2 1/2で聖女召喚ってガチャなら高確率

──サカスイ、二十三歳。


 大学では食品や飲料を研究する学科に入学するも、独り暮らしなのにバイトのシフトを入れすぎた無理が祟って、体調を崩してしまった。そんなときにウイルスが流行し世界的パンデミックが発生。大学の授業は対面式ではなくWebを利用したリモート式に変更。


 もともと教授に直接質問したり、大学の図書室に通ったり、実験や実習が好きだった僕は、対面授業が受けられなくなってしまったことにひどく落胆した。


 結局、モチベーションが下がってしまい、大学は二年次で中退した。そして再びバイト生活に戻ってしまった。そしてこの歳になるまで居酒屋バイトを続けてきた……というわけである。


 もっと大学で勉強したかったという後悔はある。しかしながら体調を崩してしまい、一時期は食事も喉を通らないほどだった身体に無茶は駄目だった。


 同期の友達は、皆、食品関係や飲料関係の有名企業に就職した優秀なやつらばかり。それに比べて僕は何もしていない。より一層、悲哀感が漂う。


「あ〜、やっと家に着いた〜」


 それは、いつものようにバイト終わりでくたくたになり、自宅の独り暮らしアパートの扉を開けた瞬間のことだった。


「どこ、ここ……」


 深夜の真っ暗な自室ではない。昼間だ。美しく磨かれた床と立派な柱が立ち並ぶ。どちらも高級そうな白大理石だ。この光景はファンタジー世界の荘厳なお城と表現する以外にない。


「へ……」

 

 力が抜けてその場に座り込む。疲労でぐずぐずになった顔を冷や汗がつたっていった。夜食にしようと思って買った、おにぎりの入っているコンビニのレジ袋が、「とさり……」と床に触れて音を立てる。


「聖女様を二分の一の確率で召喚に成功だ!! これは大成功だぞ!!」


 いかにも魔法使いのような裾の長いローブを着た人物が両手を上げて喜んでいる。なんだそのレアキャラ確定ガチャ引いたみたいな言い草は。


 周りを見渡せば、制服を着た女子高生も僕と同じように床に座り込んでいた。


「さっそく聖女様のお力を確認しろ」


 一段と立派な服を着た一番偉そうな人がローブの人たちに命令する。


「この水晶玉に手をかざしてください」


 女子高生の子が、ローブの人の手にした虹色に光る水晶玉に手をかざした。


「おお、これは……!」


 女の子が水晶玉に手をかざした瞬間、玉から眩しい光が放たれた。周囲の人々が感嘆の声を上げる中、僕はその光景をただ呆然と見つめている。


「素晴らしい。まさしく……【水の聖女】のお力だ!」


 一番偉そうな服を着た男性が、女の子に判明したらしき能力を称賛しながら歓声を上げている。


「一応、この御仁の能力も調べておけ」


 次に、僕の番が回ってきた。指示された通り水晶玉に手をかざすも、少しの光がぼんやりと映り込んだだけで特に何も起こらない。静寂の中、僕のおっかなびっくりな心臓の音だけが大きく響いている。


「これは……?」


 偉そうな男性が、僕を見つめながら眉間に皺を寄せる。どう考えても好意的な視線ではない。それどころか、明らかに失望の色が浮かんでいた。僕はただただ恐縮するしかない。


「僕の力は……その……なんなんでしょう……」


 とりあえず、何か言わなければと思い、口を開くが、言い淀んでしまう。すると、男性が僕の前に歩み寄り、冷静な声で話しかけてきた。


「貴方が持つ【ビアガーデン】という名の能力について、詳しく伺いたいのですが……」


──【ビアガーデン】???


「あの、【ビアガーデン】って、どういう力か僕にも全くわからないんですけれど……」


 正直に答えると、男性は深い溜め息をつく。どうやらこの能力は彼らの期待外れだということはすぐに察した。


「大変申し上げにくいのですが、貴方の能力はこの国には役立たないようですね。申し訳ありませんが、元の世界に送り返すための手立ても現時点では見つかっていないのです」


「そんな……」


「嘘でしょ……! 私、帰れないの……!?」


 女子高生の子が悲痛な声で叫んだ。彼女の絶望が僕にも刺さる。


「貴女様には【水の聖女】としての役目を果たしていただきたいのです。……ああ、申し遅れました。私はこのエリュシオ王国の王太子です」


 王太子と名乗った男性が女の子をたしなめている。


 ようやく僕がこの異世界らしき場所に転移して、女子高生聖女の召喚に巻き添えにされたのだと理解した。「元の世界に戻れない」という事実が重くのしかかり、心の中で反響していく。それでも王太子は僕に当面の生活費を渡し、親切なのかどうか、「これで当面の生活を支えてください。困ったことがあったら、また訪ねてきてくださって構いません」と言ってくれた。


「ありがとうございます……」


 僕はその小さな金貨の革袋を受け取り、頭を深く下げた。何も言わない王太子に見送られて、僕は静かに王城を出ることになった。女子高生の子も難儀なことを背負わされたみたいで、明らかに困惑している様子だ。


 城の外に出ると、ギラギラと照りつける灼熱の太陽と蒸し暑い熱気が身体にまとわりつく。椰子の木が並ぶ風景は、明らかに熱帯の国を感じさせた。


「ここ……本当に異世界なんだ……」


 生活費の袋を握りしめ、途方に暮れる。ひとまずできることを探し始めるしかないか。【ビアガーデン】という謎スキルが、もしかすればこの異世界で役立つかもしれない。とりあえず無一文じゃないから、何とかなると信じるしかない。


「まず、【ビアガーデン】って、どうやって使うんだろう?」


 頭を抱えたくなるが、起きてしまったことは受け入れるしかない。


「これからどうするか、どうにかして生きる手立てを探さなきゃ……」


 まずは買っていたおにぎりを食べよう。腹が減っては戦はできぬ……だ。

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