第15話





体育祭が終わったのはいいが、身体が筋肉痛に蝕まれて動けなくなっていた。休みだからとご飯以外の時間はベッドで横になってゆったりと過ごしているとお昼になりかかった時刻にスマホが震えて着信を知らせた。

画面に表示された名前はここ最近馴染み深くなり、着信履歴も埋めるようになった奴で迷うことなく緑を押した。



「燈?」


『ん。今からそっち行ってもいい?』


「いいけど。今日、俺動けないよ」


『いい。じゃ、今から行くから』


「おー。……お菓子……あったっけ?」



起きあがろうとするも身体に走る痛みにあえなく撃沈して柔らかな枕に突っ伏した。

若い身体である筈なのに自身の回復力の無さに老いを感じて悲しくなる。



「人はこうして老いていくのか……」


「……何言ってんの?」


「あ、燈。早かったな」


「そりゃあな。電話かけた時点で俺、一輝の家の近くだったし」



いつの間にか来ていた燈に独り言を聞かれたが、そんなこと一度や二度の話ではないから今更恥ずかしさは感じないと涼しげな顔して取り繕うも、燈に耳の赤さを指摘された。

それを言われると俺に勝ち目はないなと思いながら、今更赤くなった耳を見られないように手で隠してガードした。



「おっそいぞ」


「それはそう。……てか、その袋は?」


「んあ、これ?」



部屋に来た時から手に持っていた白いビニール袋が気になって聞くと、燈がドヤ顔をし始めた。



「なんでドヤってんの?」


「え?ドヤってる?」


「めっちゃ得意げな顔してる」


「それはまぁ、ね。ほら」



そう言って袋から出したのは、俺が好きなジュースだった。それから、次々と俺の好きなお菓子や燈の好きなチョコを出して机に並べていった。



「すっごいいっぱい……」


「語彙無くなってんじゃん。一輝、動けないだろうと思って持ってきた」


「燈の家から?」


「いや、ここ来る前に買ってきた」


「神じゃん」


「だろ?讃えろ」



どんな顔をして言っているのか見たくて、うつ伏せからどうにか燈のいる方を見るために横向きに体勢を変えた。



「ふっ、お前も照れてんじゃん」


「うっせ!見んな!金とんぞ!」


「いいよ。とっても」


「は?」


「リアルな話さ、お金払うよ」


「いや、いらない。金は、いらないから」


「え?」


「そのかわり、その、どう?」


「どう、とは?」


「だから!い、らないとか、嬉しい、とか」


「それは勿論、嬉しいよ。ありがと。でも、俺言ったっけ?このお菓子が好きって……」


「……アイから」


「聞いたの?」


「ん」


「……いつの間に、仲良く!?」


「体育祭から?」



接点のなさそうな二人が自分の知らないところで仲良くなっている現状になんでか面白くないなと思ってしまった。どうしてそう思うのかわからずに、考えてみても理由はわからないままだった。だって、あの燈が自分から人脈を広めているなんて明日は赤飯炊かなければならないくらい凄くてめでたいことなのに。



「一輝?」


「ん?」


「お前、聞いてなかったろ?ゲームやろうぜ」


「この状態で出来るゲームは限られてるけど……それでもいいの?」


「えー、気合いでどうにかして?」


「いや、無理だが?」


「頑張れ!」



ゲーム機を手渡されて電源をつけた。

俺のゲーム機が何処に置いてあるのかすら、教えなくてももう把握している燈にどれだけこの部屋に遊びに来ているのかを示していて、高校入学前の俺は想像すらしてなかった未来に謎の感動を覚えた。あの人見知りの燈とここまで仲良くなるなんて中学生の俺に話せたら全く信じないと断言出来るくらい目の前の俺の部屋(部屋どころか家や家族にも)に馴染む燈は昔を知っていると異常な光景だった。



