Cパート 第一校
迷宮――その最深部には主と呼ばれるモンスターがいる。
いわゆるボスモンスターというものだ。
その個体は非常に強力で、油断をすればベテラン探索者でも生命を失うと言われるほど。
そんな強力なボスモンスターが待ち受ける最深部に俺達は向かっていた。
「最深部か」
ひだまり迷宮でもボスモンスターは存在する。
確か名前は【皇花のゴーレム】だと聞いたな。
物理防御力は当然高く、魔法防御力もありえないほど高いとか。
強力な打撃がウリだが、魔法攻撃がないから星一つが星二つに上がるまでの最初の壁とも言われているらしい。
ちなみに皇花のゴーレムはレアアイテム【不思議な花蜜】をドロップする。
このアイテムはなんと、失ってしまった魔力を半分回復するという効果があるそうだ。
後衛には御用達のアイテムで、市場でも高値で取引されているものでもある。
だからゴーレムを倒し、ぜひとも手に入れたいところだ。
しかし、いくらあのデブを撃退したとはいえ俺にゴーレムを倒すことができるのか?
『あら、緊張してるのかしら? 結構かわいい顔してるわよ』
「からかわないでくれよ。一応言っておくけど、俺はまだ探索者なりたてなんだからな」
『ふぅん、そうなの。なら一つアドバイスしてあげるわ』
そういって前を歩いていたバニラが俺の肩へ飛び乗った。
そのまま首を包むように身体を乗せ、左の耳元でこんな助言をする。
『あなたが持つタクティクス、あなたがどう戦うかをしっかり打ち出せばちゃんと応えてくれるわ』
「どういうこと?」
『指示を出せってこと。攻撃したいのか、防御したいのか。はたまた遠くの敵を撃ち落としたいのか、それとも敵を遠くへ飛ばしたいのか。あなたがどういう行動を取りたいのかハッキリ告げればタクティクスは応えてくれる。これはそういう武器なのよ』
「そういう武器って、よくわからないんだけど……」
『まあ、そう簡単には理解できないでしょうね。戦いながら使い方を覚えなさい。そのタクティクス、もうあなたのものだしね』
なんだか雑な説明をされたな。
いや、そんなことよりもバニラはいつまで俺の肩に乗ってるつもりなんだよ。
あ、こいつ、もしかして俺をタクシー代わりにしてるな。
『そうそう、ちなみになんだけどアヤメはアンタに気があるらしいわ』
「え? マジ?」
『うっそー! そんな訳ないわよ』
「んだとコラァァ!」
純情な男子の心を弄びやがって!
許さんぞ、白猫!
俺はバニラを捕まえようと奮闘する。
しかし、さすが白猫。その運動神経は卓越したものがあり、どれほど手を伸ばしてもバニラを捕まえることができなかった。
「何してるの、二人とも?」
俺が肩を揺らし息を切らしていると、呆れた表情を浮かべ見つめているアヤメの姿が目に入った。
第三者から見たら猫にからかわれているぼっち男子の滑稽な姿だからな、これは。
『ふふふ、ちょっと元気づけてあげたわ』
「何をしたの、バニラ?」
『アヤメのあれこれを話したの。あ、今日の朝は寝ぼけてたから飲もうとした水を頭に被ったわね』
「ちょっ、ちょっとバニラ! 何話してるの!?」
バニラの言葉にアヤメは顔を真っ赤にしている。
どうやら本当にやってしまった出来事らしい。
それにしても恥ずかしがっている彼女の姿もかわいいな。
それにリアクションもいい。これは確かにいじりたくなるな。
いや、それよりもこの白猫、結構ヤバいぞ。
俺だけでなく飼い主であるアヤメですら手玉に取るし。
こいつ、侮れない。
『ふふ、そんな恥ずかしがることじゃないでしょ? 人は誰しも何かしらの失敗はするじゃない』
「そうだけど……いや、それっぽいことを言って誤魔化そうとしてるわね!」
『あら、バレちゃった。今日は気づくの早いじゃない』
「もぉー! バニラのバカ! 今日は罰としてちゅ~るなし!」
『え!? そんな、あれはいい感じに酔えるのに……ア、アヤメ、謝るからちゅ~るを食べさせて。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから!』
「知らない。バニラのバカ」
おお、さすが飼い主。
しっかりバニラに鉄槌を降したじゃないか。
つーか、そんなにちゅ~るって美味しいのか?
