新版 瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜

わだつみ

序章・転生

一・若鷹丸

 ~ 一 ~


「はは?」

 秋の暖かな日差しに照らされた美しい白い着物を着た女性を、幼子が見上げてそう問いかける。


「そうですよ、今日から私があなたの母ですよ」

 女性は膝を着いて目線を合わせると柔らかな微笑みを浮かべ、優しげな声で幼子に答える。

 その瞬間、心に立ち込めていた寂しさや悲しみがさっと晴れていったように感じられた。

「はは♪」

 満面の笑顔で女性にしがみつくと、女性は幼子を抱き上げた。

「はは♪はは♪」

 キャッキャッと声を上げ幼子が抱き着くと、女性は優しく頭を撫でた。

 心の中に安心感と充足感が満ちていく。


「あの若様があのようなお顔をなさるとは……」

「やはり、若鷹丸は母を求めておったのか……」

 その様子を見た壮年の男性と青年が思わずといった様子で顔を見合わせ言葉を漏らす。

 壮年の男性は年の頃四十前後、青年は二十歳を過ぎたばかりといったところであろうか。


 それらの様子を俺は俯瞰するような感覚で眺めていた。幼子の動きも言葉も自分が意図してのものではなかったが、それが自分自身であることも何故か感覚的に理解出来ていた。

 そして、これが俺がこの世界に来て1番古い記憶である。


 俯瞰で見ているような感覚は徐々に薄れ、体と意識が一致してくる。それと同時に体のコントロールも出来るようになった。分かっていたが子供、それも幼児の体だ。

 目の前には、髷を結い、和服を着た男性が板張りの広い部屋に何人も並んで座っている。そして俺の横、部屋の上座の中央には先程の女性と青年が並んで座っている。


 これは……あれだ。あれだな?異世界転生だな?まさか自分が当事者になるとは……

 令和の時代において、しがない大学生であった俺がどのようにして異世界に転生を果たしたのか。

 そんなことは皆ミミタコで今更需要もなかろうから長々語りはするまいが、少し変わった点と言えば1つの体に意識は2つという点だろうか。確かに体の中にもう一人、誰かの意識があるのを確かに感じる。要は二人乗り状態である。

 とは言っても現時点では、俺には本来の体の持ち主と思しきもう一つの意識についてはその喜怒哀楽が感じ取れる程度であるし、脳内会話などの意思疎通は図れない。それに体のコントロールは今のところ俺が握っているようだ。

 そんなことを考えている内に猛烈な眠気に襲われる。そして、俺は意識を手放した。



 ~ 二 ~


 目を開けると板張りの天井が広がっている……

 案の定というかなんというか床に直に寝かされている。体には着物が掛けられているがあちこち痛い……開け放たれた廊下からは大分低く傾いた陽の光が差し込んでいる。果たして夕日か朝日か、一体どの位寝ていたのやら……


「おや若様、お目覚めですか?間もなく御夕飯でございますよ。今日はお父上の御祝言ですから御馳走ですよ」

廊下から声が掛けられる。そこには先程、母と名乗った女性とは違う女性が立っていた。

 傾いた陽の光は夕日であったか、ではそう長いこと寝ていた訳ではなさそうだ。

 女性はオバサンと言うと怒られそうな年齢だ。地味な色合いの着物を着ている。あれかな?侍女ってやつかな??


 とりあえず、今の話から察するに俺の?名前は若鷹丸。今日は父の祝言、つまり結婚式でさっきの母と名乗った女性は父の後妻ということになりそうだ。ということは本当の母親は既に他界しているのか?等と類推していると唐突に猛烈な寂しさが襲い掛かって来る。これは、本当の若鷹丸の感情か……