「一狩り行く?」


「んー……あー、いいねー」


「うなーん」


「姫来た」



扉をカリカリと引っ掻く音が聞こえると燈は素早く立ち上がり扉に近づいた。



「姫、扉開けるぞ」


「なん」



燈は扉を開ける前に優しく声をかけた。

賢い姫は返事をして扉の前から離れたのか扉を引っ掻く音が聞こえなくなる。

それを確認した燈はそっと扉を開けていった。姫が入れるくらいの隙間を開けて待っていると、スルリと音も無く姫が部屋に入ってきた。

そして、甘えるみたいに燈の脚に擦り寄り、ゴロゴロと喉を鳴らして燈を見上げた。



「姫」


「うなー」


「……すっかり懐いたな」


「ん。最初のあの避け具合からは想像出来ないくらい懐かれて……おやつのお陰だな。ふふ、よーしよしよし」



見た時ないくらい顔を緩ませてはしゃがみ込んで姫を撫でくり回し、撫でられてる姫も気持ちよさそうに目を細めて大人しく受け入れている。その姿に改めて俺の家に馴染んできていることを実感する。……いや、コイツ馴染みすぎでは?

あの酷い人見知り猫だった姫を数ヶ月でここまで懐かせるとは、燈の撫で方が良かったのか燈が持ってきたご飯が美味かったのか。

真相は姫だけが知ってる。



「一輝?寝た?」


「いや、起きてる」


「そ、なら、良かった」



いつの間にか膝に姫を乗せた燈がベッド近くに来て座っていた。

燈が移動していたことに気づかないほど考え込んでいたことに申し訳なさを感じ、意識を手元のゲーム機に向ける。



「結局、モンスターでいい?」



そう聞いたところで燈のスマホが『ティントン』と特徴的な音を鳴らして短く震えた。

誰かからメッセージが来たのだろうなと思っていると、燈はため息を吐いた。スマホをチラッと確認するだけで返信も既読もせずにゲームを起動していて、それだけで何となく誰からメッセージが来たのか察してしまった。

シマやミハルから来たならため息なんて吐く訳ない。

なら、一人しかいない。



「……由良?」


「え?」


「メッセージの送り主」


「……あー……うん……朝から、来てて……」


「そっか」


「暇じゃないって断ったんだけど」


「俺と遊ぶって伝えた?」


「伝えてない」


「……伝えたら?」


「へ?なんで?」


「俺を断る理由に使うんじゃなかったの?」


「そう、だけど……諦めてくれっかな?」


「……諦めるよ」



絶対嫉妬するだろの言葉は言えなかった。

由良を好きでいるのをやめたい燈にそんな期待させるようなことを言うのは酷だろうと思ったのが一番の理由だけど、それ以上に俺自身が教えたくなかった。

どうしてなのか深く考えようとした時に燈が心配そうな顔をして俺を見ていた。



「……一輝?やっぱしんどい?」


「いや、全然」


「その割には全く動かないじゃん」


「ゲームやる分には問題なし」


「そう?しんどいなら言えよ」


「言う言う」



ゲームを始めると同時に俺への甲斐甲斐しいお世話がスタートした。ジュースを近くに持ってきてくれるわ、お菓子を口に運んでくれるわで気分は王様だが、いつもと逆転した関係にそわそわとした落ち着かない感覚に襲われて、中々ゲームに集中出来ない。

途中でトイレに行きたくなり起きあがろうとしたら、燈が手を貸してくれてトイレまで連れて行ってくれた。トイレのドアが閉まると同時にそこでハッと気づいた。



「介護?」


「?なんか言ったかー?」


「いや、なんでも……」



落ち着かないのは年寄りみたいに甲斐甲斐しく世話をされているのが、恥ずかしくて嫌なんだと決めつけて考えるのをやめた。

俺のトイレが終わるまで扉近くで律儀に待っている燈に羞恥が天元突破しながら用を足すなんて経験はこれっきりにしたいものだ。

世話を焼かれる度に流石に大丈夫だと言おうと口を開くも真剣な顔して事あるごとに俺の身を案じる燈の姿を見ると何も言えずに口を閉じるしかなかった。

本当はそこまでしてもらわなくても大丈夫なのだが、甲斐甲斐しい燈の姿に悪い気はしないので徐々に一日くらいおんぶに抱っこ状態で過ごしてもいいか、などと思い始めた。

それに、燈の善意の世話を受けるごとに罪悪感と羞恥心で死にそうになる以上に、胸の中が何かで満たされていくのを感じた。でも、それが何なのかわからずにモヤモヤとしたまま一日を過ごした。



