは可能だろう。


 少し経っても、今度は体のどこにも痛みはなかった。どうやら予想通り、防げていた。


 流石ルーグナー、あいつ結構良い物渡してくれてたわね。まぁ、もっと早く持ってることに気づいておけば楽だった場面もあった気がするけど、別にいいわ。


「……何だと!?」


「あれ?防がれたのが随分意外みたいね。でも、ちょっと油断しすぎよ!」


「所詮は汚れた人の身、美しい私に勝てるわけがない」


 男はそう言って、右腕を前に出し、指を鳴らそうとする。


「【召喚サモン:悪魔────」


 させないわよ。こうなったら、あいつを使おう。


、殺り────」


 私が彼の名前を読んだと同時に、男の背後から殺気が放たれた。それは彼を知っている私であっても、一瞬たじろいだが、彼の狙いはもちろん私ではない。


 突然現れた殺気に、流石の男も背後を確認せざるを得ない。


 ────その時、予期せぬ人物が車内に飛び込んできた。そして、鳴らそうとした指をその腕ごと短刀で叩き切った。


「────殺気の正体はお前ッ……じゃないか」


 悪魔の契約者を攻撃した男の正体は、ルーグナーだった。その額には、僅かに汗をかいており、呼吸も乱れている。


 ***


 ルナの帰りが遅いことを心配したルーグナーは、先頭の販売車両へ向かっている途中に悪魔の気配を感じ、不審がって急いで向かうと、突然の殺気を浴びた。


 それが誰から誰に向けられたものか分からなかったが、それでも異常事態と認識したルーグナーは全速力でその発信源に向かった。


 そして、今にも妖界イーオンを形成しようとする謎の男と、ルナが見えた。


 ルーグナーは迷わずに教会から借りた銀のナイフを腰から取ると、すぐに構えて男の腕を斬り落としたのだった。


 ***


 一人でよくここまで耐えたな。それに今の殺気は何だ?対象は俺じゃなかったが、確実に殺すという意思を感じた。だが、ルナがそれに驚いていないところを見るに、殺気を出した奴を知ってるのか?


 ルーグナーは戦闘中、考え事をしていた。敵の腕を奪り、もう攻撃などできるわけがないと思っていた、思ってしまっていたから。


「ねぇ!!!!ルーグナー!!!」


「何だ……はッ!?」


 斬ったはずの男の手から、黒い液体が溢れ出したかと思うと、それは徐々にかさを増し、男の体を包み込むと、やがて斬られたはずの腕が再生した。 


「【召喚サモン悪魔融合デビルクロス】」


 指がこすり合う音が車内に響いた。そして、男の体に纏っていた黒くへばりつく何かが車内に広がり、四方八方を包み込んだ 。

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