第56話 大再会
怪獣に破壊され尽くしたからとはいえ、その跡地はかつてない熱に包まれていた。
濁泥城『ジーザエ工業地区』の特撃はなんと、三日間に亘って行われた。それは、ドラゴンの邪魔が入ったり、そもそもこの工場が数百ヘクタールにも及ぶ規模であったりということもあったが、ウトトには何か別の要因があるような気がしてならなかった。
おかげでこうして、ジゴーを探すのにも時間がかかっていた。なんといっても、工場を破壊するにあたって次々起きた火災の量や熱は恐ろしく、ついにそれは雨まで呼んで、周囲はしっちゃかめっちゃかだった。
泥は足を取る。熱は近付き難い。空気は汚染を含んだ上記すら含み、地表を毒の煙が流れていく。
ウトトは、ラジュードがいなくなってから一日空けて捜索せざるを得ず、果たしてジゴーが無事なのかもわからなかった。
雨は止んだが、まだ熱を帯びた火災跡が湯気や煙を上げている場所も少なくなく、まるでそれはこの地に根付いた工場という怪物の生への執着のようにも思えた。
否、ジゴー曰く、これが文明の生き汚さ、だろうか。
ウトトはそんなことを考えながら、なるべく顔全体を外套で覆って跡地を歩く。視界も悪く、もう死体も何もあったものではない。わずかな昆虫や小動物さえまだ見当たらない。
まさか、ジゴーが死んでいたり、捕らわれていたり、なんてことはないと思うが、それでもウトトの足は、自然と急いでいた。
普段の術を使うための杖もなく、即席のそれはは空気を退けたり、彼女の足代わりとなったりもしない。捜索は遅々として進まなかった。そも、怪獣が橋を落としたせいで、渡るのにも苦労したのだ。大風を呼ぶ術を何度も使い、それだけで集中力が切れ切れになっていた。
ふと、予知を使ってしまおうかという思いがウトトの脳裏を掠めた。それさえ使ってしまえば、簡単にジゴーを見つけられる。
——本当に自分が再会できるなら、だが。
瞬間、ウトトは首を振った。
——わたしは、幼いジゴーの死を見ている。
あの死は、ジゴーの初めての〈怪獣壊演〉によって打ち破られているが、それにしてもウトトの胸を搔き乱す。
まだ煙を上げたまま、熱を放つ瓦礫の上に乗り、周囲を見渡してみる。だが、分厚い霧のようになった湯気や煙が相変わらず視界を遮っている。
短い杖を振り、呪文を唱えて風を呼び、一瞬でも靄を晴らす。ジゴーが倒れた位置は、なんとなくわかる。それは最後に怪獣が見えた場所、そしてその破壊痕から推測できる。後少しのはず、なのだが、今回に限ってはずっとウトトは不安を感じていた。
「これは……」
工場跡地の最南端。怪獣という大災害から難を逃れ、まだ大地深くに根を張っている木々のある森に出た。
「見落とした?」
ウトトは困惑とともに振り返る。ジゴーは今まで、散々暴れた後は破壊された跡地のどこかで寝ていた。ここから先、南にいるわけがない。とすると、戻って探すしかない。
——本当にそうだろうか。
確かに今回は、一日空けてからの捜索となった。もしかしたら、すでに移動していて、少しでも空気のいい森の中に逃げ込んでいるかもしれない。
だが、その一方で、今回の汚染具合を鑑みると、果たして彼がそこまでの移動に耐えきれるかも不安だった。そもそも、余程のことがない限り、合流するために大きな移動をしないと決めている。
ウトトの視線は森と跡地の間を行き来する。こんなことしている暇があったら、とっととどちらかに決めて探しに行くのが最善なのはわかっているが、頭がどちらを是とするか決めかねている。もしも、魔族の生き残りが彼の体を勝手に回収したり、よしんば殺めていたりなどしていたら……
「ジゴー……」
思わずウトトの声から不安が漏れる。
「呼ばれてますよ、慕われてますね」「別にどうも思わない」
そんな彼女の言葉に応える声がする。はっとして声の方角を見ると、大きな瓦礫の上に、いつの間にか人がいた。
「ジゴー!」
ウトトは思わず声を上げ、短い杖を一振りして霧を晴らす。そこに、見慣れた少年がいた。
「ジゴー、そこで何をやって……」
ところが、喜ぶウトトの前に邪魔立てする影が立つ。ウトトの額に青筋が立った。
「まあまあ、落ち着いて。ウトト、これからは交渉の時間です」
そう言い放つは、一人の少女。
「お姫様、否、スラバドラ・マルカ・イヴァント。邪魔です。そこを退いてください」
ウトトの睨む先で、ジゴーに抱きかかえられた幼い少女、スラバドラ・マルカ・イヴァントは、優越感の中にっこりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます