Bパート 第一校
迷惑系配信者であるデブに襲われ、窮地に陥っていた有名配信者【天見アヤメ】を助けた俺。
ひっそりと助け、そのまま逃げようとしたがデブに見つかってしまった。
当然ながらデブの怒りを買い、俺は攻撃されながら追いかけ回されることに。
本来ならばそのまま俺がボコボコにされ泣く羽目になっていたが、たまたま手に入れたUUR武器【機巧剣タクティクス】のおかげで返り討ちにした。
いやマジでこの武器がなかったら、俺は死んでたかもしれないよ。
そんなこんなでデブを撃退した俺は、助かったという思いから安堵し崩れ落ちるように座り込んでいた。
『ねぇ、あなた。この武器はどこで手に入れたの?』
「うおっ!」
そんな俺に声をかけてくる存在がいた。
視線を向けると、ちょこんと座ってタクティクスを見つめている白猫の姿がある。
白猫はとても不思議そうな顔をしながらタクティクスに触れると、盾から剣の形状へと姿が元に戻っていった。
『ふぅーん、なるほど。これはこういう感じか』
「えっと、喋る猫さん?」
『バニラ。そう呼んでちょうだい救世主さん』
白猫いやバニラはそう告げ、猫らしく身体の毛づくろいをし始めた。
なんだか不思議な猫だな。
人のように喋るのに、仕草は猫そのものだ。
そんなことを思っていると、「バニラぁー!」という叫び声が聞こえてくる。
振り返ると息を切らし、白猫に飛びつく天見アヤメの姿がそこにあった。
「大丈夫? ケガはない? お腹すいてない? 私は心配で心配で堪らなかったんだけど!」
『あー、はいはい。ケガはないし、お腹もすいてないからそんなに心配しないで』
バニラは無事だってことを伝えると、アヤメは安心したのか顔を綻ばせていた。
どうやらもう大丈夫そうだ。
俺は黙ってその場から離れようとする。
だが、そんな俺を見てバニラが叫んだ。
『ダメ、動くな!』
「はい?」
『アヤメ、あいつを追いかけて!』
「え? どうして?」
『いいから早く!』
突然どうしたんだ?
なんでそんなに慌てて俺を止めようとしているんだよ。
そんなことを思っていると、唐突に視界が歪んだ。
「うあっ……」
なんだこれ?
気持ち悪いし、それに眠い。
これじゃあ立ってられないぞ。
つーか俺は立っているのか?
ヤバい、キツい。気持ち悪い。吐きそう。
『アヤメ!』
「ちょっ、ちょっと! 突然どうしたの?」
『魔力切れよ。やっぱり無理矢理タクティクスと繋げたから、反動が来ちゃったのね』
「魔力切れ!? それヤバいじゃない!」
アヤメとバニラが慌てて駆け寄り、俺に言葉をかけてくる。
だけど俺の意識は朦朧としており、どんな言葉がかけられているのかわからなかった。
俺、死ぬのかな?
そんなことを思いながら俺は意識を失う。
まさかこのことが大きなキッカケになると気づかずに、そのまま気絶してしまった。
★★デブ視点★★
くそ、くそくそくそ!
何なんだよあいつ!
あいつのせいで何もかもパァじゃないか!
僕はおぼつかない足取りで迷宮の外へ向かっていた。
せっかく有名になれるチャンスだったのに。
あいつの邪魔がなければ、アヤメは僕のいいなりだったのに!
