助けた旅人が隣国の第三皇子!? 運命的な出会いからの即日プロポーズ! 婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる! 完結

まほりろ

第1話「リリアナ、婚約破棄される」


「リリアナ・フロスト伯爵令嬢!

 本日を持ってお前との婚約を破棄する!」


王族主催の夜会で、第二王子のアルバート殿下が突如そう宣言しました。


夜会に集まっていた人々の視線は当然殿下と私に集中することに。


夜会に招待された貴族が興味津々という顔で、こちらを見ています。


これは当分、醜聞を覚悟しなくてはいけませんね。


王族主催の夜会なのに、陛下は不在、殿下の婚約者である私の両親には招待状が送られてこなかったので嫌な予感がしていました。


私とアルバート殿下の年齢はともに十八歳。


来年には私とアルバート殿下の結婚式が執り行われる予定でした。


結婚後殿下は公爵位を賜り、私は公爵夫人となり、歩く悪霊ホイホイの殿下の側で悠々自適な実験付けの毎日が送れると思っていたのですが……そうもいかないようです。


「アルバート殿下、どういうことですか?

 私との婚約を破棄するとおっしゃるなら、理由を聞かせてください」


殿下と私の婚約は、亡き前王と私の祖父が決めたものです。


殿下のような被験者(悪霊召集体質の人間)は滅多にいません。


楽しい実験ライフの為にも、簡単に婚約破棄などするものですか!


「俺はお前みたいに僻地にこもって、怪しげな実験を繰り返している、根暗な女と結婚するのは嫌なんだよ!」


アルバート殿下は赤い目を釣り上げ、私を睨みつけました。


「酷いです!

 私がしてるのは怪しげな実験などではありません!

 悪霊を魔晄炉で溶かして魔石を作ってるだけです!

 ちゃんと国の許可だって貰っています!

 悪霊を溶かす時に、黒板を爪で『キーー!』と引っ掻いた時の百倍不快な音がするから、祖父が王都の外に別邸を建てそこに魔晄炉を置いただけです!

 僻地になんかこもってません!」


悪霊を魔晄炉で溶かす時に出る「キーー!」という音は彼らの断末魔です。


私や祖父はその音をなんとも思わないのですが、ほとんどの人にとっては耳障りな音らしく、祖父は王都の外の林の奥に別邸を作りそこに魔晄炉を置いたのです。


製造過程で多少の騒音がでますが、魔石にはそれ以上のメリットがあります。


それに悪霊召集体質のアルバート殿下には次から次に悪霊が取り付くのに、それを魔石として再利用しないのはもったいないです。


殿下は幼少の頃から悪霊に取り憑かれやすい体質でした。


祓っても祓っても祓っても……翌日には何らかの悪霊に取り憑かれているので、殿下に付いたあだ名が「歩く悪霊ホイホイ」


まぁ、このあだ名は私がつけたんですけど。


そんな殿下を見かねた前国王陛下が、

錬金術師兼ネクロマンサーであった私の祖父に助けを求めました。


悪霊を魔石に変える魔晄炉を作ったのも祖父です。


魔晄炉を扱えるのは私と亡き祖父の二人だけ。


父も母も兄も悪霊という言葉を聞いただけで震えが止まらなくなる、普通の人です。


何故か私だけは、祖父の能力を色濃く受け継いでいました。


私が初めて悪霊を祓ったのは四歳の時。


殿下の体に取り憑いていた悪霊を祓ったのが最初でした。


前国王陛下は私の能力を高く評価し、私を殿下の婚約者に指名したのです。


悪霊ホイホイの殿下には、悪霊を祓えるネクロマンサーの私が必要。


悪霊をしばき倒し魔晄炉で溶かして魔石にするのが大好きな私には、悪霊召集体質の殿下が必須。


お互いの需要と供給が一致した婚約でした。


アルバート殿下と結婚したら、国のお金で毎日実験し放題!


そんな生活が目の前に転がっているのに、金の卵である殿下をみすみす逃すなんてありえません!


