第32話

「レイン。良く来てくれた。入ってくれ。」


セリアさんがドアを開けると中に招かれる。中に入ると広い部屋に大きめのベッドが二つ間を開けて並べられ、窓際には丸テーブルとそれを挟んで向かい合う2脚の椅子が見える。装飾のグレードは俺の部屋より若干高いように思える。良くわからんが。奥側の椅子を勧められて座る。対面に白縹しろはなだの麗人が座ると会話の準備が整う。さて、何から話した物か。


会話はセリアさんから始まった。


「前にも言ったが聞きたいことが多くてな。何から聞いたらいいのかわからないので、まずこちらの事情を話そうと思う。試験には合格したわけだしな。」


にっこり楽しげに笑って言う。試されているのはわかっていたが明確にどういう試験だったのか説明はされていない。力を見せてくれみたいなことは言っていたか?まあ、合格ならいいか。


「私がお前に関わりを持とうとしていたのはある目的のためだ。その目的を達成するためには強力な力を持った人材が必要なんだ。だが力を持っているだけでは駄目だ。知的好奇心を持っていてなおかつ集団で行動するための協調性も重要だ。そのような狩人が現れる可能性にかけてこの地域に訪れたんだが空振り続きでな。そんなときにお前と出会ったというわけだ。強いのは見てわかった。異国の人間だから人物の評価には悩んだが少し話してみてなかなか悪くないと思った。いろいろ便宜をはかったのは調査費用だと思ってくれればいい。そちらが借りに思う必要はない。」


「なるほどな。たしかにそれならば一連の行動に納得がいくな。その目的については具体的に聞いてもいいか?」


「それはまだ教えられないな。レインが引き受けるかどうか判断するにはこの国についてまだ知らないことが多すぎるだろう。そんな状態では納得して引き受けてはもらえないだろうからな。」


「それもそうだな。もう一つ、この地域はセリアが強いと思うような狩人は基本的にいないようだがなぜこの地域に来たんだ?先ほどは可能性があると言っていたようだが。」


「狩猟ギルドは各地に存在して中央に情報を上げているんだが、その中に出没した魔物の情報がある。お前が討伐したイーギス・アーガスの情報も中央に報告されるがそれほど珍しいことじゃない。埋もれていく情報になるだろう。だがここから北に行った開拓村、その付近の森に人型の魔物が現れたと報告があった。」


思わず表情にも魔力にも動揺が出そうになる。コアに制御させてなんとか留める。、、、俺のことじゃないですか。


「、、、人型の魔物は珍しいのか?」


「珍しいなんて物じゃないな。人の形をしたものは人だ。あり得ないと言っていいんじゃないか?純魔力生物アキアトルの可能性が高いという報告だった。ギルドの正式な調査で確度の高い詳細な情報だった。珍しい魔物を専門に狩る凄腕の狩人が少ないながらいるんだが、そういった人材を狙ってここに来ていたと言うわけだ。」


アキアトルってなんだ?まあ、いいか。話の腰を折りそうだ。


「王都には人材がいないのか?ここよりも相当いそうなものだが。」


「王都の周辺にはこれと言った魔境がなくてな。めぼしい魔境は騎士団が訓練場に使用しているのもあって初級の狩人が多い。それに熟練の狩人は保守的な人間が多い。命がけの仕事だからな。慣れている狩り場から離れたくないんだ。凄腕の狩人ほど良くわからない誘いには乗ってこない。」


「なるほどな。そこで採用枠を広げて俺に声を掛けたと。」


「理解が早くて助かるな。仕事を受けてくれるかは別としてこの国の市民権を得られるように便宜を図ろうと思う。狩人免許を得られるように口添えもしよう。」


「見返りに何を求める?」


「特にないと言いたいところだが、ひとつ、王都に居をかまえて欲しい。居場所をこちらで把握できるようにしていてくれると助かる。王都から離れて狩りをするにしても定期的に帰ってきてくれればかまわない。生活に慣れた頃にあらためて話し合いの場を設けるとしよう。」


「それだけか?ずいぶんと気前がいいな。期待に応えられるように善処しよう。」


「ああ、そうしてくれ。実際、王都で暮らすのは悪い選択肢ではない。ここよりもずっと発展しているし人も多い。いろいろなことが学べるはずだ。技術も帝国から取り入れたり独自に開発している物もある。最近だとシロンも結構な数が走行しているな。」


シロン?何か引っかかる単語だ。車輪?馬車とかの意味か?それだと違和感を感じるが。聞いてみるか?


