第2章
第4話【朝日奈先輩はお通しにうるさい】
茜色の西日に当てられた建物群。
学校帰りの学生や退勤したての社会人など、往来激しい繁華街。
少し視線を遊ばせれば、あちらこちらの居酒屋の前で、キャッチのお兄さんやお姉さんが精力的に街行く人々に声をかけている。
“都会寄りの田舎”と評するに相応しい、ほどよく賑わったこの街も週末の今日はまさに華金と言わんばかりに活気があった。
会社から徒歩圏内のアパートに部屋を借りている俺にとって、この時間帯の繁華街は珍しい。
隣を歩く社長より半テンポだけ歩くスピードを遅くすることを意識して、勝手知ったる彼女についていく。
「そこのお二方、1杯どうっすか? 今なら席空いてるんで直ぐ提供できますよ」
「えー、どうしよっかぁ。明斗くんここにする?」
「社長にお任せますよ。あ、でもここにするんだったらお通し聞いとかないと駄目っすからね。苦手な奴だったらあからさまにテンション下がるんですから」
「ひどっ。アタシそんな現金な女じゃないんだけど。…………お兄さん、ちなみにお通しって何かしら?」
「揚げパスタです。カリッカリに上げて、しっかり塩も振ってるから――――」
「ごめんなさーい。今日は先約があるからまた今度いつか機会があって気分が乗った時にするわね」
と、お通しが苦手なメニューだと発覚した瞬間、速攻でキャッチのお兄さんをあしらって早足に去る社長。しかも断り方が食い下がることを許さないと言わんばかりで、想像以上に現金だった。
「揚げパスタは無いわー……。塩辛いだけで美味しくないし、無駄に量多い所ばっかりで私的に地雷が多いのよね」
「揚げパスタに親でも殺されたんかってくらいの駄目出しっすね……。なんか揚げパスタに恨みでも?」
「あるわけ……ないことも無いかしら……」
「むしろあるんすね……」
ちょっと気になるな。
が、あまり話したくないのか、社長はわざとらしくゴホンっと咳払いした。
「ほら、何でも第一印象が大事っていうし、お通しに手を抜いてたらその後のメニューも期待できないじゃない。だから別に揚げパスタだけが駄目っていうわけじゃないのよ」
「はぁ……でも、揚げパスタが駄目なのは変わらないんだ」
「ここはやっぱりいつものお店にしましょう」
そう言って少しだけ歩調を早めた社長においてかれまいと、俺も歩くスピードを速めた。
**********
「2名様ご来店でーす」
席を案内してくれるスタッフのお姉さんの声が店内に響く。
人のことを言えたタチではないが、まだ18時を回ったばかりだというのに、入った居酒屋の中は大勢の先客で賑わっていた。
ざっと見渡すと客層は比較的若い。半分くらいは私服だし大学生か専門学生だろうか。
既に自分が失い始めているフレッシュさ全開の客の会話と、常に忙しそうな厨房。この喧騒の中でホールのスタッフとも連携取れるとか、接客業できる人ってスゲェな。
そんな思考を弄びにながら、案内された席に社長と腰を下ろす。
「当店のルールはご存じでしょうか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました、ありがとうございます。スピードメニューがお決まりになったら――――」
「あぁ、すぐ決めちゃうので注文良いですか」
「はい」
と、店員に答えた社長がテーブル脇のメニュー表を広げて俺に向き直る。
「明斗くん何にする?」
「そうだなぁ。それじゃあ俺は塩だれキュウリで」
「アタシは枝豆。それと生2つ」
「スピードが塩だれキュウリと枝豆……それと生ビール2つ……ですね! かしこまりました。他のメニューはスピードメニューを食べた後にご注文下さい。すぐお持ちしますね」
そういって去っていく店員を尻目に、社長はメニュー表を戻し「はぁ……」と感嘆の息を零した。
「やっぱりお通しが選べるお店が1番だわ」
「最近増えてるらしいっすよ」
「そうなの?」
「せいぜい3品4品の中からだから、ここほどじゃないだろうけど」
「へー……まっ、選べるだけマシよね。さっきのキャッチの子が言ってた揚げパスタとか論外でしょ」
まだ根に持っていたようで社長は唇をツーンと尖らせると、愚痴を零し始める。
マジで揚げパスタに恨みでもあるんじゃなかろうか……。
「当たり前だけど“お通し”ってお店によって違うじゃん」
「揚げせんべいとか、サラダにお菓子……良いモノだと煮つけ出す店もあるらしいですよね」
「そうそう! 別に煮つけとか豪勢なモノ出せとは言わないけどさ、馬鹿みたいな量のキャベツとかお菓子の盛り合わせ出さないでほしくない? 特に飲み放題頼んでソレ出されたら明らかぼったくりに来てるじゃん」
どうやら社長は揚げパスタではなく、居酒屋のお通し自体にモノ申したいらしい。
まだ一滴も酒飲んでないのに既に面倒臭くなってるぞ。
「その点、チェーン店は良いわよね。こうしてメニューは豊富だし味も担保されてるしで、
「社長社長。ソレ、全ての個人経営の会社敵に回すどころか自分の首絞めてる」
とんでもない特大ブーメランだ。
ウチなんて総社員数2名、小さいにもほどがある超矮小会社なんだから。それもできて間もない新参者で他会社を馬鹿にできるはずがない。
「あ! それとその“社長”って呼び方いつまでしてるの!」
「いつまでって……社長がそう呼べって言ったんじゃないすか」
自分で言ってたじゃないか。まさかお忘れになった? なんて言おうものならば、何が起こるか分からないので最低限の進言でお口にチャックをする。