「……ははは?」

 寂しさに負けて侍女に問い掛ける。

「もう、母上様と分かっておいでですか。お父上もお母上も広間でお待ちですよ。さ、参りましょう」

 そう言われて侍女に手を引かれて廊下を歩いて行く。


「若様をお連れしました」

 広間の前の廊下で膝を着いた侍女が室内に声をかけると、ザワついた室内が少し静かになった。

 柱の陰からそっと顔だけ出して部屋を覗き込んだ俺は、

「……はは?」

と、室内に問い掛ける。


「若鷹丸殿、こちらへおいでなさい」

 奥から母になった人が声を掛けてくれる。その顔を見て声を聞いた途端に、吹き荒れていた寂寥感はどこかへ吹き飛んで行く。

「はは〜♪」

 人の多い広間を駆け抜け母の元に駆け寄る。

「若様はさっそく涼様に懐かれましたな」

「真に、あれだけ美しい母上なら某も代わって欲しいくらいですな」

 ワハハハハ!と後ろから野太い笑い声が幾つも上がるがそれどころではない。


 駆け寄った俺は迷わず母の膝の上に座った。

「あらあら♪」

「若鷹丸はすっかり母に夢中だな。此の父の膝には座ってくれぬのか?」

 隣から声をかけて来たのは先程の青年である。この青年が父であるようだ。日に焼けた精悍な顔立ちと言えるだろう。

「……ちち?」

「なんだ、母に夢中で父の顔は忘れてしまったのか?」

 ワハハハハ!また広間に笑い声が広がる。


「さぁ若鷹丸殿、お腹が空いたでしょう。ご飯にしましょうね」

「そうだな、では皆の衆今宵は祝の席じゃ。パーっとやろうではないか!」

「「「応っ」」」

 俺が父母の横に座らされると、次々と広間に膳が運び込まれて来る。

 膳の上には茶碗に盛られた飯や汁物、後は川魚っぽい魚の焼物や野菜の煮物等、様々な物が並んでいる。時代を考えれば間違いなく大御馳走であろう。


 途端に空腹を覚えた俺は箸に手を伸ばす……あれ?箸が上手く持てないんだが?

「若様には御箸はまだ難しゅうございますよ。今食べさせて差し上げますから御箸を渡してくださいませ」

 いつの間にか隣に来ていた侍女に箸を取られてしまった。これは衆人環視の中あ~んさせられる流れの予感……


「はい、若様どうぞ」

 案の定、侍女が箸で飯を摘んで口元に運んで来た……止む終えまい、背に腹は代えられぬのだ!

「あ~ん」

 雛鳥のように口を開ける。こちとら幼児なのだ、気にしてはいけない。自分に言い聞かせる。

 ふむ、玄米だな。食べ慣れないはずだが、味覚というか感覚はこの体の経験に因るのか違和感なく食べられる。

 次から次へと食べては口を開ける。むしろ、雛鳥のような可愛らしさを推して行くべきか?


「はい、若様のお好きな栗ですよ」

 皮の剥かれた栗が口に入れられる。栗を茹でたか蒸したかして、火を通しただけの物だが、もう一人の若鷹丸のテンションが爆上がりしている。なるほど、確かに好物らしい。


「あら、若鷹丸殿は栗がお好きなのですね。では、私の分も差し上げましょう」

 隣から母が声を掛けてくる。やはり箸を口元に運んでくるので有り難く雛になる。

「まぁ♪」

 母はそれを見て相好を崩す。そしてその向こうでは父が不満そうだ。

「若鷹丸よ、父にはそのように愛想良くしてくれたことはないではないか」


 これは好物の栗を更に食べられるチャンスだ。すかさず父の横に行き雛になる。

「あ~ん」

 満足そうな顔の父が栗を差し出す。作戦通りだ、パクりと栗を頂く。満面の笑みを返してサービスしておく。

 と、そこへ更に声が掛かった。

「若鷹丸よ、儂の栗もやろう。こちらへ参れ。」

 声の方に目をやると壮年の男性の姿が。しかし、先程の父と一緒にいた人物ではない。

……誰だ?