「あと少しでテストじゃん」


「あぁ、そういえばそうだな」


「また勉強教えて」


「いいけど。平均点以上を目指せよ」


「えー、やだぁ」


「甘ったれた声出すな。そんなんしても許されないから」


「じゃ、善処します」


「それ、やらないヤツ。……前もこのくだりやらなかったか?」


「そうだっけ?忘れた」



テストが始まるということは、テスト勉強会があるということ。

5人の友達の先生にならなければならないことを思い出して少しげんなりするも、一ついいことを思いついた。



「ヒムラ、って頭いいのかな」


「ヒムラ……、シマとミハルの同中の人?」


「そうそう。頭良かったらシマとミハルの先生になってくれないかな……。お、飛ぶな、目潰す」


「ナイス。あー、どうだろ。あ、そっか、そうだよな。一輝はアイと結城にも教えてるんだっけ?」


「ん。だから、誰かもう一人先生役が欲しいなって」


「後でシマ達に聞いてみようぜ。あ、女王移動した」


「これ、一番高いとこ行くんじゃない?」


「登んのメンド」


「二人共!ご飯出来たよ!」


「はーい」


「今、行く」



今日、何度目かの燈から差し出された手を握りベッドから起き上がる。

階段まで燈の手を借りて一段一段ゆっくりと降りていく。俺のペースに合わせたその歩幅と隣にぴったりと寄り添う体温に急がなくてもいいのだと安堵しながら歩く。ちょっと前まではこうして誰かと触れ合っているのもあまり好きじゃなかった筈なのに、今はそれほど嫌ではなくて、不思議でならない。昔の嫌な経験を上塗りするみたいな燈との触れ合いは、もどかしく感じるも優しく心地よいものだった。……まぁ、別に今の燈は俺に触れたくて触れている訳でもないのだが、勝手に安心感を感じている自分に流石にキモいなと一人反省した。



「燈くん、ありがとね。一輝の面倒見てくれて」


「……やりたくてやってるので」


「ふふ、ホントいい子やね。あ、今日は泊まってく?」


「今日は……帰ろうかなと」

「え?泊まってかないの?」


「え?泊まっていっていいの?」


「一輝も泊まって欲しそうだけど、……駄目、かな?」


「いや!駄目って訳ではないんすよ?ただ迷惑かなって」


「一ミリも思ってないから遠慮せずに止まれよ」


「そうだよ!あ、でも、親御さんに許可は取れそう?」


「それは多分、大丈夫っす」



燈が泊まることが決まると父さんは本当に嬉しそうな顔をしていた。

……父さん、俺以上に喜んでないか?

その事が面白くなくて父さんをジロリと睨む。すると、俺の鋭い視線に気づいた父さんは何故か親指をグッと立ててウインクしてきた。



「は?」


「一輝、肉は疲労回復にいいからいっぱい食え。俺の分もやる」


「え!?ありがと?燈……?」



そう言って燈は自分の分の肉を俺の皿に置いた。甘味の次に肉が好物な燈がそんなことをするなんて明日は雪だと失礼なことを考えながら有り難く頂いた。余談だが、食事前にも一悶着あった。筋肉痛が辛いだろうと心配しいな燈から「俺が食べさせてやる」との提案をされたのだが、秒で却下した。親の前であーんとか愧死(きし)まっしぐらだ。

朝よりもマシになった筋肉痛に感謝しながらご飯を食べ終えたのだが、この後にも燈の心配症で苦労することになるとは思ってなかった。まさか、風呂に一緒に入ろうなんて言われて断るのを心底苦労した挙句、妥協して俺が風呂から出てくるまで風呂場前で待機されることになるとは、呑気に食後のデザートのアイスを食べている俺は知る由もなかった。



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