第29話 赤い紳士
その日朝からデルタは大忙しとなった。
二番地区にある大規模商店のヒダチ屋に凶賊が押し込んだとの通報があったからである。
ジョセフ達はすぐに現場に向かい、その凄惨な状況を確認していた。
「住み込みの従業員も、店主家族も皆殺しか」
血だらけの現場でジョセフは眉をしかめた。
二十人からが殺された現場である。
慣れぬものであれば、思わず胃の中のものが逆流しそうなくらい、血の臭いが鼻から入ってくる有様だ。
犯行時刻は店が閉まってから、通いの店員が出勤して惨状を確認するまでの間。
ただの店員では、金庫にどれほどの現金があったのかわからないため、被害額も見当が付かなかった。
「一人、息のある店員がおりまして、現在病院に運んで手当てをしております」
と、オークリーが報告してきた。
店員は平民であり、病院などは中々かかれるようなものではないが、今回は事件の生き証人であり、その費用は警察から出ている。
「証言出来るまで回復してくれるといいねえ。ちなみに、年齢や性別は?」
「アンジェリカという少女ですね。年齢は近所の聞き込みですと十五前後だとか」
「生き残っているということは、凶賊一味の引き込み役の可能性もあるかねえ」
「いや、それはないでしょう。一命こそ取り留めましたが、発見が遅ければ死んでいたような傷だったということですから」
「なるほど。では、定石通り死体の人物を確認して、居ない店員を探そうか」
ジョセフがそう言ったのは、店の窓やドアが壊されておらず、中から開けたというのが明白だったからである。
となると、中から開けた協力者、引き込み役がいたと考えるのがふつうである。
「そこなんですがね、二番地区で取引先は貴族が多いということで、店員の身元はしっかりしているんで。まあ、借金とか人質とかで言うことを聞かせられたっていう可能性もありますが」
二番地区は貴族街の隣であり、貴族たちが買い物をする店が多くある。
そんな店には多額の現金が置いてあり、凶賊もそれを狙って強盗に入ったのだった。
「確かにそれなら、引き込みさせたあとで殺してもいいわけだしね」
「ええ。それなもんで、居なくなった店員の確認も進めていますが、店員の借金なんかについても調べをする予定です」
「よろしくね。これだけの事件を未解決にしたとあっては、お役目を返上しなきゃならなくなるからね。僕は病院で生き残った店員の様子を見てくるよ」
ジョセフは唯一の生き証人である少女の元へと向かう。
病院では病室の入り口に警察官が二人立っていた。
さらに、室内には三人の警察官がいる。
凶賊が目撃者を消そうと乗り込んでくる可能性があるからだ。
少女は気を失っており、事情聴取を出来るような状態ではなかったので、意識が戻ったならば連絡をするようにと、見張りの警察官に命じた。
病室を出たジョセフは一人呟く。
「さて、周囲の聞き込みも深夜の強盗とあっては望み薄かな。被害が大きいだけに迷宮入りはさせたくないけど、どうしたものか」
その呟きどおりに、聞き込みでは目ぼしい情報は得られなかった。
そして、翌日動きが出る。
デルタの施設に犯行声明が届けられたのだった。
その書面を丸テーブルの上に置き、メンバー全員で見る。
そして、ジョセフが文面を読み上げた。
「『ヒダチ屋より5億キュリーいただいた。赤い紳士』か。聞いたことない名前だけど、誰か知っている?」
「聞いたことないわね。周辺の都市にも紹介をかけてみるわ」
マリアンヌが知らないと言えば、他に知っている者がいるはずもない。
彼女は過去の事件についても、その調書に目を通して記憶しているのだ。
ただ、帝都に報告の来ていない地方の事件であれば、その記憶にないのも当然であり、それを調べるつもりであった。
「これは筆跡鑑定に回すとして、どうして今になって犯行声明なんて送ってきたのかねえ」
ジョセフは首をひねる。
凶賊のほとんどは、自分たちの犯行であることを示す印を現場に残す。
今回のように後から犯行声明を送ってきたことなどなかった。
「現場に証拠を残すのを忘れたからじゃないですかね」