 不審が顔に出ていたのだろう。男性は言を続ける。

「儂は其方の母の父、お主の御爺じゃ」

「……じじ?」

「そうじゃ、ほれ、此方へ参れ。」

 箸で栗を持ち上げ俺を呼ぶ自称御爺。

 いや、実際本当に祖父になるんだろうけど。年の頃としては四十前後であろう。この年で祖父……まぁ、この時代としては普通のことなのであろう。


 何はともあれ、有り難く頂戴することにする。またも移動して雛になる。

「あ~ん」

 栗を頬張る俺の頭を大きな手で撫でながら御爺が父に声を掛ける。

「広泰殿、若鷹丸は癇癪が激しいと聞いていたが素直で可愛らしい子ではないか」

「は、なにやら涼殿に引き合わせてから突然人が変わったようでして……」

「ふむ、母が居らぬ寂しさが響いておったのかのぅ?」

「やもしれませぬ、我々も如何とも仕様が無く手を焼いていたのですが」

「さすれば、此れからは落ち着こう。のう、若鷹丸よ」

 またも大きな手で俺の頭を撫でながら御爺が言う。ニパっと笑顔を返すとお爺も嬉しそうに笑う。


 ふむ、当面は愛想振り撒き甘えん坊作戦で情報収集をすることにしよう。それから目立たぬ程度で食住環境の改善を図りたい。

 特にタンパク質の確保と冬場の睡眠環境の改善は急務だな。等と今後の方針を考えながら残りの膳も食べさせて貰っていたらまたもや睡魔が……幼児はすぐに眠くなるのである。



 ~ 三 ~


 祝言の日から二日が経った。俺は廊下の縁に腰掛け、高く澄んだ朝の秋空を見上げている。

 連中は昨日の晩もまだ飲んでいた……戦国時代の結婚式は三日三晩続くと何かで読んだ記憶があるが本当のことだったのだ。馬鹿じゃなかろうかと思う……


 ただ、大人共が馬鹿騒ぎをしている間にもせっせと情報を集めた甲斐もあり(酔っ払いに愛想を振り撒き、酒臭い息を浴びながら膝の上に座って色々聞き出したのだ。非常に疲れた。)、少しずつだが周辺の状況が分かってきた。

 まず自分のことだ。名前は若鷹丸わかたかまる、御年三歳の立派な幼児である。

 勿論、この時代は数え年であるはずだから現代の満年齢で言えば二歳と少しである。そりゃ箸も使えませんわ。

 また、この通り思考は前世と変わらずに行えるのだが体の年齢に引っ張られるのか、言動は年相応だ。話すと単語ぶつ切りの短文が限界だし、すぐ泣く。

 あと、すぐ漏らす!!これでも昼間は自発的に厠に行くようになったことで周りを驚かせているのだ、寝ている間は勘弁して頂きたい。

 それから、幼児にあるまじき思考を働かせて脳を酷使しているせいか、はたまた二人乗りのせいかは分からないがすぐに眠くなる。

 赤子は寝るのが仕事とは良く言ったものだが、夜たっぷりと寝た上に昼間も半分位は寝ている気がする……いや、ひょっとすると幼児とはこういうものなのかもしれないが。


 次に自分を取り巻く環境も少しではあるが分かってきた。

 まず時代だが、はっきりとは分からない。だが、住んでいる城(俺から見れば城?砦じゃないのか??というレベルだが)の作りを見るに、平屋で木造板屋根の屋敷の周りを土塁が囲んでいる。その上には木の柵が立ち、木製の櫓を備えた門が立つ様を見る限り、江戸時代よりは前であることは間違いなさそうだ。

 また、現在進行系で戦の話をしていたのもこれを裏付けるだろう。


 そして、我が家のことも多少掴めてきた。父は山之井広泰やまのいひろやす。山之井家の当主であり山之井庄を治める国人領主のようだ。

 実の母はやはり故人であり、産後の肥立ちが悪く亡くなったそう。元は重臣の娘であったそうだ。また、父方の祖父母も既に他界しているらしい。


 そして、そこへ後妻として当家に嫁いで来たのが母である。近隣の有力国人領主の娘で名はりょうと言い、その父である御爺は三田寺政道みたでらまさみちと言うらしい。

 まぁ、要するに近隣の国衆での政略結婚であり身代としては三田寺家の方が大分大きいようだが(そもそも三田寺家と山之井家とは寄子寄親の関係だそうだ。)、父の武勇に期待した御爺が縁談の話を持ち込んだらしい。その為、家中では今後に期待する声も多いらしい。

 確かに実の娘を格下の家に後妻として送り込んでくるという点から考えても、父への期待は相当のものであると言うのが明らかであるし、それだけの期待を集める父の武勇と言うのは一体どれ程のものなのかとも思う。


