37話 そっけない婚約者
「そんなことがあったのか? 大変だったんだな……。それで怪我の方は大丈夫だったのか?」
オリビエの鞄を手にしたマックスは心配そうに尋ねてきた。オリビエが怪我をしていることに気付いたマックスが持ってくれているのだ。
「ええ、これくらい平気よ。だってアデリーナ様を助けることが出来たのだから。これくらいどうってことないわ」
「ふ~ん。余程彼女を崇拝しているんだな。周囲からは物事をはっきり言う強気な性格だから赤髪の悪女として恐れられているのに」
その話にオリビエはカチンとくる。
「ちょっと待って、誰が赤髪の悪女ですって? アデリーナ様みたいな優しい方にそんなこと言わないでちょうだい。それにあんなに美しい赤い髪は見たことが無いわ」
「そうか、悪かったよ」
マックスは苦笑すると話題を変えてきた。
「ところでオリビエ、今度はいつ頃店に来れそうか? 実は授業中に新作を思いついたんだよ。オリビエに食べて貰って感想をもらいたいんだ」
「そうねぇ……今日は雨だから無理そうね。やんだら行くわよ」
話を続けながら、馬繋場へ到着すると何人かの学生たちが迎えの馬車を待っていた。
外は相変わらずザアザァと雨が降り続いている。
マックスは周囲を見渡した。
「雨だから迎えの馬車も遅れているのかもな」
「ええ、そうね」
その時――
「マックス、それにオリビエじゃないか?」
声をかけられて2人で振り向くと、意外なことに声をかけてきたのはギスランだった。
「どうしてオリビエがここにいるんだ? 2人は知り合いだったのか?」
ギスランは近付きながら尋ねると、マックスは頷いた。
「ああ、彼女は俺の店の客なんだよ」
「食事に行ったとき、知り合いになったのよ」
「へ~そうだったのか。それにしてもオリビエがこんな場所に来るなんて珍しいじゃないか。いつもなら雨の日は辻馬車を使っているだろう?」
珍しい物でも見るかのようにギスランはジロジロとオリビエを見つめる。
「今日は馬車を出して貰えたのよ」
オリビエは詳しく説明するのが面倒だったので素っ気なく答た。
生まれ変わった彼女は、不躾なギスランの視線を鬱陶しく感じていたのだ。そのことが自分自身、不思議でならない。
(ほんの少し前までは、話しかけて貰えることだけでも嬉しかったのに……ギスランを鬱陶しく感じるなんて自分でも驚いてしまうわ)
「ギスラン、彼女はお前の婚約者なんだろう? 雨の日は辻馬車を使っているのを知っているなら何故お前が送迎してやらないんだよ」
ギスランの言い方が気に入らなかったのか、マックスが強い口調で尋ねる。
「え? オリビエに頼まれてもいないのに何で俺がそんなことしないとならないんだよ。そうだよな、オリビエ」
「ええ、そうね」
不意に話を振られて、オリビエは頷く。
本当は以前、遠回しに雨の日は辻馬車を拾わないといけないから大変だとギスランに話したことがあった。
それでも彼の口からは馬車の誘いは無かったのだった。
(それだけ、私には興味がないってことよね)
「そうだよなって、おかしくないか? 普通は頼まれなくても迎えに行くものじゃないか? オリビエはお前の婚約者なんだぞ」
ギスランの目が吊り上がる。
「何で部外者の君にアレコレ言われなくちゃならないんだよ。それよりオリビエ。今度の週末の件、シャロンにちゃんと伝えておいてくれよ。じゃあな」
ギスランは背を向けると、そのまま去ってしまった。その後姿を見ながらマックスは吐き捨てる様に不満を口にした。
「何なんだよ。あのギスランて男は。オリビエが困っている時に手を貸すことも無く、妹の方を気に掛けているなんて。それに、あいつ怪我にも気づかなかったぞ」
「彼はそんな人だから」
「そんな人だからって言葉で片づけていいのか? あいつの言う通り部外者の俺が口を挟むことじゃないが……悪いことは言わない。あんな男との婚約はやめたほうがいい」
「そうね。考えておくわ」
その時――
「あ! オリビエ様! やっと見つけましたよ!」
背後で大きな声が聞こえて振り向くと、雨具を身に着けた御者が水を滴らせながら駆け寄って来る姿が見えた。
「どうやら迎えが来たようだな。ほら、鞄だ」
マックスがオリビエに鞄を差し出す。
「ありがとう。マックス」
「これくらい気にするなって。じゃあまた明日会おう」
「ええ、また明日」
互いに手を振り、マックスが去って行くと御者が声をかけてきた。
「オリビエ様、あちらに馬車を止めてあります。参りましょう」
「ありがとう」
こうしてオリビエは迎えの馬車に乗り込んだ。
トラブル真っ最中の屋敷に帰る為に——
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