第34話 相棒と愛銃と、ハンドガン選び

 歩き慣れた様子を見せていた咲良だったが、軍拡交差点でも最大級のビル、通称『軍拡ビル』に着くや、狼狽えるようにフロアマップを見回していた。


「お、多いですね。お店」

「もしかして初めてだったり?」

「そ、そんなことありませんよ! 私だって一端の236プレイヤーなんですから! 任せてください!」


 大船に乗ったつもりで、と胸を叩く。残念ながら揺れない。


「それじゃお任せしようかな。きっと咲良行きつけの良い店があるんだろーなー」

「え? えぇ? えっとぉ、じゃあ! ……うぅぅー」


 無為にハードルを上げられて流石に参ったらしい。恥じらいながら首をぶんぶん振って何かを求める姿からはとても天才の風格は感じられない。


「あの。一回しか来たことないです。案内していただけると」

「はいよ。見栄っ張りめ」

「そ、そうですよー。私は見栄っ張りですぅー! 悠里君より強いから良いんですー!」

「お、おぉ。それは聞き捨てならないね。ひとまず買い物は置いといて一戦」

「二人とも時間がないんだろう。ほら行くぞ」


 目的を忘れかけていた二人の間に蚊帳の外だったラプアが割って入る。


 地下に繋がる階段へ咲良を強引に押して連れて行くと、振り向きざま、不貞腐れ気味に睨まれた悠里は何が気に入らないのか分からなかった。


 自動ドアを潜ると立て掛けられた長物エアガンが壁一面に犇めく空間に誘われた。入口には赤いネオンで『PX97』の文字が燦然と輝いている。


「くぅ。やっぱりPXでしか取れない栄養ってあるよなぁ」


 いつ見ても壮観な店内に感嘆が止まらない悠里。入って早々、独りでに耽る姿に二人の困惑の眼差しが刺さる。


「PX97……このPXってどういう意味なんでしょうか?」

「あー、それは」


 ふと咲良の疑問に答えようとしたとき、背後から凛々しくも甲高い声が割り込んできた。


「ポスト・エクスチェンジ。軍隊内で飲食物や日用品を売る店っていう意味のアメリカ軍用語だよ」


 振り向くとピンクアッシュの髪を揺らしながらダンボールを抱える長身の女性が佇んでいた。


「姐さん!」

「いらっしゃい悠里」

「あ、姐さん?! 悠里君のお姉さんってことですか?」

「いやいや渾名さ。こいつが勝手に呼び始めたんだよ。なー」

「ちょ、辞めてくださいよそれー」


 突如襲来した年上女性に咲良は身構え、ラプアは眼を眇めていた。


「自己紹介が遅れたね。PX97へようこそ。スタッフのエフジェーだよ。みんな呼び辛いから『ジェーン』とかって呼んでる。姐さん呼びはこいつだけだよ」

「ず、随分と仲が良さそうですね……」


 必死な作り笑いでなんとか堪える咲良だが、後ろ手の拳はギシギシと音を立てていた。


「そちらのお嬢さん方は?」

「クラスメイトと妹のリコです」

「片岡 咲良と申します。悠里君とはエレメントを組んでます。相棒です」


 やけに挑戦的な言い回しの咲良にジェーンが吹き出してしまった。


「ふふふっ。つまり彼女さんってことかー悠里? お姉さん嬉しいぞー」

「んなわけな」

「そ、そんなわけないじゃないですか! へ、変なこと言いますねジェーンさん!」

「そうかい?」

「そ、そうですよ! 恋人だなんて」


 頬を赤らめて顔を隠す仕草に悠里は首を傾げていた。


「さてと。今日は何をお探しで?」

「そうだった。咲良のハンドガンを探しに来たんです。ここならレンジで試射しながら選べますし」

「試射出来るんですか?」

「勿論。レンジは短いけどね」


 咲良にもこの店を選んだ理由が何となく分かった気がする。


 短いながらもシューティングレンジを完備しているガンショップは数少ない。


「使用用途は?」

「236です」

「想定される交戦距離」

「ゼロ距離から50メートルの間」

「結構幅があるわね。パワーソース」

「どんなものでも。あ、けど電動の場合、マガジンはフルサイズでお願いします」


 ジェーンが淡々とメモを取ってハンドガンのショーケースに案内する。


「この棚一帯が236用にはなるけど、さっき聞いた性能を求めると割高になるわよ?」

「予算なら心配ないです」

「羽振りの良いこと言ってくれるわねぇ。こちらとしてはありがたいことだけど」

「あとは予備マガジンとホルスターですね。マグポーチは以前使ってた9mm用のがあるので、できればモデルが9mm口径のだと助かります」


 236やサバゲーで使用する銃は本体だけというわけにはいかない。


 持ち運ぶためのホルスターや予備のマガジン、必要に応じてドットサイト等々だ。高価格帯の品で揃えると余裕で本体価格を超えてくることもある。


