第3話 招かれざる客
コゼットが手記の鍵を解いている間、テオはアナスタシアが死んだ廃工場へと再び赴き、調査をしていた。
アナスタシアの血が無残にも地面にこびりついている。これが全部アナスタシアの血だと思うと、吐き気がした。愛しい人の血でも、その人の体から流れ出てしまえば、それは憎悪の対象でしかなかった。そう感じてしまう自分が、情けなくて嫌だった。
しばらく周辺を歩いていると、とある物を見つけた。
「あれは……」
昨日はそれどころではなくて気が付かなかった。血の跡から少し離れたところに、真っ二つに折れた杖が落ちていたのだ。テオはそれを拾い上げる。先端に薄紅色の水晶がはめ込まれた、魔法の杖だ。上等な木に銀色の蝶の装飾が施されたこの杖を、テオは見たことがあった。
これはアナスタシアのものだ。彼女はこの杖を、いつもローブの内ポケットにしまっていた。ここに落ちているということは、一度はポケットから杖を取り出したということだ。つまり、魔物に魔法で対抗しようとしたのだ。不意打ちではない。だが、それは叶わず、アナスタシアは殺られてしまった。
魔物なんて、魔法で一撃。アナスタシアにとって、そんなに脅威ではなかったはずだ。
となると、やはり人が関わってくるのか? アナスタシアの傷は、確かに魔物によるものだった。だが、もしかしたら誰かがアナスタシアを拘束して、魔物に襲わせたのかもしれない。それなら有り得る。自ら手を下さずに彼女を殺せる。でも、一体誰が、何のために?
「何だ?」
廃工場の入口辺りで何かが動く気配がして、テオはすぐさまに振り返った。しかし、姿は見えなかった。しばらく警戒したが、一向に出てくる気配はなかった。気のせいだろうか。
その後、テオは足早に周辺を見て回った。しかし、手がかりになりそうなものは何もなかった。
アナスタシアを襲った魔物たちはどこへ行ったのだろう。ここが魔物の住処だとしたら、まだ近くにいるかもしれない。戻ってくる前にここを離れるのが最善だろう。今のテオには戦う術がないので、無駄に殺られてしまうだけだ。だが、なんとしてでも捕まえて、八つ裂きにしてやる。
そんなことを考えながら、テオはアナスタシアの杖を持って、宿へと帰っていった。
✿✿✿
「コゼット、調子はどうだ?」
宿に帰ってきて、テオは尋ねた。
「絶好調……と言いたい所ですが、だいぶ苦戦していますね」
コゼットは困ったように肩をすくめた。
「アナスタシア先生ったら、遊び心が過ぎてます。あらゆる種類の謎解きというかパズルというか、そういった類いの物を、魔法で何重にも仕掛けているのです。これは相当時間がかかりますし、私の魔法の能力というより、頭脳が試されますね」
「じゃあ、俺の出番だな」
「なに馬鹿なことほざいているんですか。あなたは魔法は使えないでしょう? それに、私の方が利口です」
「だが、忍耐力は俺の方が上だ」
「忍耐があっても頭が悪ければ意味無いです」
しばらく睨み合った後、コゼットはため息をついた。
「どうしても分からないときは知恵を借ります。それで」
コゼットは話題を変える。
「テオは何かつかめたんですか?」
「アナスタシアの杖は見つけた。だけど、他に手がかりはなかった」
テオはそう言いながら、コゼットにアナスタシアの杖を差し出す。彼女はそれを受け取り、まじまじと見つめた。
「これは随分と派手に折れちゃってますね。私、先生の杖をお下がりでもらうのが夢だったのに」
残念そうに彼女は言う。
「まあいいでしょう。形がどうであれ、杖が戻ってきただけありがたく思わなければですね。それ、渡してください」
「は? 嫌だけど」
「嫌……とは?」
コゼットはキョトンとした表情をしている。
「なんで渡さなきゃいけないんだよ。俺が見つけたんだ」
「え……杖は魔女にとって命の次に大事なものですよ。魔女である私が持っておくべきでしょう?」