「それはあくまで会社、仕事中のハ・ナ・シ! 今はプライベートな時間なんだからもっとフランクに呼んだらいいのよ。それと畏まった口調も無し」
「おうわかったぜ雫」
「誰がそこまでフランクになれと言った!」
むむむ……難しい。
それとプライベートっていう割にほぼ強制連行されたんですが、これ如何に。
もうちょっとふざけるか迷って見た結果、俺は話を進めることを選んだ。
「それじゃあ、間を取って雫先輩でどう?」
「まぁそんなところかしら。アタシ的には雫ちゃん呼びを押すんだけど」
「彼女でもない年上の女性を“ちゃん”付けはちょっと……」
「誰が年増だって?」
などと、2言3言社長と談笑していると、厨房の方から器用にジョッキ2つと両肘に小皿を乗せた店員さんが、俺たちの席へとやってきた。
「お待たせしました。枝前と塩だれキュウリ、それと生ビール2つです」
「ありがとー」
持って来たはいいが、どう置こう。店員のそんな逡巡をいち早く汲み取ったのか、社長改め雫先輩がササッとビールのジョッキを受け取る。
礼を言った店員がそそくさと再び席から離れると、先輩は自分のジョッキを俺の前に出した。その意図は考えずともわかる。
俺も自らのジョッキの持ち手を握り、泡比率3対7の綺麗に並々注がれたビールが零れないくらいの勢いで前に向かわせる。
ゴンッ。という鈍いジョッキ同士がぶつかる音が鳴ると、雫先輩はニコッと笑顔の花を咲かせた。
「1週間お疲れ、かんぱーい!」
「かんぱーい。お疲れっす」
先輩はぶつけたジョッキを机に戻すことなくそのまま口元へ。俺も同様に金色の液体を喉に流し込む。
ビールを飲めるようになったのは社会人になってからだ。口の中で転がさず、むしろ口も喉も素通りさせて胃に直接流し込むようなイメージ。その過程で炭酸と泡が喉を通っていく感覚を楽しむ。それが俺なりに思うビールの楽しみ方だ。
まぁそれでも苦手なのは変わらず、口から離したジョッキの中身は、自分の想像より幾分か減少量が少なかった。
しかしそんなことは、目の前の光景の前では過ぎない。
何故なら、
「んっ、んっ、んっ――――ぷはぁ! この為に生きてるのよね」
CM出れんじゃないかってくらい、良い飲みっぷりを見せた先輩のジョッキの中身が既に8割がた消失していたのである。
ウチの社長、男前過ぎだろ。
というかこの人、ビールとか飲む人だっけ……。
もう5年以上前だし、当時の俺は未成年だったから酒には詳しくなかったが、たしか打ち上げで社長……雫先輩が飲んでたのは鮮やかな色をしたサワーとかだったはず。つまり――――。
「そんなにアタシのことマジマジ見てどうしたの?」
「あ、いや……大したことじゃないんすけど」
俺の視線に気付いた先輩が
意識を思考に集中していたせいで、視線を動かすことを忘れてしまっていたようだ。気を付けねば。
「先輩、大学の飲み会……猫被ってた?」
「いきなり酷くない!?」
「だって明らか飲むモノも飲み方も違うし……」
「べ、別に皮被ってたわけじゃないから。ほらっ未成年の後輩がいる手前、無茶な飲み方は見せちゃ駄目だって思っただけで……。ていうか、アタシ的には今の飲み方も割と考えるんだからね」
「10人中10人が豪快で美味そうって答える飲み方しといて、考えてる言われるのはちょっとなぁ」
「それが良いんじゃない! 変に可愛い子ぶってるより男友達みたいに一緒に飲める女の方が距離近くて魅力的じゃない?」
なるほど。一理ある。
酒の席だと言うのに「私、お酒飲めないんですぅ」とか言われたら白けるし、逆にほどほどに強い方が会話も弾むと言うもの。
まぁ……そういう層もかなりの割合でいるのは否定しないが。
「俺個人としてはグビグビ飲むより、落ち着いて綺麗に飲む人の方が好印象だな」
「そ、そう……」
可愛い子ぶれとまではいかないが、オシャレなカクテル頼んでたり、さほど度数の高くないチューハイの入ったグラスを両手で包み込む、小動物さながらの仕草で頑張って飲む姿がグッとくるのだ。
優先度は人それぞれあれど、清楚で愛らしい女の子が嫌いな男はいないからな!
「そろそろお通し食べ終わっちゃうから、1品モノ頼んでいきましょ。明斗くん飲み物のお代わりは?」
「んー……まだ結構残ってるし、あとで大丈夫」
「そっ。ならアタシはカシオレ頼も」
そう小さな声で謎に宣言した雫先輩の視線がチラリと1度、メニュー表から俺へと向けられる。
期待するような、あるいは“言うことあるだろ?”と脅迫するような、何かを求める視線。あいにく皆目見当がつかない。
「先輩、カシオレとか飲むんだ」
「当たり前でしょ。アタシだってか弱くてお淑やかなレディなんだもの」
俺の無難な問い掛けに、謎に途中の言葉の語気を強めて先輩が答える。
え、なに。もしかして俺が落ち着いて飲む人が良いとか言ったから。張り合おうとした? いやいやいや。俺に好かれようとする理由がないので考え過ぎか。
それ以前に、さっきまで男勝りにもほどがある飲みっぷり披露しといての路線変更は無理があるでしょ……。
その後「やっぱこっちよね!」と再びビールジャッキを注文し出した先輩に、俺はさすがに苦笑いを禁じえなかった。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
ただいま本作はカクヨムコンテスト10に参加中でございます。
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