第14話 ②





「一輝ッ!!約束しただろッ!!」



沢山の声援が飛び交う体育館の中ではっきりと聞こえた燈の声に空っぽだった筈の身体から力が湧いてくる。

昨日までは羞恥心を捨てられないのか一ミリも声を出す気配すらなかったのに、今日はそういう気分だったのか応援してくれた。でも、今はその気まぐれに感謝しなければならない。さっきまでは昨日一昨日の疲労が襲いかかり、身体を重く蝕んでいた筈なのにたった一人の応援でこんなにも簡単に消えるとは我ながら自分はこんなに単純な人間だったのだと初めて知った。



「……燈くんが……珍しく応援してる、んですから……頑張ってよ……」


「委員長、無理に喋らない方が。……忘れてた、燈達に見られてるの」


「……見られてるの、わかったら、頑張れるの?」


「ん。すっごい力出てきた」


「それは、よかった。なら、早くあのゴリラを、どうにか止めて……」


「わかった。マーク交代する」


「頼んだ……」


「お!やっぱ、一輝になったか!」


「なっちゃった」


「じゃ、お前のマークは俺だけでいいか」



嬉しそうな顔した結城はそう言うと俺についていたマークに別の人につけと言った。彼は文句も言わずに言われた通りにしていた。どうやら、躾は完璧らしい。

ゴリラこと結城は俺との一対一をお望みのようで俺としてもそれは有難いものだった。



「これでフェアだな」


「俺としてはもう一人いても良かったけど」



わかりきった強がりを言うと、途端に不機嫌になり俺を睨みつけた。

何か気に触ることを言っただろうかと思い返すも、心当たりもなくて黙り込む。



「俺が嫌なんだよ。一輝との勝負、邪魔をされたくない」


「そうか」



戦いの邪魔をされたくないのだなと解釈して一人納得して結城と向き合う。さっきからゴリラゴリラと言われてはいるが、結城は細く長い。高校に来てまだ数ヶ月しか経っていないのに、中学の頃よりもデカくなった気もする。

嫌に威圧感を放つ結城に俺は尻尾丸めて怯えるどころか楽しくて笑えてきてしまった。



「!笑ってんね!」


「楽しいから」


「だろ?だったら、バスケ部に……」


「本気の勝ち負けのない試合だから楽しい。あと褒美があるし」


「……ひよってんね、お前」


「そうかも」



その会話をした直後に結城にボールがパスされた。俺との睨み合いの中でドリブルをしてはこの後どう動くのか考えているようだ。

右から抜くのか、左から抜くのか。

はたまた、誰かにパスをするのか。

いや、それはない。

結城ならこのタイミングで誰かにパスをしない。なら、俺を抜いてそのままゴールを狙うか、ここからゴールを狙う可能性も捨てきれない。いや、それもないな。真っ向勝負の好きな結城はそれをしない。こういう駆け引きも楽しむタイプだから。結城はさんざん迷った後は右から行きがちだ。今回も右だと思って一瞬身体を傾けたが、すぐに違うと気づき逆側に進行方向を変えた。

結城はスポーツ、特にバスケに関することでは頭が回る。昔に俺が指摘したことがあるから覚えているだろう。ならば、左から抜こうとする筈だ。



「!!な!」


「あざす」



見事結城の思考を読むことに成功して、ボールを奪った。今はとにかく点が欲しいとスリーポイントシュートが得意でいい位置にいる奴にパスをしようと見回すとちょうど由良がスリーポイントの点が入る位置にいて、尚且つマークが何故か外れていた。由良についていたマークはさっきまで俺をマークしていた奴で俺がボールを持ったら急いでこっちに向かってきていた。

それに気づいてシメシメと思うも、もう少し俺に引きつけようとゴールに向かうフリでドリブルをしてゴールに近づいていき、俺の目の前に二人が立ちはだかった時に由良がいた方向にボールを投げた。いなかったらどうしようかと一瞬思ったが、投げたボールはちゃんと由良の手に渡り、涼しい顔してスリーポイントシュートを決めやがった。俺がそうしてほしかったが、こうもいとも簡単に決められるとなんか腹が立つ。俺はスリーポイントシュートを決めるのが苦手で五本中二本くらいしか決められないというのに。

顔も良くてバスケも上手いとか何なのだと醜い嫉妬をしていると、奴はわざわざここまで来てハイタッチして持ち場に帰っていった。そのさわやかさにより色んな意味で敗北した気がして少し凹んだ。



