刑事の息子の証言

 お待たせしました。はい、息子です。

 父と二人で暮らしています。

 母はもう何十年も前に出て行きました。

 はい、もちろんあの事件が原因です。

 父は悪い男でした。刑事の面汚しです。

 それは誰もが認めることだと思います。


 私。私は当時、小学二年生でした。

 はい、はい、恐れ入ります。


 父は元々残酷な人でしたから、他にも余罪があるかもしれません。

 反省?いえ、全く、していませんでしたね。俺は仕事をしただけだと言っていました。

 中山さんが亡くなった時も、真犯人が出頭してきた時も、職を退いた時も。

 反省の色は無く。

 まるで被害者づらをしていました。


 だから、母は出て行ったのです。

 私も苦労したのです。

 父は最低の男でした。

 でも、とはいえ……。

 あれからもう、三十年近く経っています。


 私は、そろそろ、父が許されてもいいのではと思うのです。


 はい、おっしゃる通りです。みなさんそう言われます。

 でも、三十年近く経っているのです。

 はい、はい、ごもっともです。


 でも、三十年近く経っているのです。


 会えば分かります。

 この先の部屋です。


 いかがですか。

 いかがでしょうか。


 そうですか。

 もう十分ですか。


 お疲れ様でした。こちらへどうぞ。

 お茶でもお出しします。


 どうぞ。

 はい。

 はい。

 あ、いえ、違うのです。

 あれは父が自分でやったのです。

 中山さんが亡くなって、二年ほど経ってからでしょうか。

 ある日突然、父が、怯え出したのです。

 向かいの家の庭にあの女がいると。

 はい。

 私にも見えました。

 見えてしまいました。


 父は通報したのですが、助けが来る頃には女はいなくなっていました。

 でも、次の日にも、次の次の日にも女は現れました。

 こちらに背を向けて。しかも少しずつ、現れる位置が私たちに近くなっているのです。

 暗がりや物陰に現れるので、他の人の目に触れることはありません。


 父はみるみるおかしくなっていき、女がこの家の中に侵入したその日に、灯油をかぶって火をつけたのです。

 そのままもう、三十年近く、父は何もできずに寝ています。

 五感のほとんどが失われているのに、父はまだ、怯えているのです。

 振り向かないでください。

 あなたは振り向かない方がいい。

 彼女は今、父の枕元にいます。

 振り向くと彼女と目が合います。

 ああ、私は、そろそろ父が許されてもいいと思うのです。

 彼女のあの目……。

 もはや憎しみという言葉では足りない。


 そのまま、振り向かずに帰ってください。

 それと、電話でうかがった作家先生の話ですが。

 その先生が見たのは中山さんではないと思います。


 彼女はここにいる。父に憑いている。


 あなたがたの相手は、別の女です。




 お気をつけてお帰りください。

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