第18話
もう来ないかも……と心配していたけれど、まゆかは次の日普通に来た。
でも、悲しい報せももってきたわ。
「あのね……まゆか、お引越しすることになったの。三日後よ」
「えっ……ずいぶん急な話ね」
「ママのおしごとがなくなったことはいったかな? それで、パパがママにもできるおしごとをみつけたんだって。だからお引越しを」
「ふーん、さみしくなるわね……どこにいくのよ?」
「えっとね、これはいっちゃいけないんだけど、博士ちゃんたちにはお世話になったからいうけど……帝都だよ」
ごくりっ……
(帝都ッ!)
私は……あぁ、助手君が、いたたまれない目でまゆかをみつめている。彼も私とおなじ気持ちなんだわ……。
最近の新聞の情報では……帝都への攻撃は沈静化される様子はなく、一段と激しさを増していた。帝王が新型汚染灰内蔵型ミサイルの開発を宣言したことにより、他国が一段と警戒心を露わにしたことが原因だ。
毎日、休む間もなく空から銃弾の雨がふり、火災によって都市は火の手につつまれている……。
大人の男は兵士として駆り出され、女は軍需工場、あるいは娼婦として働かされ……子供たちは乞食のまねごとをしている。
そんな民間人にも、敵国の兵士たちは容赦なく銃弾を放る。治安の悪化にともない犯罪数も増加していた。ストレスを緩和するために違法の薬物も多く流通しているときく。汚染灰の量も星で一番多く、病気によって苦しみながら死ぬ者も多い。
戦火につつまれ、凶悪なナイフにおびえ、荒んだ悪意に蝕まれ、灰色の魔の手ににぎりつぶされ……。
…………
……帝都は、今この星で一番危険な場所とよんでいい。
(地獄がどんな場所か知りたければ帝都に行けばいいって、この森に迷いこんだ負傷兵がいっていたわ……。彼も灰によって内臓を汚染され、死んでしまった。そんな場所にまゆかをいかせていいのかしら?)
「それは……どうしてもまゆかもいかないといけないの?」
「えっ……どういうこと?」
「あの……」(まゆかの親は、帝都に希望をもとめているのかしら? たしかに……危険に見合ったお金が手に入るのは確実だわ。だから、私が阻止しようとすれば、それを断絶することにつながるのかも?)
私が返事をかえせずにいると、意図をくみとったのか、まゆかはニコッと笑った。
「なによ~っ博士ちゃん、まゆかと離れるのさみしいの~?」
「はっ……?! そういう意味じゃ、ないわっ。だいたいあなたがいっしょだと私のお菓子が半分になっちゃうし」
「ウソウソっ! ごめんね……そういう意味じゃないよね。博士ちゃんは、ママのことを気にしてくれているんでしょ?」まゆかは青くにじみつつあるあざを爪でかきながらいった。
(それもあるけれど……)
「でも……まゆか、ひとりぼっちになるのはイヤだし、ママを見放すのもイヤだよ……だって、まゆかのたったひとりのママだもの」にこっ
(痛めつけられてなお愛情を感じるなんて、愚鈍なのか、歪んだ幸福なのか、あるいは故障しているのか……わからないわね)
もしも私に巨額の富があれば……恵まれない一人の子供をひきとり、最低限の人間としての人生を付与することができたのだろうか?
そのあと、いつものようにまゆかと研究作業をしたけれど、私は集中力に欠けていた。
おかげさまでコーヒーにまたミルクを入れ忘れて吹きだしてしまったわ……。レポートを読み直してみても、病みアカウントの女子みたいに、ぴえんやらリスカしよ等の病み文章がならんでいた。
まゆかが帰ったあと、なにやら私の部屋のほうがバタバタしていたのでいってみた……。
(まさかっ?! 今度こそ助手君が私の下着を物色しているのかしら?!)ダダダダっ!
「ちょ、ちょっと待ちなさいッ助手君! そんなコソコソしないで、私に直接手を出せばいいでしょう~。この草食男子めっ!」あせあせ……
「アッ、博士っ! 今度燃えるゴミ一斉収集の日だから部屋のいらない物片づけろといったでしょうっ?!」ブチ切れ寸前っ!!!
(すっかり忘れていたわ……ハッ、助手君が持っているあの箱は、助手君の隠し撮り写真が入っている箱だわッ)
「じょ、助手君、その箱は危険だからおろしなさいッ」
「え……なんで」
「時限爆弾をコッソリ作っていたの……いつか政治家の家に仕掛けようとおもって」
(まぁたしかに爆弾ではあるわね……開けられたら私の博士としての威厳は一瞬でパァッ♪よっ!)
「そ、そうですか……」(コイツ……植物学者のくせに、へんなものばっか開発してんな。その研究意欲を植物に向けられないの?)「まあ銀歯だけは残しておいてくださいねっ! あとで金になるから。ところで、今日のまゆかちゃんの話ですが」
助手君はようやく箱をおいてくれた。私は狐のようなすばやさで、その箱をクローゼットにしまいこんだっ!
「えぇ、まゆかがどうしたのかしらん?」
「帝都はすこし……気の毒ですね」
「えぇ……生きていくのに努力を必要とする場所だわ」
「これは裏のゴシップ雑誌から知りえた情報なのですが……しっていますか? 子供地雷のこと。あと媚毒のウサギっぱしり」
「……しらないけれど、もう名前からしてききたくないから、いわないで」
「わかりました……。あの子、この研究所へ引き取れたりは……しないですよね」
「あの子には親がいるもの……。どんな親だとしても、子供は親といっしょにいるのが一番幸せ……だとおもうわ。私たちの親は……ふたりとも幼い時になくしているから想像の話でしかないけれど」
「やはり、まゆかちゃんのあの顔の傷……。博士なにかきいているんですか?」
「初めて会った時に、酒がどうのこうのいっていたわね。でも深く聞けるわけないでしょっ!」
「それもそうですね……なにかぼくたちにできることはないでしょうか?」
「そうね……せめて、まゆかのためにパーティーを開いてあげるとか? 明日来た時になにが食べたいかきいてみるわっ!」
「オッ! 博士、太っ腹!」
「もちろん助手君がお財布係よっ♪」
「え、ひどっ」
「というのはじょーだんよ♪さすがに所長の私が出すわっ♪」
「よっ、大統領!」ぱふっぱふっ
「ちなみに財源は~?」
「私のへそくりよ♡」
「へそくりだって~?! コイツ~♪ぼくにもボーナスをよこせっ」てんやわんや~
「アハハっ♡いいわよ~、私のおっぱい触らせたげるっ!」
(すんっ)
「おい、急に虚無顔になるなー!
わ、私だって寄せてあげれば、おっぱいくらい、すこしはあるんだからねっ!」
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