第6話 土を蠢くもの x 人との遭遇
山の麓まで駆け降りるとしばらく木を避けながら走り抜ける。
そろそろいいか?ここまでは追いかけてこないだろう。
そう思える場所で地面に穴を開け、擬装して休息する。回復を待つ間いろいろと考えたいことがあるが、まずは体の修復をしておこう。
難しいのは半分近く吹っ飛ばされた頭蓋骨だ。カルシウムのストックが足りない。頭蓋骨の厚みを削ってとりあえず形をつくる。ほかは土やセルロースで済むので亜空間の中なら修復は容易だ。体の修復を終え、はやる気持ちを抑えて考察を開始する。
まずは雷を発生させた現象についてだ。あの鹿がデンキウナギのように筋肉などの生態器官で電流を発生させたとは思えない。怪しいのは切り落として回収した角だが分析してもそのような機能があるようには思えない。
となると根本的な原因は魔石にあると思う。魔石を回収できなかったのが残念でならない。次は絶対に決着をつけようと決意する。
次に切られた角を完全に再生させた現象について考える。狼とかも傷の再生に魔力を使用していた。しかし、傷の再生とは根本的に違うようにも思える。再生能力を魔力で強化したとも考えられるが失ったものを完全に再現できるのだろうか?それも短時間にだ。
それならば腕を失ったときに魔力で再生できるのだろうか?再生に使用した物質はどこからきたのか?ひょっとしたら魔力で物質を精製することができるのだろうか?
俺はすぐにそれを否定する。原子から質量を減らすことができれば原子力を取り出せる。自在に原子核を組み合わせるならそれ以上のエネルギーが必要になるだろう。いくら魔力なんて不思議エネルギーでもそんなことはできないだろう。
それができれば鹿から無限に角を得られる。再生に使用した物質はあの鹿の体内からきたものだろう。今はそれしかわからない。
俺は今まで魔力を物体を動かしたり物質の結合を強化することにしか使用していない。だがどうやら魔力にはいろいろな可能性があるようだ。そしてその可能性の鍵になるのが魔石だろう。
ウサギや狼は地球で知っているものと大差なかったがあの鹿は明らかに異質だ。あらためてあの鹿を倒せなかったことを後悔した。
だがあの二匹を同時に相手にして現状勝てるとは思えない。最初に1匹だけと戦うことができたのが幸運だったようなもの。
今後はウサギや狼クラスの敵を相手にして自己強化に励みつつ魔石の研究をしていこうと思う。
あれこれ考えていると魔力の回復度合いが気になってきたので確認。
現在魔力/最大魔力 694/1311
ん? 最大魔力が上昇している。何でだ。今までは魔石を分解吸収したときに上昇していたと思ったんだが。
思い返すと戦闘をしながら魔力効率や反応速度、情報処理能力が上がっていったようにも思える。確証はないがいろいろな経験によっても性能の向上が見込めると言うことか?
魔力についてもわからないが自分自身についてもわからないな。
現在魔力/最大魔力 703/1311
そして魔力の回復速度が上昇していることも数字を追っていくとはっきりとわかる。この魔力はどこから来ているのか? またわからないことが増えた。あきることがないね。
現状どうしようもないので手に入れた鹿の角について詳細の分析と処遇について考える。金属光沢のようなものを持つがこれは実際に金属で表面がコーティングされている構造をしている。内部にも糸状の金属が網の目状に走っているようだ。
金属の重量は多くない。というか少ない。主成分は鉄。通常の鉄とは性質が幾分か異なるような気がするが分析不能と出る。そのほかの材料は大部分がカルシウム。鹿の角は骨でできているらしい。それのほかに毛皮由来のケラチンとタンパク質か。全体の構造は骨を毛皮で覆い、さらにその上に金属コーティングを行ったような感じ。
骨は分解して体の骨格部に使用する。たいした量がない鉄は使い道に悩む。刀をコーティングしようかとも思ったが薄くメッキをする程度にしかならない。
考えた
魔力が全快したので探索を開始する。日の高さから計測するに地球時間で14時頃といった具合か。山の中腹から見えた海の方に行ってみようと思う。例によって方角を確認しながら進んでいると木々の間から草原が見える場所にきた。
