第50話 混沌の狭間で

 薄暗い曇り空の森林フィールドの奥地。


 真理と正対した悠里には咲良と戦ったときの感覚が負けられないという緊張感と共にこみ上げてくる。


 的確にこちらを捕捉してくる眼。正確な射撃と隙のない追撃。防戦一方の悠里は下唇を噛んで負けじと必死に喰らいつく。


 呪いをこの手で全て断ってやる。その言葉が本当なら――


「こいつは破壊する気だ。全てのドゥーガルガンを」


 悠里は確信して独り言ちる。


 それを真理は聞いていたようで


「そうさ。私は全てを壊すよ。同じ惨劇を繰り返さないためにね」

「誰も望んじゃいないそんなこと!」

「私が望んでいる」


 激しい撃ち合いの最中、二人は弾丸に乗せて言葉を交わす。


 真里までの距離は約20メートル。狙撃銃では明らかに分が悪い。


 バリケードからクイックピークの合間に撃ち込んではいるが、アドランダムな動きがまるで読めない。


 これが銃として戦場を体感した元ドゥーガルガンの実力。


 その相手に付かず離れずの膠着状態を生み出せているのは我ながら見事だ。


 時間さえ稼げれば咲良がフラッグを取ってゲームは終わる。涼や他の先輩方が背後を守ってくれてる限り、こいつさえ抑えれば勝てる。


 しかし真理は一気に勝負を決めようとバリケードから身を晒して駆け出した。


「ドゥーガルガンは可能性なんかじゃないん。呪いなんだよ。何故それを分かってくれないの」 


 悠里は何も語らなくなったらプラを見つめながら考える。


「可能性じゃない……そんなことは分かってる」

「君はまだ彼女に可能性を寄せている。人の死を受け止められず、その拠り所をドゥーガルガンに見出しているんだ」

「違う!」


 知ったような口を利かれ、冷静さが引いていく。


 それを真理は見逃さない。


「口では違うと言いながらも、君はその銃を取って戦っている。それが何よりの証拠だろう」

「ラプアは……リコじゃないんだ」

「果たして……それは本心かな!」


 バチバチとベニヤに打ち付けるバイオ弾の音が真理の雑踏を掻き消す。


 銃口と目が合う。まだ彼女は射撃体勢を取っていない。射線と重なった瞬間に迷わずトリガーを引いた。


「もうリコは死んだ……全部、全部俺のせいで死んだんだ。どう足掻いても蘇らない」

「だったら早くそいつを離してよ」

「だがラプアは違う! この銃は……こいつは!」


 ラプアはリコじゃない。


 ラプアは俺の妹じゃない。


 死者はもう蘇らない。蘇れない。


 死者の影を追って、ドゥーガルガンに可能性を抱いていた。


 負けて死んでも、リコに天国で会えればそれで良かった。


 けれど今は違う。


 数々の戦場を潜り抜けて、俺にサバゲーや236の楽しさを教えてくれたこいつは違う。


 家族だけれど、死んだ妹とは違う。


 可能性の器なんかじゃない。


 こいつは俺の……。


「こいつは俺の大切な家族……相棒だ!」


 この一撃を奴に叩き込む。その強い意志が拍動する血脈を伝って弾丸に込めていく気がした。


 咄嗟に後ろへ踏み込み倒れるように体を落とす。

 狙いはつけなくてもバレルの方向は感覚で掴めている。


 すかさずトリガー。圧搾空気の抜ける快音と悠里の絶叫は青々とした空に響いていった。


「……満足したかな?」


 弾丸はバリケードを叩いて土に還る。


 額に向けられていたのは銃口と冷徹な瞳。ラプアへの想いを踏み潰すように真理は見下していた。


「悪いけど彼女に抱く感情は早く捨てて」


 元ドゥーガルガンは銃口と共に手を差し伸べていた。


 抵抗しようともがけば確実に彼女の弾丸に貫かれる。


 ならば抵抗して彼女からラプアを遠ざけるか。


 ここでやられてしまえば引き離せる。でも涼や咲良には最後の最後で裏切ってしまうことになるのではないか。


 チームメンバーの願いを見捨てて、彼女達の可能性を潰して……。


 どちらを取ってもやりきれない。


「さぁ。もう君の負けだよ」

「……ラプアを犠牲になんてさせない」

「ラプア君だけじゃないよ。ドゥーガルガン全てを私のこの手で破壊する」

「壊さなくたって戦わなければ終わらない……俺はそれを取る」


 平行線のまま、この戦いを二度と終わらせない。