アルバート殿下は、浮気はするし、誕生日にプレゼントを一つもくれないけちん坊ですし、パーティでエスコートもしれくれません……ですがそんなことは些細な問題です!


この国で、歩く悪霊ホイホイの異名を持つほど悪霊召集体質なのは彼だけです!


しかも彼は王子だから、実験にかかった費用は全て国に請求できます!


こんな優良物件を簡単に逃してなるものですか!


「もうこれ以上ないってぐらい怪しいだろがっっっっ!!!!!

 お前、自分で言ってて疑問に思わないのか!?」


アルバート殿下に言われ、私は胸に手を当てて考えてみました。


悪霊を魔晄炉で溶かして魔石を作る行為はそんなに怪しいかしら?


それは両親や兄には毛嫌いされていますが、悪霊を魔晄炉で溶かし魔石にする行為は国にも認められています。


それに魔石には大きな魔力が宿っています。


魔石は使用者の魔法の効果を増幅させるので、魔物討伐や、瘴気の吹き溜まりの浄化に役立っています。


強い怨念を持つ悪霊ほど、魔晄炉で溶かすと綺麗な魔石になるんですね。


美しい魔石はアクセサリーとして加工され、国外に輸出されることもあるので、外貨を稼ぎにも一役買ってます。


悪霊による霊障から殿下を助け、悪霊を魔石に変えることで国にも貢献してますし、褒められることこそあれ、誰かに後ろ指をさされることはしてません。


私は分からないという顔で、首をかしげました。


「もういい! お前とは話すだけ時間の無駄だ!

 怪しげな実験を繰り返すお前との婚約を破棄し、俺は別の女性と結婚する!」 


それは困ります!


なんとか殿下のお心を取り戻さなくては!


「別の女とは誰の事ですか?

 子爵家の次女のエマさんですか?

 男爵家の長女のミリアさんですか?

 それとも男爵令嬢の三女のロザリアさんですか?

 エマさんのお兄さんは騎士団所属で重度のシスコンで『妹を泣かす奴は絶対に許さない! 生霊になって祟ってやる!!』が口癖ですし、

 ミリアさんには隠し子がいますし、

 ロザリアさんはボンキュボンのナイスバディですが、ああ見えて十四歳なので手を出すのはいかがなものかと思います。

 浮気上等です!

 愛妾を囲うならお好きなだけどうぞ!

 だから婚約破棄だけはお考え直し下さい!

 ただし、この三人を愛妾にするのはあまりおすすめしませんが」


「お前は俺の交友関係を全部把握しているのか!?

 気持ち悪い!

 その上、俺の知らない事までなんで把握してるんだよ!

 ミリアに隠し子がいたことや、ロザリアが十四歳だったことなど、

 お前の口から聞いて初めて知ったぞ!」


「ふふっ、ネクロマンサーの情報網を侮らないで頂きたいですね」


殿下に取り憑いた悪霊を誰が祓ってると思ってるんですか?


殿下に取り憑いていた悪霊を脅せば、殿下がどこで何をしていたか、殿下の浮気相手がどこの誰なのか、どんな秘密を抱えているか……全〜部わかってしまうんですから。


「誰と浮気しても構いません!

 愛妾ならいくらでも囲って下さい!

 ですからどうか私とは別れないで下さい!」


私がアルバート殿下の腕にしがみつくと、彼は汚いものでも払うように、私を突き飛ばしました。


「怪しげな実験を繰り返してきた汚い手で俺に触るな!」


アルバート殿下が、毛虫を見るような目で私を見ています。


彼に毛虫やナメクジやムカデを見るような目で蔑まれることなど、屁でもありません。


ここで殿下を逃したら、彼のような悪霊召集体質の人に二度と出会うことはないでしょう。


三食昼寝と悪霊と実験付きの楽しい公爵夫人ライフを逃してなるものですか!


泣き落としが駄目なら他の手ですわ!


「殿下、私と別れたら歩く悪霊ホイホイの貴方様は一週間と生きられませんわ!

