第5話 箱庭の散策
気分転換に館の外に出て、箱庭内を歩いてみる事にした。気になった点をすぐ聞けるよう、アヴィーにも同行してもらう。
外は快晴だった。庭は丁寧に整えられており、植物が生き生きとしている。見える範囲には倉庫らしき建物の他にも、噴水や四阿や池などがあった。
箱庭は結界で覆われていると聞いたが、結界そのものは不可視のようで、目には見えなかった。結界は本邸となる石造りの館を中心に、円形に広がっているという。
(少し肌寒いか?)
気温を肌で感じる。私には少しだけ寒く思えるが、それも慣れれば問題ない程度。快適と言える範囲内だろう。
「そういえば、今は何月なんだ?」
「二月です」
(あちらと同じか。平行世界は時の流れも同じなのか?)
「それにしては寒くないな」
気温も景色も冬とは思えない。……いや、そもそもここが、地球でどの地域に当たるのかすら、まだ訊いていなかった。
「箱庭内は、気温や気候などを自由に調整できますので」
今感じている季節感は、箱庭限定のもののようだ。
「この箱庭がどこにあるのか、地図で見られるか?」
こちらが地球と同じ地形なのかどうか気になる。地理には詳しくないので、地図を見ても地名がわかるとは限らないが、概要程度なら判断できると思う。
「では後程、館にある箱庭の管理室にて、世界地図をお見せ致します」
あの館には、そんな部屋もあったのか。
「この庭は、誰かが世話をしているのか?」
庭園を歩きながらアヴィーに質問する。
誰かがきちんと世話をしなければ、これほど見事な庭は保てないだろう。先代には庭師役の眷属もいたのだろうか。
「いいえ。こちらはすべて神力で創られております。見た目は本物と変わりませんが、育ちもせず枯れもしません。常に同じ状態を保っている造花のようなものです」
「そうなのか……。本物とまるで見分けがつかないな」
瑞々しく香りまでする花や草木が造り物と言われ、驚いた。近くでよくよく観察してみても、やはり本物にしか見えない。
アヴィーが近くにある花を手折ってみせた。すると、茎だけが残った部分に、すぐにまったく同じ形と色合いの花が咲いた。そうして景色は瞬く間に、元と同じ状態へと完璧に戻った。
次いで、彼の手元に残った花が消えていく。ほんの少しの時間で、塵一つ残さずに。まるで初めから、何もなかったかのようだ。
超常現象を目の当たりにして、私は息を詰めた。ここが異世界だと、改めて思い知らされた気分だ。
「これらは神力によって創造されたもので、実体のない力を具現化し、素材と形を真似ているだけです。ですので、力が途絶えると霧散します。ただ、他の神の箱庭では、趣味や仕事で必要な植物や動物を育てている事もあります」
どうやら、箱庭内の植物が本物か造り物かは、箱庭の主の嗜好によるようだ。
「ちなみに、我々が今着ている衣服も、この花と同じ仕様ですな」
聞き逃せない発言がアヴィーから告げられ、私は硬直した。
「え。もし力が尽きたら、この服も消えるのか? それは駄目だろう」
隣を振り返って詰め寄る。
自分が着ているものが急に頼りなく思えてきた。花と同じように消えてかねないと思うと、どうにも落ち着かなくなる。
対してアヴィーは、何をそんなに焦っているのか理解出来ないと言いたげに首を傾げた。
「汚れても自動で浄化されますし、洗濯も着替えも必要なく、便利なのです。そもそも神は完全に力尽きた場合、一度本体ごと消滅して、その後に本拠地で再生されますので、服だけがなくなるという事態は想定されておりません」
服が汚れてもすぐ綺麗にできるなら、それは確かに魅力的だろう。けれど、消える可能性のある服を着て過ごすのは嫌なのだ。
「普通の服は用意出来ないか?」
「……既製品ならば、本日中に取り揃えられます」
「早急に揃えてくれ」
アヴィーからは変わり者を見るような目で見られたが、私は自分の主張を曲げなかった。
「普段は建物ごとに設置されている転移魔法陣で移動するので、こうして徒歩で移動する事はありません」
「移動用の魔法陣があるのか」
ファンタジー要素がある分、地球の科学より便利な部分も多いんだな。
それでも一応、建物と建物を繋ぐ遊歩道はきちんと設置してあった。白い細かい石で作られた石畳の道だ。
本館の近くには、頑丈そうな倉庫がいくつも立ち並んでいた。
「これらの倉庫に、先代の遺産が詰まっているのか」
箱庭内の建物は、石造りの倉庫の数々が特に多かった。敷地が広くすべては見れなかったが、1000年分以上の資産が保存されていると言うだけあって、凄い数の倉庫が連なっているらしい。そしてその他にも、塔や別荘が存在するそうだ。
「塔は魔道具、魔法薬、錬金術などを作成する作業場でしたので、その為の道具類が残されております。それと別荘にも、高価な品が多数残されております」
「そちらにも貴重品があるのか。知識のない状態では、下手に触れないな」
「不要なものは撤去した方が、土地を自由に使えるのですが……、まとめて取り壊すと高価なものまで巻き添えにしかねないので、先に必要なものを取り分けてからの方が良いでしょうな。新居は今は何もない場所に建てるか、箱庭を拡張するかした方が良いかと」
「そういえば、空間庫とか空間収納みたいな能力はないのか?」
ふと思いついて訊いてみる。異次元への収納は、ファンタジー創作物の定番だ。あると大変便利なのだが。
「ございます。ですが、空間収納したまま本人が死去すると、持ち物もそのまま消滅してしまいますので」
「ああ、先代は遺産として残す為に、あえて倉庫に仕舞ってくれたのか」
先代の気遣いに気づいて感謝を捧げる。受け継ぐ遺産が潤沢なのは有難い。そのせいで建物の撤去が難しいくらい、喜んで受け入れよう。
「こちらが管理室となります。箱庭の調整や眷属の創造、強化……、他にも依頼の受注など、一通りの事はこの部屋の設備で行えます」
箱庭の散策を終えて、本館に戻ってきた。今いるのは、館の地下にある箱庭管理室だ。
大きなモニター画面がいくつもあって、パソコンのキーボードと似たものも設置してある、機械的な部屋だった。部屋の中央には立派な台座に巨大な水晶玉のようなものも鎮座しており、その水晶玉は仄かに発光している。
「アルトリウスの箱庭のある場所はこちらになります」
アヴィーがキーボードを操作すると、中央のモニターにパッと世界地図が表示された。表示された地図には、一か所にだけバツ印が付いている。
世界地図は多分、ほぼ地球のものと一致していると思う。詳細な地図は覚えていないが、大体同じように見える。
(中央アジアあたり、か?)
印が付いている場所は記憶が確かなら、多分ここは地理的には中央アジアだ。カザフスタンとかウズベキスタンとかがある辺り。
とはいえ私は元の世界では海外に行った経験がないし、この辺りの国々の知識もない。国の名前だけは辛うじて出てきても、気候も文化も歴史も、何も知らない状態だ。
「この地域に暮らす人々とアルトリウスは、何らかの関りはあるのか?」
「いいえ、特にありません。神々の箱庭には、許可した者以外は立ち入れませんので」
(箱庭と外界が結界で隔てられていて人との関りがないのなら、地理的にどこの国でも、今のところは関係ないか)
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