とマイケルが言う。
ジョセフは釈然としないものがあったが、そういうことなのかもしれないという考えも少し芽生えた。
一同が頭を悩ませていることろへ、アンジェリカが目を覚ましたという知らせが届いた。
「よし、行ってみようか」
「ついていきますぜ」
チャックがジョセフの前に出てきたが、ジョセフはその申し出を断った。
「いや、チャックの顔を見たらまた気絶するかもしれないから止めてくれる」
「そりゃあ酷い」
「それならまずひげを剃ってね。無頼と見分けがつかないんだよ」
チャックの抗議に対して、ジョセフは正論で返した。
それに対してはチャックも反論できずに黙る。
「私が一緒に行くわ」
「それがいいね」
マリアンヌが一緒に行くことになり、他の者たちは赤い紳士の情報を探すこととなった。
オークリーはハドソンのところへ、マオタイはヤンのところに聞きに向かう。
その他の者たちは、近隣都市の警察に宛てた赤い紳士の過去の犯罪についてを問う書簡を書く。
病室に到着するとマリアンヌはさっそく、意識を取り戻したアンジェリカに質問する。
「私たちは警察よ。教えてほしいんだけど、店に押し入ってきた凶賊の顔は見た?」
「暗くてよくは見えませんでした」
「そう。じゃあ何か特徴があったかどうかはわからないかしら。例えば片腕が無かったとか」
「覚えておりません」
マリアンヌの問にアンジェリカはおびえた様子であった。
ジョセフが見かねて間に入る。
「マリアンヌの聞き方が怖いんだよ。ごめんね。双子だけど僕の方はきつくないから安心して」
「はい」
ジョセフに言われて思わずうなずいてしまったアンジェリカであったが、マリアンヌの顔を恐る恐るうかがった。
怒ってはいないか心配だったのである。
マリアンヌは内心ではジョセフに言い返したかったが、アンジェリカが怖がって口を開かなくなるのを考慮して黙っていた。
表情にも怒りはにじみ出ていない。
それを見てアンジェリカはホッとした。
「ヒダチ屋ではドアや窓を壊された痕跡が無かった。つまりは誰かが中から開けたことになるんだけど、何か思い当たることはない?」
「あの時はバーンズ子爵様がお見えになったというので騒ぎになっておりました。貴族様が夜中に自らお見えになるなどというのは異例ですが、お待たせするわけにもいかないので、店内にお入りいただくことにしたのです。私ども従業員も対応すべく着替えるようにとの指示が出ておりました」
「バーンズ子爵ねえ」
「領地を持たずに帝都に住む貴族ね」
マリアンヌはアンジェリカの供述のメモを取りながら、バーンズ子爵の情報をジョセフに伝える。
こうした貴族の事情に疎いジョセフは、バーンズ子爵のことを全く知らなかったが、マリアンヌは母親のクリスティーナから社交界の情報を得て記憶しているのだ。
「それで、本当にバーンズ子爵だったのかな?」
「子爵様のご尊顔を拝見したことがございますが、先ほど申したように暗くてよく見えませんでした。賊の中に子爵様がいたかどうかはわかりません」
「あー、でも声はわかるんじゃないかな。凶賊どもの話声は覚えている?」
「いえ。目の前に現れたときには襲ってきたので、声を聞いて覚えるような余裕は……」
「だよねえ。ありがとう。今日はここまでで」
アンジェリカに礼を言って、ジョセフとマリアンヌは病室を出た。
そして、廊下を歩きながら話す。
「バーンズ子爵か。取り調べをするとなると面倒だねえ」
「何言ってるの。警爵家の当主が自ら出向いたとなれば、断る貴族なんていないわよ。貴族院や義姉様の悪口を言った者たちがどうなったか、みんなその末路を知っているんだから」
「口には出さないけど、恨まれるよねえ」
「ジョセフが恨まれることなんて、殺された被害者たちの無念に比べたら小さいことでしょ」
「そうだね」
こうして、ジョセフはバーンズ子爵邸を訪問し、事件当時の状況を聞くことにしたのであった。
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