第12話 1ー12 カラオケと交通事故

 男は度胸で恥をかくしかないな。

 選んだ曲は、そこそこ売れてる高田洋二の「土砂降りのど真ん中」という歌。


 あんまり抑揚が無い分、半分音痴の俺でも歌いやすいんだ。

 但し、この歌は伴奏に合わせたアップテンポが大事。


 それがうまく取れれば、少しは上手に聞こえる可能性がある。

 最初の三小節ぐらいは外しまくったよ。


 でも、例によって経験が俺の能力を押し上げるみたい。

 音感なんてスキルは無かったけれど、曲の半ば以降は見事に声と伴奏のテンポが合っていた。


 俺自身がビックリしているぐらいなんだが、梓ちゃんが盛大に拍手をしてくれた。

 それから二時間近く二人でいろんな歌を歌った。


 デュエット曲も二曲ほどうたったよ。

 デュエット曲を歌って相性は抜群だと思った。


 梓ちゃん幼いころからエレクトーンを弾いていて、今は6級なんだそうで、これより上はどちらかと言うと趣味の範疇はんちゅうを超えてしまうそうなので、昇級するのは止めているそうだ。

 確かに薬科大学を目指すのにエレクトーンの教師免許に近いものをとっても意味は無いよね。


 でもそのおかげで音楽に対する能力が開いて、歌も上手に歌えるということかもしれない。

 音感は大事だもんね。


 カラオケ屋さんで二時間を過ごしてお会計、追加料金は無しだったので、二人でしめて2000円也、今回は割り勘でした。

 朝のK園入場料もお昼の洋食屋さんも割り勘です。


 これからは割り勘にしようって梓ちゃんから言いだしてくれた。

 まぁね、金を出している方も出されている方も気を遣うから、お互い割り勘の方が付き合いやすいということもある。


 その代わり頻繁ひんぱんにデートはできないよね。

 お金を掛けない方法も勿論あるけれど、交通費を含めて、最小限の経費は必要だ。


 一月に一回程度が望ましいかもしれないな。

 次は弁当持参でハイキングなんてのもいいかもしれない。


 尤も、暑いのはなぁ。

 夏場は海辺かプールかな?


 もしかしてプールや海水浴に誘ったら嫌がられるかな?

 それなら涼しい施設の中ってことになるけれど、モール以外は基本お金がかかるようになってるよね。


 デートもなかなか難しいもんだ。

 アニメでは、かなり古い昔は神社なんかが逢引あいびきの場所だったような設定もあるけれど、確かに普段は人気ひとけも余り無いけれど、デートの場所としてはどうなんだろう?


 階段に座ったりして話をするぐらいしか思いつかないが、まぁ、二人きりに慣れる場所というのが良いのかねぇ。

 カラオケ店を出て、駅前で梓ちゃんの家方向の路線バスに乗り、家まで送った。


 別れ際に言ってみた。


「あのね、お袋がガールフレンドが居るなら一度連れて来なさいと言っているんだけれど、どうかな?

 家に来てみるつもりある?

 両親と妹たち、それに祖父母にも紹介することになるけれど・・・。」


「お邪魔してもいいなら行きます。

 でも条件があります。

 英一郎さんも私の家に来て私の両親に紹介させてください。」


「お、おう。

 わかった。

 でも時期は少し涼しくなってからにしようよ。

 あんまり汗は搔きたくないから・・・。」


「ふふっ、英一郎さん汗っかきなの?」


「いや、汗っかきと言うよりは、知らない人の前に出ると緊張で汗が出る感じなんだ。

 どっちかと言うと冷や汗に近いかもしれないけれど、気温が高いとよりひどくなりそうだからさ。」


「うん、わかった。

 じゃぁ、秋口に予定しましょう。

 服装は、私服がいい?」


「いや、学生服にしようよ。

 お互いに高校生なんだから、制服でも構わないでしょう。」


「そうだね、じゃあ私はセーラー服、英一郎さんは詰襟の学生服と言うことで。

 夏休みは何か予定あるの?」


「毎年三日ぐらいお盆の時期にお袋の実家に家族ぐるみで行くぐらいかな。

 梓ちゃんは?」


「私も、お盆の時期にお父さんの実家のある田舎に行くぐらいかな。」


 思い切って俺は言ってみた。


「じゃぁさ、夏休みには海辺かプールに行ってみないか?」


「行ってもいいけれど・・・。

 F市の海岸って、余り綺麗じゃないから、潮干狩りぐらいならともかく、海水浴は少し無理な気がする。

 それに市内のプールって言えば、H山にあるレジャーランド施設ぐらいで、あそこは小学生向けみたいだよ。

 市内ならどこかのスイミングクラブにでも入らないと無理じゃないかしら。」


「うん、でね。

 県庁のあるK市ならスポーツ施設に大型競泳プールもあるし、もう一つS海岸は砂浜が綺麗なエリアの海水浴場もある。

 どちらもJRで移動しなければならないけれど、一時間程度でF駅からは着けるよ。

 S海岸の方は有料の海の家か、トイレ辺りで着替えなければいけないのが問題だけれど、K市のスポーツ施設はちゃんと更衣室もあるから・・・。」


「ウーン、1時間の遠出かぁ・・・。

 結構運賃がかかるよね。

 それと海水浴場自体はタダでも、プールの方は入るのにお金が要るんじゃないの?」


「うん、運賃では、海水浴場が片道860円、スポーツ施設が片道1240円、プール使用料金が650円かかるようだよ。

 往復だと海水浴場が運賃1720円海の家を借りると多分三千円を超すんじゃないかな。

 それとスポーツ施設は運賃2480円プラス650円で3130円かかるね。」


「旅費だけでそれだけ?