 それから、身の回りの世話をしてくれている侍女は(やはり侍女だった、俺は正しかったのだ。)みつといい、分家筋の娘ということだった。


「若鷹丸様、御祖父様達がお帰りになるそうですよ。お見送りに参りましょう」

 光が俺を呼びに来た。

「じじ、かえるの?」

「そうでございますよ、宴もようやく終わりましたからね」

 途端に悲しみが湧いてくる。慌てて玄関に向かって走り出した。本当の若鷹丸も御爺に懐いたということだろうか。力加減はあれだが随分と撫でて貰ったからな。


「じじ〜!」

「おぉ、若鷹丸よ。見送りに来てくれたの――」

ズベしゃっ!!

 玄関から土間に下りる所で見事に転んだ……そもそも、玄関の段差は三歳児には少々高過ぎるのだ。痛い……


「若鷹丸よ、大丈夫かの?」

「若鷹丸殿、怪我はありませんか?」

御爺と母が心配して声を掛けてくれる。


「じじ、かえっちゃうの!?」

 涙目で問うと、

「そうじゃ、祝言も無事に終わったからの」

「ダメ〜!!」

 俺は慌てて叫ぶと、お爺の脚にしがみついた。なんか若鷹丸の感情に引っ張られて体のコントロールが向こうに移っている感じだ。

「これは困った」

 と、全然困っていないニヤケ顔で御爺が宣っている。

「これ若鷹丸よ、我が儘を言うでない。お祖父様も領地に戻らねばならんのだ。しかし義父上、すっかりと懐かれましたな」

「ホホホ、其方より懐かれているかもしれんの」

 御爺が言うと父が苦笑する。

「また会いに来るでの、約束じゃ」

「うぅ……」

 渋々引き下がる俺。ようやく体のコントロールが戻ってきた。ビックリした、本当の若鷹丸の感情が高ぶると体のコントロールを持っていかれるのか。気を付けないといけないな……いや、気を付けたところで対処のしようがないか??


 落ち着いたところでお爺が供の者が引いてきた馬に跨がる。馬だ、ポニーのようなサイズだが間違いなく馬だ……馬だよな?

 乗ってみたい……脳内議会(定数2)にて可及的速やかな採決が行なわれた結果、満場一致で可決されたところで、

「じじ、おうま!!」

 満面の笑みで両手をビヨンと御爺に向かって挙げる。

「乗りたいのか?」

 大きく何度も頷く。

「これ、余り我が儘を言うな!!」

 父が窘めるが、御爺は少し思案した後、

「武士の子なら、馬に慣れておくに越したことはないであろう。ちと其処らを一回りしてくるか」

 と言い、馬上から俺を抱え上げて自分の前に座らせた。

 ……非常に酒臭い。こいつ飲酒乗馬じゃないのか?失敗したかもしれん。しかし今更降りるとは言えない。困った……まぁ、幼児を乗せて無茶はせんだろ。多分……



 ~ 四 ~


 供の者が引いた馬が門を潜る。分厚い板で出来た飾り気の無い門だ。

 そこから俺は初めて城の外に出た。良い意味での興奮した感情が漏れ伝わってくることを思えば、ひょっとすると若鷹丸自身も初めて城の外を見るのかもしれない。

 城は高台にあり、門を出ると目の前は下り坂になる。裏手はそう高くない尾根になっており、城はその斜面の中程に位置しているようだ。

 下りきった所には川が流れているが堀の役割を果たせるほど大きな川ではないように見える。幅4〜5m程の浅い川で、歩いても渡れそうな深さしかない。粗末だが一応橋は架かっている。

 川を越えると稲刈りの終わった茶色く歪な水田が広がり、その先数百m程でまた上り斜面になっており、こちらと似たような高さの尾根が続いている。

 関東で言うところの所謂、谷津とか谷戸というような地形だろうか。その斜面の手前に集落が見える。当たり前だが商店のようなものは見当たらず、あばら家以上住宅以下と、いった塩梅の住居ばかりが建っている。これがこの時代の標準なのであろう。


