聴こえなかったメロディー

わたくし

長年の成果

 アール博士の長年の研究の成果が今、実を結ぼうとしていた。

 博士の研究は「ロボットに実物の楽器を演奏させる」事である。

 過去にピアノの鍵盤に圧力センサーを取り付け、それをピアニストに演奏させてキータッチの圧力を測定し記録して、それをアクチュエーターで鍵盤を叩いて再現する自動演奏ピアノがあった。


 アール博士の研究はセンサー等で測定せず、演奏者の動画の指使いや腕の振りを画像分析AIで解析して、実際に楽器を演奏する為の参考にしていた。

 ロボットが本物の楽器を鳴らして、動画の音に近付く様に何度も自己学習を行い、遂には元の動画と全く同じ演奏を行うまでになった。


 博士は沢山の演奏動画の学習を行い、ロボットは幾百のレパートリーを増やしていった。

 博士は完成したロボットに『MELODYメロディ』と名付けた。これは「音楽Music電子的Electronic学習Learning 実物Object直接Direct演奏plaY」の略である。

 ロボットの外観は敢えて人間には近付けず、古いブリキ製のロボット玩具の様な姿をしていた。

「コミカルな外観から発せられる本格的な演奏のギャップが面白いだろ?」

 博士は語った。


 博士は完成したロボットを地元の公民館でお披露目した。先ずは少数の人で反応を確かめてみたかったのだ。

 50人程の小さなホールで『メロディ』は演奏を開始した。

 最初は「ただの自動演奏だろ」と馬鹿にしていた聴衆は『メロディ』が一曲、二曲と続けるうちに熱狂的になり、最後の曲が終わった時には全員が拍手喝采をしていた。


 博士は演奏会の規模を少しづつ大きくしていった。『メロディ』には360度カメラで会場の規模や聴衆の顔を測定して、その場所に合った音を出すプログラムがしてあった。また、「f分の1の揺らぎ」理論を応用して「毎回まったく同じ演奏」にならない様にしていた。


 遂に『メロディ』は某有名楽団にコンサートマスターとして参加した。

 会場は超満員で、演奏終了時にはスタンディングオベーションが一時間以上続く大盛況だった。

 この成功に気を良くした博士は、『メロディ2号機』の制作に取り掛かる。

『メロディ』と同じ設計図を使い、『メロディ』が学習した成果をそのまま取り入れた『メロディⅡ』は瞬く間に完成した。

 実物楽器の演奏学習を終えて、『メロディⅡ』をお披露目する時が来た。

 しかし、発表会での『メロディⅡ』の演奏は不評で、仕舞いにはブーイングが起こっていた。

 博士は『メロディ』と『メロディⅡ』の演奏を聴き比べた。

 演奏の技術的な部分では殆ど違いが無かったが、明らかに『メロディ』の演奏の方が感動的であった。

 両方とも学習したAIやプログラムも全く同じであった。

 博士は遂に2体のロボットを同時に分解して、回路や機械動作部分を比べてみた。


 そして遂に『メロディ』と『メロディⅡ』の違いが分かった!

 何時の頃からか『メロディ』の音声入力回路が断線していて演奏の音やメロディーが全く聴こえなくなっていたのだ。

『メロディ』は聴こえなくなった音やメロディーを360度カメラで観察した聴衆達の表情や仕草で読み取り、演奏にフィードバックしていたのだ。

 このお陰で聴衆の希望していた音を作り上げていたのだ。


 博士は分解したロボット達を元に戻したが、『メロディ』も『メロディⅡ』も以前の様な感動的な演奏は出来なくなっていた。

 音声入力回路がどのタイミングで断線したのか分からない為である。

 同じAIでも入力情報が違えば、結果は全然違う物になるなからである。


 こうして、アール博士は今迄の研究した時間より長い時間をかけて、2つのロボットの音声回路を繋いだり、切断したりし続けている。



 おわり


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