「さて、今後の方針が決まったようなので今度はお前についての話をしよう。少し聞いていいか?」


迷っていたら話題が変わってしまった。まあいい。王都に行けばわかることだろう。


「かまわない。遠慮なく聞いてくれ。」


「、、、そうか。それでは聞こうか。言いたくないなら無理に答えなくてもいいんだが、、、。レイン、お前は魔石障害を負っていたりするのか?」


「、、、魔石障害?聞いたことがないな。どういうことだ?」


「そういう風に診断されたことがないということか。知らされていないだけか。うん。どう聞いた物か、、、、。」


セリアはちょっと黙り込んで考え事をしているようだ。魔石障害か。言葉からは病気のようなものと推測されるが、病気だったらおいそれと聞けないか。実際は何の病気も持っていないからなんとも思わないが。いや、なんとも思うべきか。アンダーカバーが隠せていない。改めて常識のなさが浮き彫りになった格好だ。


「お前は17歳と言うことだったがその年齢にしては魔力が異様に多い。稀なことだがだが生まれつき魔石に欠陥を抱える者がその障害を乗り越えたとき膨大な魔力を手にすることがある。心当たりはないか?」


そう聞かれてもな。そもそも人間じゃないし。この魔石もスライムのものだしな。欠陥と言えば欠陥なのか?おなかのコアも含めて。、、、そこは否定したいな。


「心当たりはないな。子供の頃のことはあまり覚えていない。人よりも魔力が多いという自覚はあったが。それだけで十分だろう。」


あまり詮索しないでくれ。ぼろが出る。この話はやめよう。


「そうだな。だが、肉体が魔力に順応していないと十全に力が発揮できない。膨大な魔力を持つ者はときに自身の魔力によって肉体が傷つくことがある。レインの戦いを見ていたが魔術は十分に使えていた。だがそれに比べてしまうと身体強化はお粗末と言っていい。」


えっ。そうなの?比較する対象があまりないから気づかなかった。でも心当たりがないわけでもない。戦っているときいまいち全力を出し切れていない感じがあった。


「普通は成長の過程で徐々に体を魔力にならしていくものだ。急激に魔力が成長するとそれに体がついて行かなくなる。その代わり肉体の外に魔力を出す魔術の習得は容易になるものだ。お前はいろいろな魔術が使える。特徴としては魔石障害に当てはまるのでそうじゃないかと思ったのだがそれはまあいい。」


いいのか。俺の異常性が問題にならなくて良かった。体を調べようとか言われたらどうしようかと思った。いろんな意味で。


「問題はなかなか魔力に見合った肉体に鍛え上げるのは大変だと言うことだな。王都ではそれなりの師について鍛錬した方がいいかもしれないな。肉体を魔力にならすことを魔力順化という。魔力順化をさせる方法は体系化されているので人から習うのが早道だろう。それと同時に鍛錬を行い筋肉を付けるのがいいだろう。魔力を受ける受け皿が大きければより力を発揮できる。」


この肉体を使い出してまだ1週間も経っていない。魔力順化なんて出来ているわけがない。生後3日とか4かぐらいか。体も前世ではジャックスに集中していたので特に鍛えたりしていない。改善の余地は大きい。


「魔力順化しつつ体を鍛えろと言うことか。こちらも考えがなくはない。師につくかはわからないがなんとかなるだろう。」


「こちらとしては強くなってくれるならなんでもいい。魔術をさらに向上させるなら身体強化を使わなくても戦える。だが生存能力を伸ばすなら身体強化をしっかりと使えるようにするのが一番の早道だ。」