「理由になってねえよ。これはアナスタシアの遺品だ。お前が持っておく義務はない。別に俺が持っていても、問題はないだろ」
そんな風に、いつものように二人は口喧嘩をした。だが、切れはイマイチだった。常に、何となく重たい雰囲気が漂い続けている。
結局、これ以上言い争う気力もなく、真っ二つ折れた杖を片方ずつ持っておくということで解決した。
「それじゃあ、テオは散歩にでも行ってください。じっとしているより、何かしていた方が気が紛れるでしょ?」
「……俺、今帰ってきたんだけど」
テオは訴えたが、それに対してコゼットは返事をしなかった。要するに、集中したいから一人にしてということだ。テオはため息をついて、尋ねる。
「何か欲しいものはあるか?」
「……今、ものすごく紅茶が飲みたいんです。アナスタシア先生が好きだったやつ」
「ああ、それならアナスタシアのコレクションがあるじゃないか」
そう言いながら、テオは机の上に並べられている茶葉の入った瓶を指さす。瓶には一つずつ丁寧に名前の書いたラベルが貼られている。
アールグレイ、レモン、ダージリン、それだけじゃない。世界中を旅する中で集めた珍しい茶葉も沢山ある。
中でも、カモミールはアナスタシアが一番好んでよく飲んでいた。
「それでは、紅茶に合うお菓子を買ってきてください」
コゼットは頼んだ。結局外へ出なければなのかと、テオはもう一度ため息をついた。まあ、宿にこもってたって、陰鬱とした空気にしかならない。
テオは再び部屋を出て行った。
✿✿✿
「ねえ、そこの君」
部屋を出て宿の廊下を歩いていると、二人組の男に声をかけられた。
「ちょっといいかい?」
声をかけてきたのは、金髪で両耳にピアスを沢山つけた目つきの悪い男で、その横には黒髪をオールバックにしたガタイの良い屈強な男が立っている。二人ともその顔に似つかない、きっちりとした紳士服に身を包んでいた。
「なんだ?」
訝しげな目で彼らの身なりを見た。男たちの胸元にある怪しげピンバッジが目に入った。鋭い牙を持った犬のような形をしている。
「アナスタシアっていう女、知ってるかい?」
目つきの悪い男は問いかけた。テオはゴクリと息を呑んだ。全身が強ばる。
男はテオの瞳を、まるで頭の中を見透かしているかのようにじっと見つめた。
答えを間違えると、取り返しのつかないことになる。そんな気がした。
この男はアナスタシアのことを知っている。アナスタシアの死に、このピンバッジを付けた奴らが関係あるのかもしれない。
「すぐに答えないということは、知っているようだね」
金髪の男は小賢しい蛇のような笑みを浮かべた。そして、頭からつま先まで舐めるように見て、黒髪の男の方を向く。
「ベオルフ、この子はアナスタシアの仲間のようだよ。そして、あの部屋を出入りしている」
「ああシーク、そうみたいだな。じゃあ、さっさと始末するか」
目つきの悪いシークと、ガタイのいいベオルフは、そんな物騒な会話をする。
「待て! お前ら、アナスタシアとどういう関係か?」
テオは眉間に皺を寄せながら尋ねた。
「どういう関係って、それは……」
シークとベオルフは顔を見合わせる。
「敵だよな?」
とシーク。
「ああ、敵だ」
とベオルフ。
テオは目を見開いた。
「案内してくれてありがとね」
まさか、とテオは焦った。さっき廃工場へ行った時に感じたあの気配は、彼らだったのかもしれない。後を付けられていたのだ。
「ベオルフ、頼んだ」
「ああ」
その瞬間、ベオルフはテオに掴みかかった。
「は、おい、なんだ! どういうつもりだ!」
テオは必死に抵抗する。しかし、ベオルフは想像以上に力が強く、テオはあっさりと両手を後ろに縛り上げられた。
「恨むならアナスタシアを恨むんだね!」
シークは勝ち誇ったように笑う。そして、ベオルフにテオを連れてくるよう手招いた。
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