ああ、くそ。あいつのせいで深淵シリーズがぶっ壊れたじゃないか。
邪魔してきたガキに僕はイラつきながら歩いていた。
だが、そんな僕の前にあいつが現れる。
〈やあ、おデブちゃん〉〈配信見てたよ〉
それは僕が開設したグループチャットから入った連絡だった。
といっても、このグループチャットに入っているのは僕以外に一人しかいないけどね。
ということで、連絡してきた存在が誰なのか必然的に判明する。
「見ていたなら助けろ! 鉄仮面!」
〈そう言われてもね〉〈ワガハイにできるのは支援だけだよ〉
「ならもっと強い装備を渡せ! あいつをぶちのめしてやる!」
〈なかなかのガッツだね〉〈君の執念には感服するよ〉
この鉄仮面という奴は僕の支援者だ。
といっても直接会ったことなんてないネットだけの繋がりだが。
だから男なのか女なのか、若いのか老けているのか、俺と同じようにイケメンなのか全くわからない謎の人間だ。
そんな奴がどうして僕の支援者になってくれているのかわからないから、余計に気持ち悪い。
ただ、何か目的があるらしくそのために僕を利用しているようだ。
まあ、それはこっちにも言えることだがな。
こいつのおかげで深淵シリーズを揃えることができたし、装備するのに必要なレベルを上げることもできた。
とはいえ、こいつはなかなかに無茶な要求をしてくる。
だから僕達の関係は持ちつ持たれつみたいなものだった。
そんな奴が珍しくチャットで連絡を取ってきた。
だから僕は怒りながらもその言葉に耳を傾ける。
〈とはいえ今はそんなこと言ってられないのも事実だ〉
「は? どういうことだよ」
〈君はいつものように有名配信者へトツっただろ?〉〈しかも飛ぶ鳥を落とす勢いがある天見アヤメに〉〈当然ながら君の行為を悪く見た連中がいる〉〈つまり通報されたんだ〉〈しかも直接〉〈迷宮管理局にね〉
「な、なんだと!」
〈このまま外に出ればどうなるか〉〈言わなくてもわかるだろ?〉
くそ、最悪だ。
このまま外に出たら迷宮管理局に捕まって連行される。
そうすればライセンスを剥奪されて配信どころの話じゃない。
「おい、どうにかしろ!」
〈いいよ〉〈どうにかしてあげよう〉〈ただし条件がある〉
「条件だと? お前、何様だよ!」
〈それはこっちのセリフなんだけどな〉〈まあいい〉〈とりあえず提示しよう〉〈飲むかどうかは君次第だ〉
鉄仮面は僕に条件を提示する。
それを見た僕は、すぐに飲むことにした。
「フヘヘッ、そんなことでいいのか?」
〈ああ〉〈できるならだけどね〉
「やってやるさ。邪魔した奴にはキッチリ仕返ししないと気がすまないしね!」
〈なら取引成立だ〉〈君を助けてあげよう〉〈そうだな〉〈装備も前より強いものに新調してあげようじゃないか〉〈もちろん条件をクリアしてくれたら〉〈それはそのまま君のものだ〉
「いいねいいね。俄然やる気になってきたよ」
クククッ、これで邪魔したあいつに復讐ができる。
待っていろよ。今度はお前をギャフンと言わせてやる。
そして、次こそは天見アヤメを僕のいいなりにしてやるんだ。
「アッハッハッハッハッハッ!!!!!」
ああ、気持ちよくて高笑いが出ちゃう。
まあ仕方がない。だって僕の勝ち確なんだしね。
さあ待ってろ、邪魔した奴め。
次に泣くのはお前だ!
★★黒野鉄志視点★★
闇色と夕焼けに分かれた空が目に入る。
クラクラする頭を抑えつつ、俺は身体を起こした。
「…………」
俺は何をしていたんだろうか。
確かデブに追いかけ回されて、ヤバかったからタクティクスを使って……
そうだ、その後に俺は気持ち悪くなってぶっ倒れたんだ。
今は何時だ。状況はどうなってる?
モンスターに囲まれていてもおかしくないぞ。
俺は慌てて自分の置かれた状況を確認する。
だが、特にモンスターに囲まれている様子はない。
よく見ると寝やすいようにふかふかなシートが敷かれているし、身体が冷えないように薄手の布団がかけられていた。
これは一体……
『起きたのね』
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
振り返るとそこには白猫バニラの姿がある。
バニラは退屈だったのか、身体を丸めながら大きなアクビを溢していた。
もしかしてバニラが助けてくれたのか?
そんなことを考えていると、バニラがこんなことを聞いてきた。
『アンタ、身体の調子はどう?』
「え? あ、そんなに悪くはないけど」
『ふぅーん。じゃあ、動けるってことね』
「まあ、そうだけど。それより、これは? もしかしてお前が用意したのか?」
『違うわ。まあ、アンタに恩があるからザコから守ってあげたにはあげたけどね』
「はぁ……」
じゃあ、このシートや布団は誰のものなんだ?