 ジェーンが棚からいくつか見繕うと蓋を外してカウンターに並べた。


「左から順にP320、グロック19、17、あとは92X」


 出された途端、咲良の瞳は前の四丁に据わった。


「試射もできるけど、どうする?」

「ぜひお願いします」


 迷わず頷くと15メートルのシューティングレンジへと案内されて試射が始まった。


 真剣な眼差しで的を射抜く姿は口出しなど無用であると悠里に悟らせる。突発で始まった四丁のコンペ。そこは咲良の独壇場で悠里はただ見てるだけの存在になっていた。


 吟味した結果、候補は92Xを抜いた三丁に絞られた。


 するとジェーンの商魂に火が付いてグロックの二丁を前面に出す。


「拡張パーツも豊富だし9mmならマガジンとホルスターの互換性もある。他のモデルが欲しいってなっても余計な費用が掛からないのだ。そう! グロックなら!」


 随分と自分の趣味をと悠里は呆れたが、咲良は惑わされず思案している。


 エアソフトガンはただの道具ではない。自我があろうとなかろうと共に戦場を駆け、長い年月を同じ空間で過ごす。


 目的のための道具だなどと吐き捨てる奴はニ流以下だ。戦い方に途方もない合理性を追い求めるのとは矛盾して愛着が湧く。


 恐らくラプアへの気持ちはもしかしたら想像以上なのかも知れないと悠里は心の片隅で考えた。


「あの、悠里くんって確かP320でしたよね?」


 ふといつの間にかいなくなってたラプアを目で探していると、咲良が藪から棒に聞いてくる。


「悠里くん?」

「ふなっ! ごめん。話聞いてなかった」

「あららー悠里君。ガールフレンドとの買い物中に他所へ現を抜かすとはー」

「抜かしてませんよ! 誂わないでください」

「ふーん。悠里くんって浮気性なんですね」

「えっとごめん何!? 全然話が読めないんだけど咲良さん?」

「何でもありません。それより、悠里くんの拳銃。P320でしたよね?」

「そう。Co2稼働のP320だよ。SIG純正品」

「それにします」

 咲良は身体を跳ねさせながら決めた。

「グロックも良いと思うんだけど……」

「やっぱり前線で組む人とはマガジンを共通にしておいた方が良いと思いまして」


 マガジンの共通化。咲良の理由に納得が行き、ジェーンは素直に敗北を認め、


「それじゃライセンスの確認と会計ね」

「ありがとうございます!」


 肩を弾ませていた咲良はレジに向かっていった。


「終わったか?」

「あぁ。結局、俺と同じ拳銃にしたよ」


 店内をふらついて戻ってきたラプアはそれを聞いて眼光を鋭くした。


「鈍感すぎるぞお前」

「何がだ?」


 あきれ顔をされた悠里は首を傾げる。何か不機嫌になるようなことでもしたかな、と呑気な思考だ。


「まぁ良い。面白い物を見つけたんだが」

「えっとなんか悪い事したか俺?」

「気にするな。とにかく来い!」


 強引に手を引かれて店の奥へと引き摺られる悠里。


 銃を選んでいる二人から引き離すような仕草に、頭が付いていかなかった。


「ほんと、あの二人は仲が良いね。もしかしてあの二人が?」

「あ、有り得ませんよ! 兄妹ですよ? 兄妹同士なんてそんな」

「いやぁ分からないぞぉ。クフフ」


 ジェーンは邪悪な笑みで離れていく二人を見る。


「じゃあ絶対に阻止します」


 小声でボソリと口走っていた咲良は慌てて抑えてそっぽを向く。


「阻止?」

「な、なんでもないです!」

「ははーん。咲良ちゃんってば」

「な、なんでもないですってば! クレジット一括で!」


 会計の話題で誤魔化そうとするが、彼女のニタニタは止まらない。


 何か、何か気が紛れそうなもので——目を泳がせていると、顎髭を生やした男性店員が顔を顰めて扱っていた濃緑色の盾に気が付く。


「あ、アレ! アレなんですか?」

「ん? あー、アレかぁ」


 渋い声色になってジェーンが唸った。


「今日納入したうちの新作『236用コンパクトシールド』なんだけど……重いし取り回しも悪い上に防御面積が狭すぎるってテストプレイヤーに散々酷評されてね。テストでそんなだから売れるわけないって、店長が扱いに困ってるんだ」


 それを聞くや咲良は訝る。


「ちょっと持ってみても良いですか?」

「え? えぇ良いわよ。店長!」


 そう言って店長を呼び付けて盾を渡される。


 大きさは上半身を覆える程度。セラミック製で重くもないし取り回しも良い。グリップを腕に通せば両手は空くし、片手でライフルが扱えれば——


「これ、買います」


 その言葉に店にいたスタッフ全員がざわついた。

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