食べられないってことがわかった途端、バニラが目に見えて落ち込んでいるんだが。
『うぅ、ちゅ~る。私のちゅ~る……あれがないと満足できないの……ああ、ちゅ~る。私のちゅ~る……』
嘆くバニラだが、怒ったアヤメは無視を決め込んでいた。
まあ、これは怒らせたバニラが悪い。
ひとまず落ち込んで立ち止まっているバニラの身体を持ち上げ、俺はアヤメを追いかけるようにして最深部へ足を踏み入れた。
最深部に広がる光景は、朽ちた岩壁を背にもたれかかり眠るゴーレムというものだ。
ゴーレムの身体は石でできているがコケに覆われており、石の身体の繋ぎ目から花やツタが生えている。
まさに古から存在するモンスター、といった感じのデザインだ。
そんなゴーレムの目に光が灯る。
俺達を認識すると、ゴーレムは立ち上がりこんな問いかけをしてきた。
『訪れし旅人よ、汝は我が試練を受けるか?』
要約するとボスであるゴーレムと戦うか、ということだろう。
そう理解した俺だが、アヤメ達は少し驚いたような顔をしていた。
「言葉が違う」
『どうやらあの子を連れてきて正解みたいね」
アヤメとバニラは互いに顔を見合わせ、答えがわかっているかのように頷く。
そして、再びゴーレムへ顔を向け、問いかけに対する返答をした。
「もちろん」
アヤメがハッキリ答え、ゴーレムは頷く。
ゆっくりと拳を握り、内に秘めていた魔力を盛大に解き放った。
それはあまりにも大きな爆発で、転がっていた瓦礫が揺れ動くほどの突風が発生する。
圧倒的な威圧感。
これは確かに、駆け出しじゃあ勝てないレベルだろう。
だけど、同時に俺はこう思ってしまった。
あのデブよりは弱い、ってね。
『よかろう。汝の強い心がどれほどのものなのか。我が身体に収まる魂に示してみろ!』
ひだまり迷宮を治めるボスモンスター【皇花のゴーレム】が俺達の前に立ち塞がる。
同時に持っていた機巧剣タクティクスが震えた。
まるで強者との戦いを臨んでいるかのように雄叫びを上げている。
それに呼応してなのか、俺の心も踊っていた。
相手はボスモンスター。
駆け出し探索者である俺では勝てるはずのない存在だ。
だけど、勝てる気がする。
だって俺は、あのデブに勝利したのだから!
こうして俺はアヤメ達と共に【皇花のゴーレム】に挑む。
震え立つ機巧剣タクティクスを握り、圧倒的な強さを持つボスモンスターとぶつかった。
▽
「先制攻撃いくよ!」
ボスモンスター【皇花のゴーレム】との戦いが始まる。
まず真っ先に攻撃を仕掛けたのはアヤメだった。
「〈広がるは闇色の空〉〈輝くは欠片の希望〉〈どこまでも続く大地に星々は降り注がん〉――スターレイン!」
アヤメが呪文を告げると途端に空から流星が降り注いだ。
それはとんでもない威力で、ゴーレムが潰れてもおかしくないと思えるほど。
その証拠に朽ちた遺跡は粉々に破壊され、さらに見るも無残な光景となっていた。
「うおっ!」
流星が落ちた衝撃のためか、炎が立ち込める。
さすがにボスモンスターだとしてもこの魔法を受けたらひとたまりもないだろう。
そう思ったのだが、とんでもないことに皇花のゴーレムは立っていた。
しかも、ほぼ無傷だ。
「マジかよ……」
あの攻撃を受けてピンピンしてるって、ヤバくないか。
さすがボスモンスター。やっぱりあのデブより強いかも。
「硬い!」
『やっぱり強化されてるわね。アヤメ、クロノ! あいつ、通常より強いわよ!』
「え? 俺、通常のゴーレムと戦ったことないんだけど……」
『なら頑張りなさい。こいつを倒せば通常がとても弱く感じるわ』
いや、弱く感じるって言われても。
『攻撃が来るわよ!』
バニラの叫びを聞き、俺は身構える。
それと同時にゴーレムは拳を握り、大きく振りかぶっていた。
俺はそれを見て攻撃を躱そうとするが、バニラが違う指示を出した。
『盾で防ぎなさい!』
そうか、俺が持つ機巧剣タクティクスは盾に変形できる。
岩を粉砕するパンチを受けても壊れなかったんだから防ぎ切れるはずだ。
「守れ、タクティクス!」
俺はタクティクスに叫ぶと、途端に姿を変え始める。
気がつけばタクティクスは剣から大盾へ変わり、ゴーレムの拳を受け止めていた。
「うおっ!」
だけど、思っていた以上に拳が重たい。
それでも俺は踏ん張り、ゴーレムの拳を押し返した。
そのおかげか、ゴーレムの身体が後ろへ下がる。
さらに勢いに負けたのか、そのまま尻もちをついて倒れた。