 人の死を、誰かとの別れを二度と繰り返さない。戦って誰かが悲劇に嘆くのなら、ドゥーガルガン同士で戦わなければいいだけだ。


 二度と彼女達が互いに殺し合わない、交わらない〝平行線〟を悠里は貫こうと決心していた。


「……誰だって決着のつかないまま一生続けば良いと考えたさ」


 永遠の平行線。最後の一丁になるまで戦いが続くのならば戦わなければいい。


 戦わない選択。それが最良であり、傷つけず傷つかない選択だと信じている。人を殺めてしまった事実からは逃れられないけれど、過去と向き合って前に進めるはずだ。


 けれど真理は震える声で悠里に語り掛ける。


「私もマスターだって望んださ。けれどその方法はやり尽くして、結果として失敗した。遺された者は大切な人を失って苦しんで死んだ。だからこうするしかないんだ」


 俺も、俺が殺してしまった灰原高校の彼女もそうだった。命を奪うことから目を逸らして愚直に戦って、色んな人を苦しめたのだと思う。


「だからドゥーガルガンは残らず壊す……壊す……壊すっ!」


 ジェーンを始末したときのように、流れ込む悲劇の記憶が彼女の理性を壊し始めていく。


 背中のケースから抜いたのはダミーではない本物の斧。光沢が艶めき、鋭く研ぎ澄まされた凶器だった。


 もはや彼女の狂気を止める術など完全に無い。けれど諦めたくもない。


 何か……何か手は。喧嘩したまま別れるなんて嫌だ。


「相棒は……」


 か細く呟いた言葉に狂気の真理は首を傾げた。


「相棒は……俺の相棒は、誰にも渡さない!」


 誰かに手向けるように叫んだ悠里。呼応してラプアが眩い光を纏い、手元から離れていく。


 華奢ですらっと伸びた足が目に留まると、彼女が人になったことに気づく。


「ありがとう悠里。私の気持ち、知ってくれて」

「ら……ぷあ?」


 あれから一度も口を利かなかったラプアが慰めるように微笑みかける。


「壊したいのなら好きにしろ。私は一向に構わない」

「何言ってるんだよ!」

「悠里、私は君から色んな物を貰った。サバゲーで勝つ楽しさ、負ける悔しさ。紗空夜や咲良、五十鈴達と過ごした思い出、君の思いや愛。とても尊くて幸せな時間だった。悠里を守れるのならば死ぬのは怖くない。一思いにやれ」


 凛々しく言い放つラプアだが、初めて見せる切なそうな微笑みに言葉が定まらない。


「強くなきゃいけない。勝たなきゃいけない。じゃないとまた大切な人を失ってしまうからって。だけど気づいたんだ。俺の、俺の弱さを誤魔化すためにラプアや咲良を利用して、望みも聞かなかった。後悔してるよ。だからここからもっとお前や咲良と戦いたい。今度は殺すためじゃなく戦いを止めるために。お願いだ……死なないでくれ」

「悠里……」

「頼む。その命が尽きるまで、俺の銃で——相棒でいてくれ!」


 リコはもうこの世にはいない。死の現実が受け止めきれず、自分の弱さと思い込んでずっと囚われていた。そして死んだ者の代わりという業をラプアに背負わせた。


 強くあらねばならない。強くなくちゃ大切な妹を二度も殺してしまう。ラプアを本当の妹にして己の弱さ、殺した事実を否定するために六年間戦ってきた。


 なぜ今までこれを口にできなかったんだろう。言葉にすれば自分の弱さを認められたのに。


 気づかなかった自分に心底腹が立った。そして出来上がったのがこの状況だ。


 凶器に恐れも抱かぬラプアの背中。しかし悠里は手を引いて倒し、彼女を下にして倒れた。


「まるで私が悪役みたいになるじゃん。そういう感動的な言葉を口にされるとやりづらいんだよね。早く……そこを退けよ」


 真理のドスの利いた低い声色が脅す。まるで不安定な情緒に何をしでかすか分からない恐怖感が漂う。


「退かない。相棒だけが犠牲になるなら、一緒に死んでやる」

「はぁ……人殺しはしたくないんだけどな」

「サバゲー、236で死ねるなら本望だ。やれよ」

「悠里……お前ってどこまでも」


 それがこの人生に聞く最期の言葉だろう。振り上げられる斧を横目にラプアへ微笑んだその時、一発の弾丸が彼らの間を貫いた。


「ちぇぁぁあ!」

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