魔界のプリンスは恋なんてしないっ!
あじのこ
第1話 魔王と王子
ここは魔界。
人間の魂を糧とする悪魔や血肉に飢えたおぞましい姿の怪物どもが跋扈する世にも恐ろしい世界ーーーというのは、昔の話である。
現在の魔を統べる王が最初に統治するようになって100年。魔王はふっと思ったのだ。
「勇者、来なくね?」と。
そうか、ここに来るまでの道が悪いのかもしれない。そう考えた魔王は配下共に命令し、魔界の公道を整えた。人間界から魔界に繋がる道を整備し、馬車が通れる高速道路を建造に着手した。ついでに生活基盤を整えるために上下水道などのライフラインにも着手。
世にいう『魔界大改造』である。この大変なプロジェクトが終わるまでに300年の時を要した。そして魔界と人間界が繋がる最後の橋が掛かり、が終わって100年後…。
「勇者、来ないなぁー」
橋を見ながら魔王は考えた。
もしかして道だけではダメなのかもしれない。そういえば宿場町というものが人間には必要だと四天王たちから聞いた。大抵はそこで魔王と戦う前の前座戦というものが発生する。そこでは四天王たちが熱きバトルを繰り広げるというのだ。ムムッ。こうしてはいられない!
早速配下共に命令を出して宿場町とやらを建設するのだッ!
こうして魔界の宿場町建設が始まった。
これは人間共を誘き寄せるいわば撒き餌。ならば人間たちがここに来たがるようせいぜい魅力的な街にしてやろうではないか。魔王と四天王たちは連日連夜会議を行い、図案をまとめ、現場監督や腕に自信のある歴戦の職人たちを集めた。
そして近隣住民と丁寧な話し合いを行い合意の元で魔界の宿場町建設が行われた。見窄らしい小屋があるだけだった村はみるみるうちに巨大なビルディングが立ち並ぶ街へと変貌を遂げ、
そして発展して行った。
しかし、まちづくりには終わりはない。
魔界に住む住民は人間のように歳を取らないが、建造物は時がたつにつれて劣化していく。【時代と共に成長し生きていく街】をコンセプトに、魔界の宿場町は変わって行った。
そして超高層ビルである魔界ヒルズが出来た頃に魔王はふっと思った。
「勇者、来ないなぁ〜」
ハコモノを作っただけで来ると考えたのは浅知恵だったのかもしれない。よくよく考えると人間族の言葉を話せるのは魔王と四天王だけ…そうか!魔界にはO・MO・TE・NA・SHIの精神が足りなかったことに気がついた魔王は大改革を推進し、コンクリートから魔物への巻き戻しが行われた。その為にはやはり教育。教育なくして成長なしと言われるように魔族界にも学校制度が敷かれ義務教育が課せられるようになった。
ちょうどその頃、魔王には子供が産まれた。待望の我が子は目に入れても痛くないほど可愛いものであった。すやすやと眠る息子の揺かごを揺らしながら魔王はふっと思った。
「勇者、来ないなぁ…」
ゆくゆくはこの子が勇者と対峙し、勝利を収めた暁にはこの世界を統べる王となるのだ。ならば我は勇者が来るまでの間にすべき事をするまでよ…クククッ。
そして魔王自ら子連れ出勤し、託児所を作り、子供がいても仕事のしやすい職場環境の是正を行った。また子供のいない魔物に仕事の皺寄せが行きがちな点も配慮し、出来ない時には手当てを割り増しにするなどの改革を行った。
月日は経ち、魔王が抱っこ紐を下ろしてから数100年が経った。魔王城から見る景色もすっかり変わった。無論、窓に映る自分の顔に深く刻まれた皺を見て魔王は自分が歳をとったことに気がついた。最近はなにもしていないのにあちこちが痛い。
魔王が書類仕事で凝り固まった肩をほぐしているとドンドン!と、扉をノックされた。
「魔王様!王子が参りました!」
「そうか…入るが良い」
返事をすると同時に扉が開いた。
「父上…いえ、魔王様お呼びでしょうか」
キリッとした我が子の顔がそこにはあった。
「息子よ。そろそろお前にも巣立ちの時が来たのだ」
「…えっ?」
「お前には外に出て自立してもらう!」
ゴロゴロぴっしゃーん!、とタイミングよく窓の外では雷鳴が轟いた。魔王の動作によって演出が変わるようプログラミングされているのだ。
魔王は初めて使ったけどこれはなかなか雰囲気が出るし、なにより便利だなぁと感心していた。
一方、王子は雷に打たれたように固まってしまった。それもそうだ。王子は産まれてから一度も魔界から出たことがなかった。
城の中で産まれ、城の中で育ち、魔界立幼稚園からエスカレーター式に小中高を卒業して魔界で1番の魔界立大学を卒業したエリートだった。新卒で魔王城に入り、これから魔王を支えていく、そういう人生だと思っていた。
それなのに。
「昨今ではお前のようなのを子供部屋オジサンなどと言うそうではないか」
「悪意のあるネットスラングですがこの城が職場兼居住地なので、そう言われると返す言葉がありませんね…」
王子は突然のことでショックを隠しきれずにいた。そもそもいままで魔王城で勇者を迎え撃つことばかりを考えてきた人生なのに、今更自立だと?王子は心の中で湧き上がる感情を我慢するようにグッと拳を握りしめた。
「私が離れている間に勇者が現れたらどうするのですか?!一応これでも魔王配下の椅子に座する者として…」
「あーそれね。勇者を待って1000年の時が過ぎた。さすがにもう来ないだろう」
「し、しかし…!」
なおも、食い下がる王子。
「ええーい!ずべこべ言わずにとっとと行ってこーいっ!」
魔王は空間転移魔法を呼び出すと王子をその穴に放り投げた。
それは愛しい我が子を崖から突き落とす親ライオンさながらであったが、前触れもなく突き落とされた方はたまったものではない。
どうして…父上…なぜ…。
ぐにゃりと溶ける体と意識の中で、魔界の王子は答えの出ないまま眩い閃光に包まれた。
閃光が消えて無くなると王子の姿はどこにもなかった。捻れた空間の歪みを魔王はじっと見つめていた。
「魔王様…本当によろしいのですか?」
暗がりから見守っていた配下の1人が恐る恐る声を掛けた。
「ああ…なーに。これもあやつが魔王になるための修行の一環さ」
魔王は努めていつも通りを装ったが、長いマントの裾を踏んづけて転びそうになった。それがずっといた子供がいなくなった寂しさからなのか、1000年を生きてきた加齢によるものなのか魔王にもわからなかった。
我とて永遠に生きていくことも出来んしな。
魔王は捻れた空間が元に戻ったのを見届けると、丸まった背中をせいいっぱい伸ばした。
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