現状この肉体は頼りない、と言うことか。ひとつひとつ学んで課題をクリアしていく。楽しいね。やりがいがあるよ。


「ああそうだ。レインは故郷で格闘術か何かを習っていたのか?」


「格闘術?」


「戦闘中に拳で戦っていたときだったな。その3発目の攻撃、相手に魔力を注入する技を使っただろう?」


「、、、使ったな。こちらでは珍しい技なのか?」


よく見ているな。変な技を使うやつは信用ならんと言うことか?いや落ち着け。信用はある程度ある、はず。ただの興味だろう。隠し事をしていると疑心暗鬼になっていかんな。


「珍しいというわけではないがこちらでは獣人が使う流派のひとつに似たような技がある。たしかガウ流闘気術とかいったな。そちらの国にも獣人はいたのか?」


どうかな?いたら喜ぶやつなら何人か知っているが。おそらく沢山いるんだろうけど。獣人は実在しないな。


「いたな。獣人は少なかったが見たことはある。」


架空の国ジパングには獣人がいます。私が今決めました。


「その獣人から習ったのか?」


「習ったわけではないな。一度だけ使っているのを見たことがある。見よう見まねでやってみたら出来た。」


習ったと言ったらそれなのになんで魔力順化が出来ていないのか疑問にもたれそうだ。うがった想像かもしれないが。ちょっとだけ真実を混ぜておくのがポイントだな。


「たったの一度見ただけでか!?そういう才能に長けていると言うことか。流石、多彩な魔術を使えるだけのことはある。」


なんか褒められているな。悪い気はしない。むしろいい気分だ。もっと褒めてくれていいんだよ。


「あまり実戦向きの技術ではないと思っていたんだがな。使い方次第と言うことか。ところで魔術は誰にならったんだ?」


この話は止そう。魔物の魔石から情報をコピーしましたなんて言えない。この世界の人間がどうやって魔術を習得するかなんて知らない。少し詰められただけでぼろが出そうになるな。


「、、、それは言いたくないな。あまり面白い話にはならない。」


「、、、そうか。それはすまなかった。」


いいように解釈してくれるとありがたい。この世界のいいようを俺は知らないけれど。できれば深刻じゃない方向性でたのみたい。


「今後の予定を確認したい。明日から王都に向かうってことでいいのか?」


話題を変えよう。前向きな方向で。


「それなんだが、もう一日この町に泊まってもらえるか?明日やらなければならないことがあるんだ。」


「そうなのか。もう一泊ぐらい大丈夫だ。」


「すまないな。きっとお前のためにもなることだと思う。」


「?、、、どういうことだ?」


「まあ、明日になってからわかることだ。明日の昼頃、狩猟ギルドに来てくれ。それとあさって以降のことだが朝の鐘が鳴るころにこの宿を出立して一緒に王都を目指すことにする。それでいいか?」


「ああ。それでいい。もういいか?ちょっと買い物に行きたいんだ。」


「ああ、そうだな。なかなか有意義な話になった。ありがとう。いろいろ見聞を広めてくるといい。」


俺はセリアさんの部屋を出るといったん自室に戻り、浄化室で浄化魔術を使い体をキレイにする。脱いだ衣服は亜空間に入れて汚れを分離する。戦闘で傷んだ部分もあるがそこまで直すのは不自然に思われるかもしれないから放置。こちらの服を買うことにしようか。王都までの移動時にそれを着ることにしよう。これ以上ダメージを与えるのは良くない。


服を着て背嚢をクローゼットから取り出す。中の荷をベッドの上に取り出し、空にして背負う。買い物用のバッグが欲しいが今はしょうがない。自室を出て鍵を掛ける。階段を下りて、カウンターに鍵を預けて外出する。扉を開けると外はやや日が傾いていた。


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