 お昼を入れるとお小遣いの枠を超えちゃうね。

 ウーン、今回はパス。

 お小遣い貯めて来年行きましょう。」


「了解、では来年の楽しみに取っておきましょう。

 じゃぁ、夏休み中はお金のかからないハイキングはどうかな。

 お互いに弁当作れば左程にはかからないと思うけど。」


「あ、夏場のお弁当は無理。

 暑さで傷みやすいからやめた方がいい。

 お金は多少かかってもちゃんとしたお店で食べたほうが絶対にいいと思う。」


 ハイ、衛生観念のしっかりした梓ちゃんでした。

 きっと、良いお嫁さんになれるでしょう。


 ハイキングは止めて、この次は図書館へ行くことになりました。

 夏休みの宿題で出るであろう自由研究のためです。


 梓ちゃんのお姉さんが行っている城南高校では、必ず出るそうで、教育委員会が同じだから多分宿題に出されるそうです。

 内容の良いものについては県内の発表会に展示、更に良ければ全国に行って、優秀者には総理大臣や文科大臣から表彰状がもらえるんだとか。


 そんな品評会か競技会みたいのだったら、ウチの東斗高校だけが外れるということもなさそうです。

 二人揃っての共同研究もありらしい。


 一応夏休みに入ってから市立図書館に行って、色々調べてからテーマを決めることにした。

 その時にもし可能ならば共同研究も考えようという話になったよ。


 ◇◇◇◇


 その日、梓ちゃんを家まで送った後の帰り道で、思いもかけない事件が起きた。

 ここまで乗ってきた同じバス路線で帰ると時間がかかるので、別の路線に乗って駅の西側で降りると10分ほど家までの時間が短いんだ。


 バス停で降りて、5分ほどで大きな交差点に差し掛かったんだが、そこで衝突事故が起きた。

 無理に右折した大型トラックに直進車両のワゴン車が衝突、軽いワゴン車が跳ね飛ばされて信号機の柱に激突した。


 トラックの方も前部がひしゃげているけれど、ワゴン車の方が大変だ。

 トラックにぶつけられて右側が大きくひしゃげ、跳ね飛ばされて信号機の支柱にぶつかって左側もひしゃげて大破している。


 更に悪いことに、ガソリンが漏れていて今にも火が着きそうだ。

 そうしてそのすぐそばに俺がいるんだ。

 

 一瞬迷ったが、車内に血まみれの幼い子がいるのを見て、瞬時に決断した。

 最初にやったのはガソリンの発火をまず抑えること。


 俺は、燃焼の促進もできるが、抑制・遅延もできるんだ。

 次いで、ひしゃげたワゴン車のスライドドアを引き剥がした。


 こいつは抵抗になっている部分を全て解除し、俺の全力で引っ張ったらドアが文字通りズコッとはずれた。

 それから、血まみれの子供二人を車外に連れ出し、次いで助手席側は開けにくいから、運転席側のドアもぶち壊し、そこから大人二人、多分父親と母親を引きずり出した。


 どっちも意識が無かったし、シートベルトが着いていて外すのが厄介だったので結構大変だったが、同じく通行人の男性が手伝ってくれて、ひしゃげた車体から何とか四人を引きずり出すことに成功した。

 それから、10mも離れたところでガソリンの着火・燃焼の抑制・遅延を解除した。


 途端に爆発して俺は吹っ飛ばされたよ。

 着火を遅らせた分だけガソリンが気化していて、爆発限界に達していたんだろう。


 そこで着火すれば爆発は起きるよな。

 吹っ飛ばされたのは俺ともう一人手伝ってくれた男性で、俺がクッション代わりになったので打ち身ぐらいで済んだみたい。


 俺の方は爆発した瞬間に闘気を瞬時にまとったから俺にも怪我は無い。

 助けた四人は、歩道に寝かされていたので爆風の影響を左程受けてはいなかった。


 そこでようやくパトカーが到着し、間もなく救急車も駆け付けた。

 幸いにして、ワゴン車の家族は大怪我をしたものの治らないような身体的障害が残るようなことは無かったらしい。


 PTSDの方は別かもしれんがな。

 俺は、その日、最寄交番で事情聴取をされちまった。


 歩行者でも目撃者の一人だし、何より被害者救出のヒーローと言うことでその辺の事情を詳しく聞かれたんだが、正直に話すこともできんから、無我夢中でやったら助けることができましたと説明するに留まった。

 トラックの運転手は、任意同行で警察に行ったみたいだが、後のことは良く知らん。

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