第48話 この感覚こそ戦う理由

 結衣の予測がここに来て初めて外れた。あそこまで涼が生き残っていたこと、そして彼女のトリガーが『悠里』だけではなかったこと。


 バディを組んでいたときは何より頼もしいアシストだったけれど、敵となった瞬間からその厄介さが痛いほど伝わってくる。


 トップギアを解き放った咲良のスピードは背後から見ていても背筋を凍らせるほどの凄みがあった。


 それを敵として味わうことなんて想像にもない。いや本能が想像力を捨てさせたのかもしれない。


 姿を捉えトリガーを引いても、弾丸が着弾する遥か以前には彼女は動いている。まるで残像を作り出すような俊敏さは生まれながらにして備わった天賦の才能。


 そんな未知の領域に、今日の私は付いていけてる。二度と顔も見たくない程に憎いのに、彼女との戦いが狂おしいほどに楽しい。


 やめられない。誰も追いつけない領域で交わし合う弾丸同士のこの対話が。同じ教えを説いた師匠の言う『サクラドライブ』に私はついて行ってる。


 これは殲滅戦の一本勝負。時間切れになってもどちらかが倒れるまで終わらない。


 倒れたくない。体力の限界が来ても、集中力が保てなくなっても、この戦いだけは負けたくない。倒すまで、勝つまで辞めたくない。


 避ける暇のないほど濃密な弾丸の雨を可憐に避けて咲良はナイフの刃を立てて私に迫ってくる。


「冷静になって結衣! 相手のペースに飲み込まれたら」

「ダメ……こんな戦い、辞められない!」

「無茶するな田中! ええい! 援護するぞ!」


 私の邪魔しないで!


 言いたげな心を頭は封殺する。その言葉を放つ時間すら身体が勿体ぶって差し出そうとしないのだ。


 結衣には援護の味方の未来が確かに見える。なぞるように動く咲良と彼女に破滅させられる運命もだ。


 脳のイメージと彼女の動きがリンクする。


 それはゼロコンマ数秒の出来事。常人には咲良の存在が捉えられないほど早く、捉えたときにはラバーナイフの温い感触だけが残る。視界がぱっと仄赤く染まるものだから、何が起こったのかを理解できない。


 たった一人なのに、その一人が止められない。


「敵は残り二名。こっちは5人いるはずなのに!」

「包囲して殲滅しろ! 前線に出張ってきてる奴からだ」


 そんなことをしても彼女は止められない。


 包囲に移るが、その隙を与えずに一人が沈黙。援護の結衣を抜きで二人の包囲は到底不可能なことだ。


 周りとの圧倒的な力量差。咲良の飛び道具を完全に封じ込めたのに正面からは鬼のような恐ろしいオーラがビリビリと伝わる。


 頭で考える勝利への道筋が折られて否定されても、本能はこの高揚感と陶酔感、本気の彼女と戦うことの快感を手放してはくれない。


 そうか——これで良いんだ。誰の期待でも、評価でもない。この感覚が私の戦う意味で良いんだ。


 今の私は戦っているのにだらしない顔をしているだろうと結衣は一片だけ残した冷静さで想う。


 スコープで冷静に観察して機を伺う最中、黒が2つに分離した。


「右に行ったぞ! 撃ち込め!」

「待って! それは」


 唯一見えている結衣にはそれが盾だけを使った陽動であることは見抜けていた。


 だが警告は遅い。弾幕は直立する盾に虚しく弾かれる。


「盾を囮に!?」


 一瞬の隙に黒が刺す。取り巻きを一掃した咲良が盾を引っ張って回収すると展開して突撃を敢行した。


 無数にある手数のイメージには鮮明にあった——対応できる!


「読めてるよ! それでゴリ押そうたって」


 ライフルのトリガーと同時に、盾が重力の鎖に繋がれて落下していく。目に追えない速度で、『片岡 咲良』は『田中 結衣』の世界から消え去った。


 そして——


「右!」


 シェイの警告。ライフルでは間に合わないと、躊躇いなく手から離してハンドガンに切り替える。


 ――ありがとう。これで私の恨みは晴れる。何も認めてくれなかった君をこうして倒せて。


 そのトリガーは軽やかで、その手応えもまるで蜃気楼を撃ったように柔らかかった——。

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