草原の向こうには海が見える。しばし立ち止まってその光景に見入っていると。木の上から自分の体の上に何かが落ちてきた。
確認すると50センチメートルぐらいの大きなムカデだった。ムカデは体の上を這い噛みついてきた。毒液を出してくる。
しかし残念。この体は痛みを感じないし毒も効かない。俺はムカデをつかむと木の幹にたたきつけ爪を出して突きを繰り出す。木の幹に串刺しになったムカデはすぐに絶命した。亜空間に放り込む。
調べると小指の先ほどの魔石がある。今までで最小の魔石だ。やはり大きさには意味があるようで保有魔力は少ない。
分析してみると今までの魔石より魔力の
哺乳類と大きく異なる点は色だ。紫色をしている。アメジストが近いか。生物種によって色は異なるのかもしれない。それがなにを意味するのかはわからないが。
考察もそこそこに草原に向かう。周辺を探索するがめぼしいものは見つからない。森の中よりウサギが多いのか途中何匹かに襲われたが難なく狩る。
魔石を一つ分解して機能強化をはかるが限界魔力はほとんど伸びなかった。
現在魔力/最大魔力 1287/1318
雑魚をたくさん狩ってレベルアップというわけにはいかないようだ。ここら辺のことも改めて謎を感じる。魔石から機能拡張を狙うにはもっと大きな魔石を使用しなければと言うことか。
草原の散歩に飽きた俺は、今度は海の方に向かう。波は穏やかだ。水深は深いのか底は見えない。魔力視で視認すると海水はうっすらと光を帯び、深めのところに海水より光度が高い点が動いているのが見えた。
魚か。光点の動きからそう判断する。前世では刺身や煮付けは好きな部類だったが今は食事を必要としない。それを思うと興味が失せた。俺は探索をやめ森に戻ることにした。
森に戻ってから自分の強化方法について考える。現在使用している体の素材で一番質が悪いのが大部分を構成する腐葉土を元にした土だろう。分解途中の葉や枝などを取り除いた後、さらに有機物の比率を下げているが柔らかい土でしかない。
もっと良質な土を手に入れられないかと考える。そして、この腐葉土の層の下には異なる土の層があるだろうことに思い至る。
俺は地面に手を突きそこから魔力の触手を地面深くに伸ばしていく。腐葉土の中は容易に魔力を透過させることができるが体から離れるほど魔力消費が増加し伸ばしづらくなっていく。
そろそろやめるかと思ったとき、触手の先端から伝わってくる感触に変化があった。さらに伸ばしながら触手周辺に魔力を浸透させ引き抜く。それと同時に足下の地面が少し沈む。亜空間内で採取した土を分析。
アルミニウムっ! 金属だっ! しかもただの土から。
時間さえかければ量を確保できる。この軽い金属は前世でも競技に使用することが多かった。加工しやすいことも利点だったが今ではそれはむしろデメリットになるか。
亜空間では材質の堅さに関係なく自在に加工できる。素材の柔らかさは現状では防御力の低さにつながる。
ただ魔力を通せば強度は上げられる。へこんだとしても魔力で直せる。ほかの素材と合わせることもできる。素材の種類が増えるのはメリットだな。とにかく採取しよう。
同じ場所で採取し続けるのも環境破壊になるような気がする。場所を変えつつ作業を続ける。しばらく続けていると魔力触手の感覚に違和感を覚える。腐葉土層の中、深めの場所にいくつもの空洞がある。
、、、横穴か?
疑問に思いつつもそのまま作業を進めていると魔力感覚が微細な振動を伝えてくる。作業を中断して様子をうかがうと足の裏に振動を感じた。振動は徐々に近づいてくる。どうやら何かが地中から迫ってきているようだ。
俺はその場から飛び退き、木の根元に待避した。
、、、来る!
先ほどまでいた場所から細長いものが飛び出してきた。ピンク色がかった
、、、でかいミミズだ
地面からでている部位で1メートル超え。地中までいれると2~3メートルになるかもしれない。そいつは頭をぐるりぐるりと回した後こちらに向かって先端をとがらせる。
目が見えないようだが匂いか魔力なんかを探知しているようだ。縄張りを荒らされたと思って襲ってきているようだ。そう思うと殺すのも悪い気がしてくる。
そんな思いを知ってか知らずかミミズは攻撃を放ってくる。地中から膨らんだ部分が上ってきて先端の方に移動していく。頭部まで来ると体を振りかぶって泥の
あぶねっ!