「ナイスー!」


「一輝ナイス!!」


「いいね、やっぱ」


「何が?」


「一輝とのバスケはやっぱおもしれー。未来予知されてるみたいで、楽しい」


「……点を奪われて喜ぶなよ、変態」


「大丈夫。俺、すぐに取り返せるから」


「……腹立つ」


「ファイト!!」




余裕そうに笑った結城に腹が立ち、素直に口に出すと笑みを深めた。その顔にイラついて殴りかかるも簡単に避けられて、余計にイライラが募るだけに終わった。バスケにこのイライラを込めてやり返してやると意気込んで、試合の再開を待った。その時にまた燈達の応援が聞こえてきて、手を上げて聞こえているとアピールするとふざけたシマとミハルが甲高い裏声を上げた。その声に噴き出しそうになるがギリギリで耐えた。

結城のチームからのスローインで始まるが、やはり結城にパスをしようとしている。

すんなりパスを通させるかと手を広げてプレッシャーをかけて邪魔をしていると結城が話しかけてきた。



「俺から目離すなよ」


「ん?当たり前のことを……」


「そういう意味じゃないんだけど……」


「は?意味わからん」



俺は間違ったことを言ってない筈なのに、噛み合わない会話に混乱していると予想通り結城にパスが投げられた。ボールを取ろうと手を伸ばすも一歩遅く、結城に取られてしまった。けど、まだここで終わりではないと食らいつき、だけど、冷静に結城をまた観察する。さっきみたいに止めればいい。結城とジッと睨み合い、動くのを待った。



「……俺達、長い付き合いだよな」


「あ?あぁ」



今、話しかけられるとは思ってなくて、戸惑いながら返事をすると結城は右脚を踏み出した。俺の左から抜くつもりだと、重心をそっちに動かした途端、結城はドリブルで素早く切り返してボールを持ち替えると一瞬で俺の右から抜き去っていった。急いで結城の背を追いかけるも、疲れを感じさせない素早い動きとドリブルでディフェンスを抜いていき、ダンクシュートを決めてしまった。結城を止めるという仕事を全う出来ずに項垂れていたら、委員長達に肩をポンと軽く叩かれ励まされた。

その優しさが逆に罪悪感を増幅させた。

でも、今はまだ試合中だとすぐに気持ちを切り替えて顔を上げた。クラスメイトと燈達の声でまた気を取り直した。

そうだ。まだ試合は終わってない。試合終了を告げるホイッスルが鳴るまでは諦めては駄目だ。

そう自分に言い聞かせながらポジションに戻ると勝ち誇った顔した結城が待ち構えていた。



「一輝が俺をわかるように俺も一輝のことならわかるとは思わんかった?」


「ソウデスネ」


「いやー最ッ高にヒリつくね!」


「……お前は、本当、楽しそうだな」


「実際、めっちゃ楽しいからな!こんなん楽しんだもん勝ちだろ!」


「なんか、普通の大会よりもイキイキしてない?」


「してるかも!はー、めっちゃ楽し!」



楽しすぎて目がだいぶヤバい感じになっている結城と物凄く関わりたくないが、それが出来ない状況だし、それにどうせあと少しで試合が終わってしまうからと気を引き締める。



「あんな離れてたのに……あっという間に同点になって追い越された……お前、バケモン?」


「一輝がヘボなんだよ。ちな、俺はまだ点取るつもりだから」


「……俺も、ホイッスル鳴るまではまだ諦めてない」


「いいねー。やっぱ、一輝さ、今からでも遅くねーよ。バスケ部来いって」


「それは、遠慮する……。バスケはこれっきり、やらない」



額から流れる汗を拭いながらも視線はボールを持つクラスメイトを見つめる。体育館にいる人達の視線を一心に受けるクラスメイトは由良へとパスをした。その瞬間に俺は相手ゴールに向かい走り出した。

結城も俺の横についてくるのを気配で察した。けど、今はそれ以上に気にすべきことがある。



(時間……時間は……)



走りながら横目でコートの端に置かれた時計を確認した。



(!残り20秒!?試合に集中しててこんなに時間が経ってるとは……)



結城をまともに相手にしていたら、試合が終了して負けてしまう。さらに、絶望的なのは俺が得意なダンクシュートの点では結城のクラスには追いつかない。逆転する為にはスリーポイントを決めなければ俺達には勝ち目がない。

だが、希望がない訳ではない。

何故なら、今ボールを持っているのはスリーポイントシュートが得意な由良だからだ。

アイツなら確実に決めてくれる。

そう思った時に、ちょうど由良がシュート体勢に入った。

誰もが由良がシュートを決めると思った。

俺も思っていた。

なのに、何故か俺の目の前にボールがきていた。



「え」



反射的に受け取って一瞬だけ思考する。

なんでよりもどうしようかと考える。

周りの様子をチラリと見ると全員が由良の予想外の行動に驚いていた。あの結城までもがだ。このまま、ダンクシュートの為にゴール下に行くよりも結城が驚いている間にここからシュートを打つ方が勝機があるのでないか。そもそも俺がいるこの場所はちょうどスリーポイントになる場所だ。だったら、これはむしろチャンスではと気づいた瞬間に今度は俺がシュート体勢に入りすぐにボールを打った。