 暫く、馬に揺られていると畦の斜面に白い百合の花が風に揺れている。若鷹丸が興奮しているのがわかる。

「じじ、とまってとまって!!」

「如何した、若鷹丸よ」

 御爺が馬を止めると、

「おろして!!」

 御爺は不審そうな顔をするが俺を地面に降ろしてくれた。百合の花に走り寄る。

 これを母に持って行きたいのであろうか、若鷹丸が一層興奮している。

「これとって!!」

 御爺に頼むと御爺は供の者に目配せをする。供の者が手綱を離してやってくると、花の付け根から百合の花をもぎろうとする。

「ちがうちがう、そこじゃない!!」

 そう言って慌てて止めると、

「ここ、ここから」

 茎の下の方を指さすと拘りが強いと思ったのか小刀で切ってくれた。


 再び馬に乗せて貰うと御爺が尋ねてくる。

「若鷹丸は花が好きなのか?」

「ははにあげるの!!」

「ハハハ、そうかそうか。では戻ろうかの」

 そう笑いながらお爺は俺の頭を撫でながら、馬首を返すのだった。


 目の前には山之井の城が見えている。聳えると表現するには、些か高さも大きさも足りないと感じるが、我が家の規模ではきっとこの位が普通なのだろう。

 川からの比高は20m程か。その上の土塁を足しても25mには遥かに及ぶまい。斜面自体も緩くはないが登れない程急でもない。

素人目に見ても守りの固い城には見えない。そして何より斜面も土塁も門も柵も建物も全てが茶色いのである。一言で言って地味である……


「義父上、とんだお手数を……」

 門を潜ると、父が恐縮した様子で御爺に話し掛ける。

「なに、可愛い孫の言うことよ」

 そう言いながら俺を降ろしてくれる御爺。

「はは〜♪」

百合を握りしめて母に駆け寄る。

「お帰りなさい、若鷹丸殿。お花を摘んできたのですか?」

「はい、どうぞ♪」

 そう言って百合を母に差し出した。

「まぁ、私にくれるのですか。ありがとう。お部屋に飾らないといけませんね」

 母はそう言うと嬉しげに百合を受け取ってくれた。


「では、今度こそ儂らは帰るとしよう」

「義父上、道中お気を付けて」

「父上、お達者で」

「じじ、またきてね♪」

「うむ。広泰殿、娘を頼んだぞ。涼もしっかり勤めを果たすのじゃぞ。若鷹丸、また来るでの」

 そういうと御爺の一行は今度こそ帰路に就いた。俺はその光景を、一行が向かいの集落に行き当たり、右に曲がって見えなくなるまで飽きることなく眺め続けるのだった。


 ~ 五 ~


 御爺達が帰って行った跡、母に連れられて母の部屋に来た。

「さぁ、これにお花を活けましょうね」

 楽しげな表情で壺に白百合の花を活け、床の間に飾っている母を眺めていたが、秋の日差しが差し込み小春日和のようなポカポカとした陽気のせいか眠気が襲ってくる。

 そういえば、初めて城から外に出たし、馬にも乗った。疲れて当然だな……明日は尻が筋肉痛になるかもしれん。

 

「若鷹丸殿、いらっしゃい」

 うつらうつらとしながら、そんな益体もないことを考えていると、母が俺を呼ぶ。

 眠い目を擦りながら母の元へ行くと、母はニコニコしながらポンポンと自分の膝を叩いた。

 有り難く母の膝に頭を乗せて横になると、包まれるような暖かさを感じる。若鷹丸の心も穏やかになって行くのを感じながら俺は早々に意識を手放した。



 ― 山之井涼 ―


 膝の上に頭を乗せると若鷹丸殿はすぐに穏やかな寝息をたて始めた。


 前の嫁ぎ先では子が出来ぬまま、夫を戦で失った私は実家の三田寺の家に返された。

 そして、漸く決まった次の嫁ぎ先には癇癪が激しく家中でも扱いに手を焼いている先妻の一人息子がいると聞いた。

 武士の娘の結婚は家の利によって決められる。それは理解しているが、そのような家で上手くやっていけるかと言われれば自信が無かった。


 しかし、実際に会ってみると息子になる幼子は私を母と呼び心を開いてくれた。癇癪が激しい等とはとても思えなかったが山之井家中の者は、新しい夫を含めて皆がこの子の変わりように驚きを隠せずにいる。