 どうか殿下のお体の為にもお考えを改めてください!」


今度は「私と結婚するのが殿下のお体の為ですよ」作戦ですわ!


何せ悪霊召集体質なのが殿下の泣き所ですもの。


「アルバート殿下にとって悪霊を祓えるネクロマンサーの私が必要なように、

 私にとってもアルバート殿下は必要なのです!

 殿下は希少な研究対象&金づるですから!」


「最後、本音がダダ漏れになってるぞ!

 誰が研究対象だ!

 誰が金づるだ!」


本音で話し合えばわかり合えると思っていたのですが……殿下の機嫌をますます損ねてしまいました。


「ふっ、その点は俺も考えたさ。

 お前のネクロマンサーと錬金術師としての腕は一流だ。

 そして歩く悪霊召集体質の俺は、お前なしでは数日も生きられない。

 悔しいがそれが現実だ」


殿下もご自分の体質のことは理解しておられたのですね。


「このまま悪霊を魔晄炉で溶かすのが趣味な気色悪い女と結婚するしかないのか……と悲観していたとき、

 俺は女神に出会ったんだ!」


「女神……ですか?」


女神のような絶世の美女と出会った……ということでしょうか?


「そう、彼女こそ俺の救世主!

 悪霊を研究材料としか見ていない根暗な婚約者から俺を救ってくれる存在!

 紹介しよう!

 俺の新しい婚約者の聖女シアだ!」


アルバート殿下がそう叫ぶと、彼の横に一人の女性がすっと進み出ました。


聖女と呼ばれた少女は、空のように青く長いストレートヘア、湖のように静かな輝きを放つブルーの瞳、清楚系の整った顔立ちをしていました。


彼女は洗練されたデザインの空色のドレスを纏っていました。


少女はドレスの上からでもわかるくらい出るところが出て、引っ込むところが引っ込んでいました。


このナイスバディの美女が聖女様?


殿下が「女神」と称賛するのも納得の美しさです。


こういう非の打ち所のない美人の前に立つと、平凡な栗色の髪に、暗い黒檀色の瞳に、地味な顔立ちの自分を惨めに感じます。


アルバート殿下は、炎のように赤い髪と、ルビーのように輝く瞳を持つ美男子。


悔しいですが、殿下とシア様が並んで立つと一対のお人形のよう。


お似合いと言わざるをえません。


「この度教会から聖女の称号を賜ったシアです。

 フロスト伯爵家のリリアナ様ですね?

 はじめまして、どうぞ宜しくお願いします」


彼女は優雅にカーテシーをしました。


彼女のカーテシーはとても美しく、周りの人達から感嘆の声が漏れました。


第二王子の婚約者として、一応は王子妃教育を受けた私よりも所作が綺麗です!


「シアは元々は平民だったのだが、生まれつき並外れた神聖力を持っていた。

 地方に住んでいた為、教会が彼女を見つけるのが遅れてしまったがな。

 教会に保護されたあと、シアは熱心に淑女教育を受け、今ではマナーも完璧だ。

 その上、均整の取れた体つき、清楚な雰囲気、整った顔立ち、どこをとってもパーフェクトだ!」


「そんなに褒められると恥ずかしいですわ、アル様」


シア様は殿下のことを「アル様」と呼んでいるのですね。


殿下はシア様に愛称で呼ばれ、まんざらでもない顔をしていました。


知りませんでした! 呼び方にそんな効果があったなんて……!


私も殿下のことを「被験者」とか「実験材料」ではなく、もっと可愛らしく「モルモットのモルちゃん」とか、「悪霊召集体質のあっちゃん」とか呼んでおけば良かったですわ!


ですが、今さら後悔しても仕方ありません!


「シアの凄さはそれだけではない!