まさか、いやそんな訳ないだろ。
いくら助けたからといって見ず知らずの俺にこんな手厚い介抱をするか?
そんなことを考えていると遠くから「バニラぁー」という声が聞こえてきた。
顔を向けるとそこにはバケツを片手に手を降ってこっちに向かってきている天見アヤメの姿があった。
「言われた通りに冷たい水を持って……」
「お、お世話になってまーす」
俺の姿を見たアヤメは持っていたバケツを落とす。
途端に平然としていた顔が涙で溢れていき、そして勢いよく俺の胸へダイブした。
「うぎゃあぁぁぁ!!!」
なんだ、突然どうしたんだ?
というかめちゃくちゃ痛ぇッ!
これは攻撃か? 攻撃なのか?
いや、その前に俺は攻撃されるようなことをしたのか?
俺は訳がわからない状態のまま自問自答しつつ、ひとまず俺の胸へダイブしてきたアヤメに視線を向けてみる。
そこには涙だけじゃなく鼻水も垂らしたとんでもない表情を浮かべているアヤメがおり、なんでこんなに泣いているのかわからずに俺は混乱した。
「よがっだぁぁ、じんじゃっだがどおもっだぁぁ」
「え? 泣いちゃうぐらい心配してたの?」
「だっでぇぇ、だっでぇぇ!」
これは、なんだ?
え、演技だよね? 演技だって言ってくれよ。
そうだ、演技だよ。だってこいつは有名配信者だから視聴者を稼ぐために頑張るんだろ。
じゃあこれはそのために演技をしているんだな?
『その子、アンタのことすごく心配してたからね。ま、頑張って』
おおい、白猫!
なんだその投げやりな説明は!
すごく心配してたからって、そう言われてもこれどうしろっていうんだよ。
あ、ちょっと俺の服で顔拭かないで。
涙と鼻水でビチャビチャになっちゃうんだけど!
「えっと、アヤメさん? 申し訳ないんだけど退いてくれませんか? あと顔拭かないで」
「ボンドによがっだぁぁ! わだぢ、がんばっだげどだめでぇぇ!」
泣かないで!
マジで泣かないで!
ああ、俺の服がどんどん汚れていく。
いや、それよりもアヤメの配信はどうなってる?
さすがに止まっているよな!?
俺は気になってアヤメの配信を開いてみた。
するとバッチリ配信は流れており、そしてバッチリ俺とアヤメは映っていた。
〈おのれ謎のクソガキ!〉〈よくもアヤメを泣かせたな!〉
〈マジ許さないからなw〉〈この罪はしっかり償ってもらうぞwww〉
〈ああアヤメが泣いている〉〈こんなアヤメ見たことない〉〈ハァハァッ〉
〈変態は帰れ〉
〈おいおいおいwwwww〉〈変態紳士よりヤバいじゃんかよww〉
〈アヤメ泣くな〉〈代わりに俺が泣いてやる〉〈うおぉおぉぉおおおぉぉぉぉぉッッッ〉
〈おたけびやめろ〉
〈マジひくわー〉
〈やあ少年よく起きたな〉〈君はたいした働きをしたよ〉〈だがアヤメを泣かせたことは許せない〉〈だから盛大にその罪を裁いてやろう!〉
〈おい変態紳士が暴走しているぞw〉
〈マジかよ祭りじゃんかwww〉
「うおぉおぉぉおおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」
なんだかわからないけどコメント欄が俺で盛り上がっている!
これはヤバいのかそうでないのか全くわからない。
いや、たぶんヤバいんじゃないか? だとしたら一刻もこの場から離れたほうがいいかもしれないな。
俺はひとまず逃げようとした。
だが、そんな俺を逃さまいと身体をガッチリ掴んでいるアヤメに阻止されてしまう。
ああ、なんでこんなことになっているんだ。
俺はただのアイテムコレクターなのに!
