第40話 何かの予感

「帰りたいよね」

 誰かがぼそっと言う。


 その言葉は、多分誰もが思っている言葉。

 櫛の歯が欠けるように、クラスメート達は死んでいった。

 この世界では、生きるのに必死だし、いつしか絶望の中に押しとどめた言葉。


 だけど酔って、本音が出た様だ。


「えー帰るの? まだ魔人国を見ていないよ」

 八重からそんな台詞が聞こえると、ザワザワと言い始める。


「ざわざわ?」

「ざわざわ……」

「ざわ、ざわざわ」

 話しをしていた、武神が立ち上がる。


「魔人国は魔法が得意らしいし、帰れる方法も見つかるかも知れない。行こうぜ皆」

「おー」

 そして、表情が少し明るくなって、またざわざわ。


 焦ったのは、巫女。

 さっきまで、ここには神木があるのみ、他には何もないと散々言っていたのに、俺達が、魔人国に行くと言い出すと途端に焦り始める。


「そう言わずに、もっとゆっくりしていけばいい。泊まるところもあるし。ほらわしら美男美女だろ。昔迷い込んだ商人が言っておった」


 確かにそうだ。

 美形ではあるが、少し作り物のように感じる。


 全員クローンじゃないかと思うくらい顔が一緒だし、精霊種の特性なのか?


 まあ数日は、此処に逗留するらしく話しが落ち着いた。


 そして此処の集落、非常にオープンでドアがないんだよね。

 一応危険防止のために木の上に橋を架けて暮らしている。

 一見すると鶏小屋だな。


 夜中に寝ぼけない限り安全そうだが、寝ているとちょろちょろと男どもが通る。

 まあ俺の部屋は、女の子比率が高いから気になるのだろうが、いい加減鬱陶しい。

 出入り口に、大楯を並べる。


「明日ドアを作るか」

「そうね、落ち着けないわ」

 

 そんな夜。

 皆を寝かしつけ、俺は大枝の上でソーマを飲んでいた。

 そこにやって来たのは委員長。


「こんな時間に…… 眠れないのか?」

「うん。そう思ったら、そのお酒がすごく匂ってきたの」

「いるのか?」

「うーー。うん」

 そういうので杯を渡す。


「皆は、一応帰りたいみたいだけれど、こんなに姿形が変わっちゃって、帰っても驚かれるよね。それに学校どうなるんだろう?」

「学校は通わないといけないだろう」

「もう退学になったんじゃないの?」

「いや、時間は進んでいない」

 ぽろっと言って、あわてて口を押さえる。


 ちらっと、委員長を見る。

 睨んでいた……


「どどどど……」

 一口酒を飲んで、もう一度やり直し。

「どういう事?」

 キスでもされそうな勢いで、顔が目の前。

 胸ぐらを掴んでブンブンされる。


「ああいや、くるときに神様に会っただろ」

 そう言うと、嫌そうな顔になる。

「あのバニー姿のお姉さんたち? 神様だったの?」

「実はそうなんだ。それでちょっと仲良くなって聞いたんだよ」


 そう言うと、もっと顔が近寄る。

 ついちゅっとしてしまう。


 すると、ガバッと離れた。

「なななな、なにゅをしゅりゅ」

「いや、普通顔が寄ってきたらするだろう」

「しないわよ」

 そう言って睨まれた。


 顔が赤いのは、酒の所為だろう。

「その…… 帰る方法とか聞いていないの?」

 なんか杯を、手でもて遊んでいるから注いでやる。


「違うけど…… まあいいわ」

「聞いたよ」

 そう言ってから、おもむろに酒を飲む。


「そう…… …… えっ? えっ? えっ? 聞いた? それならどうして皆に言わないの?」

「うーん。言ってもなあ…… 」

 俺は押し黙る。


 まあ良いか。委員長だし。

 なんとなくそんなノリで、言うことを決める。


「死ねばいい」

 軽くそんな言葉を吐く。


「えっ?」

「この世界で死ねば帰れる。それだけだ。だから言っても言わなくても皆帰れる。体は丈夫そうだけれど、寿命はありそうだしな」

 そう伝えると、ガーンという顔になった。


「じゃあ皆は、死んだ皆は、帰ったんだ……」

「そうだな」


 そう言うと、なんだか嬉しそうな顔で、ソーマをちびちびと飲む委員長。

「そうなんだ…… ねっ、こっちで死んだ人は?」

「そりゃこちらの、輪廻のサイクルに戻るだろう」

「それって、またどこかで生まれているっていう事よね」

「そうだね」

 そう言うとなんか、ほっとした顔をする委員長。


「よし。ごちそうさま」

 そう言って勢いよく立ち上がり、ふらついて落ちそうになる。

「助けて」

 そう言うので手を伸ばす。


 そのまま、俺の手をつたい、抱きついてくる。


「死ぬかと思ったぁ」

「さっき話を聞いたから、死ぬ気かと思ったのに、違ったんだ」

「違うわよ。だけど、それならそれで、もう少し頑張る」

 そう言って、今度こそ部屋へと帰っていく。


 武神のいる部屋へ。


 委員長がいなくなると、やってきたのは巫女さんだ。

 ずっと、盗み聞きをしていた。


 そう、上の枝にいたのは知ってる。


 ロープが下がり、降りてくる。

「その…… 奇遇じゃな……」

「そうなのか?」

 そう言って、彼女の顔をじっと見る。


 頬がぽっとなって、口がうにゅっと伸びてくる。

 黙って徳利の口を突っ込み、底を回転させる。


 徳利の中では、酒が回転して、彼女の腹の中へと落ちていっただろう。

「ひどい。私の何が気に入らないの?」

 キラキラしながら、見つめてくる。

 なんだろう? そうまじまじと聞かれても分からない。

 ただ、こいつが鬱陶しいということだけは分かる。


 巫女として崇められていた特別な存在。

 うーん。

「よくわからんが、だめだな」

 そう言うと、彼女はよよよという感じで、悲しそうな顔をするが、何かをする気配は、ビンビンに感じる。


 周囲に、張り詰めた緊張が漂う。

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