30話 勝者の? 微笑

 土砂降りの雨の中にも関わらず、使用人達は大学に行くオリビエを見送る為に集まっていた。


「それじゃ、みんな行ってくるわね」


オリビエは使用人達の顔を見渡す。


「はい、行ってらっしゃいませ。ニールのことは、我々にお任せ下さい」


トビーが自信たっぷりに頷く。勿論ニールも少し離れた場所に立っているが、あいにくの雨音で彼の耳には届いていない。


「私が屋敷に帰って来る頃には、願わくばニールの姿がこの屋敷から消えていることを願っているわ」


何しろ、オリビエは散々ニールに馬鹿にされてきたのだ。挙句に彼は盗みも働き、オリビエがミハエルにプレゼントした万年筆迄自分の物にしていたのだから。


「ええ、どうぞ我々にお任せください。必ず奴の息の根を止めてさしあげますよ」


何とも物騒な台詞を吐くトビーに、周りにいた使用人達は笑顔で頷く。


「頼もしい台詞ね。期待しているわ」


オリビエは満足げに笑顔を見せると、馬車に乗り込んだ――



ガラガラと音を立てて走る馬車の中で、オリビエは外を眺めていた。

窓の外は土砂降りの雨で、時折ゴロゴロと雷の音が鳴り響いている。


「くそーっ!! 何で、こんな土砂降りの日に馬車を出させるんだよーっ!!」


手綱を握りしめて馬車を走らせている御者の叫び声も雷の音にかき消され、当然オリビエの耳には届いていない。


「フフフ……今日は荒れた1日になりそうね」


オリビエは愉快でたまらなかった。あれ程家族に蔑ろにされ、使用人達から馬鹿にされていた日々が、たったの1日……しかもほんの僅かな時間で全てがひっくり返ったのだから。

オリビエを除け者にして、仲良さげな家族はうわべだけの関係だった。家庭内は崩壊し、誰もが抱えていた秘密の暴露。

オリビエを無視し、馬鹿にしてきた使用人達からは一目置かれるようになった。


「自分の置かれた環境を覆すことが、こんなに簡単なことだったなんて思わなかったわ。これも全てアデリーナ様の助言のお陰ね」


早く会って、今朝の出来事を報告したい……。

オリビエはアデリーナの顔を思い浮かべるのだった――



****



 馬車が大学内の馬繋場に到着し、オリビエは馬車から降りた。この場所は屋根があるので、濡れずに乗り降りできるのだ。


「御苦労様。授業が終わる頃、またここに迎えに来てね。16時頃を目安に来てもらえればいいから」


「はぁ!? 帰りもこの土砂降りの中、迎えに来いっておっしゃるのですか? 辻馬車で帰って来て下さいよ! 見て下さい、俺の姿を! 雨具を身に着けていてもびしょ濡れですよ!」


この場に及んで、まだ反抗的な態度を取る御者。


「そう、分かったわ。そこまで言うなら辻馬車で帰ってもいいけど……」


オリビエはカバンから学生証を取り出し、手帳を広げると父から貰った名刺を取り出した。


「あ……そ、それは……」


御者の顔に怯えが走る。


「不本意だけど、お父様に報告しなければならないわね。そうなったらどうなることか‥…」


「ひっ! も、申し訳ございません! 必ず、お迎えに参ります! 自分の命に代えても!」


その言葉に、オリビエは笑みを浮かべる。


「そう? ならよろしくね」


「はい! ではオリビエ様。行ってらっしゃいませ!」


「ええ。行ってくるわ。そうそう、屋敷に帰ったら風邪を引かないように暖炉で温まってね」


「え……? は、はい! ありがとうございます!」


オリビエは御者に温かい言葉をかけると、校舎の中へ気分よく入って行った。



そしてこの後……少し愉快な出来事がオリビエを待ち受けていた――

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