「ダメぇぇ! 動いちゃダメぇぇ! 絶対安静だからダメなのぉぉぉぉぉ!!!」
「わかった、わかったから! 言われた通りにするから離してくれ!」
〈おいおい〉〈今クソガキがなんでもするって言ったぞ〉
〈マジかよ〉〈じゃあなんでもしてもらおうか〉
〈クソガキー〉〈サッカーしようぜ〉〈ボールお前なー〉
〈野球でもいいぜ〉〈ボールはやっぱりお前なー〉
〈じゃあ俺バットー〉
〈俺がぶん回してやるw〉〈あ、ぶん投げるのもいいなw〉
〈じゃあお前がバットーw〉〈三振したらへし折ってやるよw〉
〈残念だな俺は金属バットだ!〉
〈ふん(バキッ)〉
〈あああああっっっっっ!www〉
ああ、俺もコメント欄もめちゃくちゃだよ!
なんでこんなことになっているんだ。
これも全部あのデブのせいだ、だぶん!
「だぁぁ! わかった、わかったからもう離してくれ! 大人しくするからぁぁ!」
「ホントに? ホントにホントに?」
「ホントだから。だから離してくれ!」
「わかった。じゃあ離す」
やっとのことで俺はアヤメの拘束から逃れることができた。
ああ、お気に入りの探索着が全身ベチャベチャだよ……
「よしっと。みんな、私の恩人が起きたからこれで配信を終わるね」
〈りょ〉〈帰り道気をつけてな〉
〈あーい〉〈あのデブ通報しておいたよ〉
〈おつおつー〉
〈帰り道気をつけてねー〉
〈アヤメちゃんクソガキにも気をつけるんだよー〉
ハァ……ひとまずアヤメが配信を終えてくれたか。
まあ、これで俺はお役目ごめんだな。
とりあえず、助けてくれたことにお礼を言って切り上げるとするか。
『どこに行くのよ?』
「帰るよ。もうお役目ごめんだろ?」
『何言ってるのよ。アンタにはまだ手を貸してもらうわ』
「は?」
手を貸してもらう?
なんでまだ俺が必要なんだ?
そんな疑問を抱いていると配信を終えたアヤメが駆け寄ってきた。
そしてズイッと身を乗り出し、俺にことを訊ねてくる。
「身体、本当に大丈夫なの?」
「ま、まあ大丈夫だけど……」
「ホント? 本当にホント?」
「何度も聞かないでくれよ。というかいきなり何なんだ?」
俺の言葉を聞いたアヤメは安心したかのように胸を撫で下ろした。
しかし、すぐに表情を引き締めこんなことを俺に言い放つ。
それは思いもしない言葉だった。
「ごめん。もう少し助けてほしいの」
それはとても真剣な表情だった。
なんでそんなに真剣な表情をしているのかわからないが、とにかく大事なことだってことは伝わってくる。
だからなのか、俺は話を聞こうと思ってしまった。
「なんで助けてほしいんだ?」
「行きたい場所があるの。でも、そこに行くには必要なアイテムが足りない。あなたが持つタクティクスならそのアイテムは必要ないの。だから、一緒に来てほしい」
「どうしてそこに行きたいんだ?」
「友達が待っているの。今は、そうとしか言えない」
友達が待っている?
迷宮の奥地で?
俺は思わずアヤメに訊ねようとしたが、その瞬間にバニラがこんな言葉を口にする。
『行けばわかるわ。それで、協力してくれるのかしら?』
行けばわかるか。
奥に進めば危険度が増す。だけどここは初歩中の初歩の迷宮だ。
それに、ここでまだ手に入れていないアイテムもあるしな。
「わかった、付き合うよ」
「ホント!」
「ああ、ホントだよ。これでも俺はアイテムコレクターだからな。手に入れていないアイテムは絶対に手に入れる。それが俺の信条だ」
「ありがとう! えっと――」
「黒野鉄志っていうんだ。まあ、好きなように呼んでくれ」
「じゃあクロノくんだね! よろしくね、クロノくん!」
アヤメはそう告げると、嬉しそうに笑っていた。
なかなかに素敵な笑顔だ。
もしかしたら配信を見ている視聴者はこの笑顔が見たくて通い詰めているかもな。
そんなことを思いつつ、俺は【ひだまり迷宮】の奥へ足を踏み入れていく。
俺は知る由もない――待ち受けているそれが運命を変えることを。
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