横っ飛びでかわす。木の幹にかなりの勢いでぶつかりバシッと音を立ててあたりに飛び散る。威力はそれほどないようだがなんとなく絶対食らいたくないなと思う。
土を採取する以上こいつらとの衝突は避けられない。魔石や生体サンプルも欲しいところだ。
俺は方針を決定しストレージから刀を取り出す。ミミズを中心に円運動をするとこちらを見失ったようで頭を左右に振り出す。背後から近づき根本付近を横薙ぎに切りつける。
さしたる抵抗もなく輪切りにされたミミズは勢いよくのたうち回る。ビタンビタンと体を地面に打ち付けながら
うわっ!
おもいきり後ろに飛んでそれを
、、、いつまで続くんだこれ?
なんとか早めに終わらせたくて考える。今までの経験から魔石付近が弱点のことが多いかと思い。魔石の位置を探ろうと魔力視に全力を尽くす。
感度を極限まで上げる。視界が真っ白になったところでフィルターをかけて弱い反応を削っていく。しばらく調整していると反応の濃い部分がうっすらと残った。
頭部と体をつなぐ帯のようなところ。そこの中心に突きを放つ。切っ先が魔石の横をかすめ反対側に突き出る。ミミズは直ぐに動かなくなった。
これほど集中して魔力視を使ったことは今までなかった。以前までならこれほど精密に扱うことはできなかったかもしれないがもう少し早くに気づけばよかった。そう考えながらミミズの死体を回収する。ミミズの魔石は緑色をしていた。
数日、土の採取を続けている。結構な回数作業を行っていると思うが予想必要量にはまだまだ届かない。
意外にも魔力消費量が多く一日に採取できる回数はそこまで多くない。途中で魔物と遭遇して戦闘になることもある。ウサギ二匹に狼を三匹、ミミズを一匹狩った。
疲労も空腹もないこの体に
ミミズにはそれほど
しかし
今度のヤツは広範囲に土を放出してくる。二匹ともが首を左右に振り回しスプレーのように土をまき散らしこちらを近づかせない。
こういうときのために遠距離攻撃ができないかと前々から考えていた。
カルシウムで投げナイフを作り、魔力を込めて投擲するのはどうだろうかと考えて試してみたが手を離れた瞬間から込められた魔力が抜けていき5メートルほどの距離で完全に抜けきってしまう。魔力の防御を突破するには素材や形状を無視すればそれ以上の魔力が必要になる。
ミミズくらいならそれでも倒せるかもしれないが鹿クラスの相手だと
そこで土で触手を作り先端にナイフをつけることを思いついた。それなら土を介してナイフに魔力を供給すれば十分に刺さるのではないかと思う。軌道を自在に変えられるので命中させやすくなるはずだ。
目の前でミミズがくねくねしているのを見て思いついた。土の採取で魔力触手を手から出すことを繰り返しているのでなんとなくいけそうな気がする。
俺は手をミミズに向かって突き出す。ストレージから手のひらに土を出しながら同時に魔力の糸を出し触手になるように制御する。途中でナイフを先端に取り付け伸ばしていくが結構難しい。よたよたと右や左とあらぬ方向を向いて制御不能になる。
、、、思ったより難しいな
なかなか制御ができずもどかしい気持ちになる。放尿時に変な方向に飛んでなかなか思った軌道にならない。そんな時に似ている。
、、、一応成功か。
触手と言うよりは
状況が落ち着いたところでふと気がついた。こちらをうかがっている目があることに。
ミミズを全滅させ周りを見回して状況確認したら三対の目がこちらを見ていることに気がついた。
、、、人間だな
隠れているつもりのようだがバレバレである。バッチリと目が合う。向こうはこっちが正面を向いていると思っているようだが生憎とこちらの視野は広い。俺は正対するように顔を向ける。
、、、どのあたりから見てました?
そう聞いてみたかったが発声器官はない。お互い見つめ合ったまま時間が流れる。耐えられなくなったのかむこうは目を合わせたままじりじりと後退していく。
何か誤解があるようですね。と思ったが声は出ない。
このまま返してしまっていいのか?
そう思った俺は右手の平を相手に向けてちょっと待てのジェスチャー。相手は
この状況で手を向けられたら棘で刺されると思うよな。さっき見せたヤツだ。この世界での人間とのファーストコンタクトは完全に失敗だった。
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