『やるじゃないっ。クロノ!』
「褒めてくれてありがとよ!」
「畳み掛けるよ! みんな!」
ゴーレムが倒れたのを見計らい、アヤメが再び魔法【スターレイン】の呪文を唱え始める。
俺はというと、バニラに言われたことを思い出しながらタクティクスに叫んだ。
バニラの言っていたことをちゃんと理解するなら、タクティクスは俺の指示に従ってくれる。
つまり、欲しい武器に変形してくれるってことだ。
もしそうなら、いや絶対にそうだ。
俺は確かな確信を持ってタクティクスに今どんなことをしたいのか叫ぶように指示を出した。
「あの身体をぶっ壊すぞ、タクティクス!」
大盾だったタクティクスは俺の言葉を受け、虹色に輝き始める。
今度はガチャガチャと音を立てながら変形し、俺が望む大鎚になった。
「喰らえぇぇぇ!!!」
先端が丸い大きな鎚の重量は持っていられないほど重たい。
だけど、こいつ相手にはそれでちょうどいいはずだ。
俺は力の限り大鎚を振り下ろし、ゴーレムの胸を叩いた。
するとゴーレムは苦しむような大声を上げる。
よく見ると頑丈な胸に大きな亀裂が入っていた。
「さすがクロノくん! いくよ、スターレイン!」
アヤメは魔法スターレインを発動させる。
俺は迫ってきた流星から身を守るためにタクティクスを大盾へ変形させた。
ダメージを受け、さらに防御力も低下した皇花のゴーレムは断末魔に似た雄叫びを上げる。
俺はというと、タクティクスを大盾に変形させたおかげで身体を守ることができた。
つまりノーダメージだ。
『ちょっとは様になったわね』
少しタクティクスを扱えるようになったおかげか、バニラが満足そうに笑う。
俺はというと、少しタクティクスの使い方がわかったから大きな満足感で心が満ちていた。
「やったねクロノくん!」
「アヤメのおかげだよっ」
俺はアヤメと互いの活躍を称える。
バニラはそんな俺達の姿を見て、微笑ましい笑顔を浮かべていた。
『見事だ』
そんな俺達に倒したはずの皇花のゴーレムが声をかけてきた。
俺とアヤメは思わず臨戦態勢を取るが、バニラが『大丈夫よ』と言葉をかける。
『汝の力、しかとその強さを魂に刻み込んだ。汝、【クロノテツジ】は我が主に相応しき者として認めよう』
皇花のゴーレムはそう告げ、ゆっくりと腰を下ろす。
同時に空から虹色に輝くポーション瓶が一つゆっくりと舞い降りた。
俺はそれを手に取り、スマホを使って調べてみる。
「マジかよ!」
それは【虹色の花蜜】という名前のアイテムだ。
不思議な花蜜よりも強力な効果を持ち、使えば魔力を全回復するとんでもない代物だった。
まさか星一つの迷宮でこんなレアなアイテムを手に入れるとは。
そんなことを思っていると、途端に地面が輝き始め一つの円陣が出現した。
不思議な文字が刻まれておるそれは、魔法陣だ。
普通ならトラップとして存在する仕掛けなんだけど、それがどうしてここに出現したんだろうか。
『よかったわね、アヤメ。これであそこに行けるわよ』
「うん。全部クロノくんのおかげだよ」
アヤメはそう言って嬉しそうに笑う。
それはこれまで見てきた笑顔の中で一番輝いて見えた。
「クロノくん、君が持つタクティクスのおかげで私が行きたい場所に行けるようになったよ」
「それはよかったよ。ところで、どうしてタクティクスが必要だったんだ?」
「この魔法陣を出すためには特殊なアイテムが必要だったの。でも、さっきの迷惑な奴に襲われた時に落としちゃって。だから君が協力してくれてよかった」
だから俺についてきてほしいって言ったのか。
なら役に立ってよかった。
「そういえばこれ、どこに繋がってるんだ?」
「迷宮の深層部っていえばいいかな。そうだ! ねぇ、クロノくん。よかったら一緒に来る?」
「来るって、いいのか?」
「助けてくれたしね。だから、そのお礼」
アヤメは手を差し出す。
俺はその手を握ってもいいのかちょっとだけ迷った。
だけど、すぐにその迷いはなくなる。
せっかくここまで来たんだ。
なら、アヤメのいう友達に会ってみようじゃないか。
どれだけ大切な友達なのか、見てみたいしな。
そう、俺が思ったからだ。
「ああ、行くよ」
俺はアヤメの手を握る。
迷宮の奥地で待つ友達がどんな人なのかを一目見るために、アヤメ達と一緒に魔法陣を踏んだのだった。
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