「母のいない寂しさ故に癇癪を起こしていたのかもしれない」

 多くの者がそう言っていた。そして、私が来たことでこの子が変わったと喜んでくれる。


 この家でなら上手くやって行けるかもしれない。前の家では手に入らなかった幸せが私にも手に入るかもしれない。膝の上で眠る息子の頭を撫で、壺に活けられた白百合の花を眺めながらそんなことを思う。



―――


 目が覚めると辺りは真っ暗になっていた。母の部屋で眠ってしまったはずだが、いつも通り床に寝かされ、着物を上に掛けられている。

 眠い目を擦りながら上体を起こしたところで違和感に襲われる。

「……居ない?」

 すぐに体の中に一緒に入っていた若鷹丸の意識が無いことに気が付く。

「……逝ったのか?」


 きっと、産まれてからずっと寂しさに襲われ続けた若鷹丸の心はもう限界だったのだろう。

 だからこそ、俺の意識が入り込む余地があったし、若鷹丸も俺と一緒に新しい母を受け入れることにしたのかもしれない。

 そして、母の温もりに包まれて眠り満足したのだろうか。

「……早過ぎるだろ。俺一人置いて行ってどうしろってんだ」

 呟きは闇に儚く消えて行き、その後若鷹丸の気配を感じることは終ぞ無かった。


 こうして、俺は本当の意味でこの世界に独り転生することになった。

 これまでは、若鷹丸の意識も同じ体にあった為か、どこか他人事のような感覚が拭いきれなかった。だが、これからは一人でこの世界を生き抜いて行かねばならない。


 差し当たってはこれからの方針を大まかにでも決めておく必要があるだろう。転生モノでは幼子がいきなり革新的な改革を打ち出して内政無双をかましているのを良く見るが、現実的には難しいだろう。

 どう考えても気味悪がられるか、立場を弁えろと怒られるか、無視か。まぁ、そんなところだろう。最悪妖しの類と思われて斬られるかもしれゆ……

 そもそも根本的な話、内政チートをするような知識は持ち合わせていない……

 例えば火薬の原料は硝石と硫黄と炭。それは知ってる。でも硝石なんて見たこともないのである。硝石って何色なの??そんなレベルなのだ。


 それに、言語能力が思考能力に全く追い付いていないのも問題だ。

 やはり当初の通り、愛想振り撒き甘えん坊作戦で大人を篭絡しながら少しずつ力を蓄える。地味な上に工夫も引っ手繰れもないがこれしかなさそうだ……

 幸いなことに新しい母と御爺は俺のことを可愛がってくれている。父も積極的に攻め落とそう。そう自分の中で纏める頃には、またもや眠気が襲ってくるのであった……



******


 はじめましての方も、いつもありがとうございますの方もここまでお読みいただきましてありがとうございます。

 本作は元作品『瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜』の再編集版となります。投稿開始から二年に近くなり、自分なりに不満のあった部分や、不整合があった部分を修正したものを「カクヨムコン10」に合わせて投稿致しました。元作品が週刊連載、こちらが単行本とイメージして頂けると良いと思います。

 特に特徴と言えるのがネット小説のセオリーを完全に無視した一話あたりの文章量でしょう。文庫本の一ブロック(一塊、正式に何と呼ぶのかは知らん)程度の量を目安に作成しています。

「誰も本にしてくれないから自分で本っぽい構成に変えてやったよ!!」

 って言うことです。隙間時間にちょちょっと読むには多いと思いますのでお時間のある時に腰を据えてお読み頂ければ幸いです。


 序章は大きな変更点はありませんが、一章以降で細々と変化する部分が出て来るでしょう。年末年始は毎日投稿の予定ですので是非お付き合い下さい。

 また、スタートダッシュがとっても大事ですので★やフォローを是非よろしくお願いします。



瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集

https://kakuyomu.jp/works/16818093085974751276

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月27日 18:00
2024年12月28日 18:00
2024年12月29日 18:00

新版 瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜 わだつみ @24zm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画