「入れッ!!」



燈の声と俺の気持ちが共鳴したからか、リングにあたりながらもシュートが決まった。

その瞬間に試合終了を知らせるホイッスルが鳴り響いた。



「ブザービート……」


「はぁ……はぁ……なに……それ……」



呆然と呟く結城に問うも答えを聞く前に俺は委員長達に囲まれていた。



「及川くん!君って奴はッ……!!」


「ギリギリ間に合って良かった」


「及川、お前……。まぁ、知らないならいいや」


「なんだ、由良?その馬鹿にしたような顔は?」


「及川くん、あれブザービートって言ってね……」


「一輝!!」


「燈……、委員長、悪い」


「及川くん!?」



委員長が何か説明をしてくれそうだったが、ちょうどその時に燈達がコート脇に来ていた。委員長には申し訳ないが燈に呼ばれた瞬間に興味が失せてしまい、燈達の元へと向かった。



「一輝、おつか……」


「ふー……」


「一輝!?」



燈の近くに来たら気が抜けて正面から燈に寄りかかった。燈の肩に額を押しつけて呼吸を整えていた。俺の汗でクラスTシャツを汚してしまうのが申し訳ないと思いながらも、すぐには動けそうになくて暫くその状態で休んでいると頭にタオルをかけられて優しい力加減で拭かれた。



「燈、ごめん……、すぐ、離れる……」


「……」


「燈?」


「燈、燈ー!戻っといでー!」



名前を呼んでも反応してくれなくて困っていると燈の背後にいるミハルも名前を呼んでおかしなことを言っていた。戻ってこいとはどういう意味かわからずに顔を上げようとするも燈と思われる手があって上げられなかった。



「コイツッ……、立ったまま、死、死んでるッ……!?」


「……生きてるわ」


「燈、良かった。起きてた」



シマがふざけたことを言うと速攻ツッコミをいれた燈に安堵とともにもやもやとした何かを感じながらまた名前を呼んだ。



「一輝、だ、大丈夫?」


「?あぁ、もう大丈夫」


「なら、よかった……」



ちっとも良かったと思ってなさそうな声でそう言って俺の頭の上にあった手は退けられた。顔を上げて燈の顔を見ると、ちょっと不貞腐れてるような不機嫌そうな顔をしていた。



「燈?」


「え?」


「悪い。汗で汚しちゃって」


「え!!全然、汚くないが!?」


「クソでかボイス何!?」


「シマもデカいけど!」


「ふは。あー……終わった」


「ん?あー、バスケ?」


「ん」


「そうだよ!!優勝おめでとう!」


「いや、それ言うなら俺達のクラスが優勝おめでとうな」


「一輝達のお陰だよ!!俺ら何にもしてない!ガチで!」


「いや、本当に応援有難かった。あれがあったから頑張れた」


「だってよ!燈!」


「へ、あ、うん?」



何故か呆けている燈を見つめて気づいた。

とんでもない近距離で燈と話していたことに。

慌てて数歩後ろに下がった。



「悪い」


「んふ、今日の一輝謝ってばっか」



どうしてなのかおかしそうに笑った燈の顔から目が離せなくなった。笑うと幼く見えるなとこの状況と全く関係ないことを考えているとどこからか咳払いが聞こえた。



「んンッ!!二人共、とりあえず教室戻ろっか」


「そうそう!休も!」


「あぁ、そうだな」


「腹減った……」


「燈が腹減ってる……だと……」


「な、なんだよ!」


「応援頑張ってたもんね!」



俺達のクラスはバスケだけだが、優勝することが出来た。

燈達に言った言葉に嘘はない。

コートに立って試合した俺達と応援してくれた燈達、クラスメイトの力が合わさったからなし得たことだ。

優勝に浮かれている俺はすっかり忘れていた。そもそも、俺がここまで頑張った理由がなんだったのか。そして、クラス全員で勝ち取った優勝だと喜んでいる俺達の知らぬところで項垂れている担任がいることを。













おまけ





「由良、なんで最後俺にパスした?お前が決めろよ得意だろ?スリーポイント」


「ギリギリまで打とうとしたけど、ちょっとバランス崩してさ」


「……」


「ホントだよ?」


「何も言ってないけど」


「目が言ってる。嘘つけって」


「バスケ部じゃない俺がなんであんな重荷を……」


「まぁまぁ。決まったんだからいいでしょ」


「(コイツ、絶対シュート決めれたのに……わざと俺にパスしたな。責任逃れの臆病者……)俺が外したらどう責任取ってくれたの?」


「……。んー……秘密!」


「……」


「じゃ、リナに呼ばれたから」


「二重の意味で逃げやがった。……燈はアイツの何処がいいんだ?」


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