 彼女はその神聖力で、悪霊や瘴気を浄化することが出来るのだ!」


殿下が高らかに宣伝すると、周囲の貴族からどよめきが起こりました。


瘴気の吹き溜まりを浄化するのも、国のお勤めですからね。


「凄い! 今代の聖女様がそれほどの能力をお持ちとは! 想像以上だ!」

「悪霊のみならず瘴気を浄化出来るとは!」

「これで殿下は自身に取り付く悪霊の問題と、各地に出来る瘴気の吹き溜まりの問題から開放されたわけですな!」

「今までは魔石を使い、冒険者や、王家から派遣された騎士や、教会から派遣された僧侶が瘴気の浄化にあたっていたが、その必要もなくなったということか」

「これは経費の大幅な削減になるぞ!」


皆が口々にシア様の能力を褒め称えています。


なんてことなの!


シア様が悪霊と瘴気を浄化できるなんて……!


まさかここに来て商売敵(聖女)が現れるなんて……!


このままではネクロマンサーの独壇場だと思っていた悪霊退治の仕事を、ぽっと出の聖女様に取られてしまいます!


その時、殿下に吸い寄せられ悪霊が現れました。


悪霊が殿下に近づこうとした瞬間、彼の隣りにいる聖女様の神聖力に当てられて、悪霊は綺麗さっぱり消えてなくなりました。


彼女に近づく悪霊は、全て浄化されるようです。


なるほど。


だから今日まで私は、殿下が聖女様と浮気していた事に気付けなかったのですね。


私は彼に取り憑いた悪霊を脅すことで、殿下が浮気した情報を得ていました。


その悪霊が聖女様によって浄化されていたのでは、情報を得ることは出来ませんわ。


不覚です!


悪霊の情報に頼らず、探偵や何でも屋に依頼して殿下の浮気調査をさせるべきでした!


「これでわかっただろ?

 これからは、俺に取り付いた悪霊はシアが浄化してくれる!

 国中の瘴気も彼女が浄化してくれる!

 だから悪霊を魔晄炉で溶かす気色悪いネクロマンサーのお前も、悪霊から作られた魔石も、この国には必要ないのさ!」


「シア様の能力は認めざる終えませんね。

 ですが……」


こんなことでは、諦めきれません!


三職昼寝付き実験し放題の快適生活が……!


「悪霊を浄化するなんてもったいないです!

 奴らを魔晄炉で溶かせば魔石として再利用できるんですよ!

 それなのに消してしまうなんてもったいないです!

 そこで提案なんですがシア様、殿下を私とはんぶんこしませんか?

 悪霊の半分はシア様が浄化して、残り半分は私が魔晄炉で溶かして魔石にするというのはいかがでしょう?

 もちろんお二人の愛を邪魔するつもりはありません!

 私、愛人でいいですから!

 悪霊だけ分けて貰えれば、離れで大人しくしてますから!」


シア様の手を握り、直談判しました。


シア様は額に汗を浮かべ、困惑した顔をしていました。


これは……もうちょっと押せば行けそうな気がします!


「半分が駄目なら三分の一でも……!」


「やめんか恥知らず!

 愛人になるだの、はんぶんこするだの、

 お前には貴族令嬢としてのプライドがないのか!」


殿下が私とシア様の間に割って入ってきました。


ちっ、もう少しだったのに……!


「プライドでは実験も研究もできませんわ!」


「この研究馬鹿っ!!

 もういい、お前と話すだけ時間の無駄だ!

 先程も伝えた通り、お前との婚約は破棄する!

 二度と俺に関わるな!

 城や街で俺を見かけても無視しろ!

 これは命令だ!

 衛兵、こやつを城から叩き出せ!」


殿下が非情な命令を下しました。


「お待ち下さい!

 お考え直し下さい!

 アルバート殿下!

 シア様!」


私は出来る限り大きな声で叫びましたが、残念ながら私の思いは彼らには届きませんでした。


私は兵士に両腕を捕まれ、城から追い出されてしまいました。


「アルバート殿下ーーーー!!!!」


それでも諦め切れず、私は城門の外で叫びました。


月夜に私の叫び声だけが虚しく響き渡りました。



◇◇◇◇◇






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