青春タイムリープ
保波しん
第1話 夢の始まり
変な夢を見ている。内容は病室で目を閉じる婆さんを見るというものだ。夢ってよくわからないものが多いけど、これはもっとよくわからない。
ただ、俺はこのお婆さんが目覚めるのを心待ちにしている。そんな感じがする。
何か大切なことを忘れている。
思い出さなきゃいけない大切な何か――――。
そんな思考は次第にはるか彼方へ、同時に意識が覚醒しだし、太陽が目を奥に響いた。
目を開け、満点の空を見る。もうそろそろ夏という時期。満点の青空から照りつける日差しは痛いほどに照り付けている。
寝っ転がっていた俺は体を伸ばしつつ上体を起こす。
「……ふぁ~。なんか変な夢見た気がするな……ぁあ」
やっぱりここは気持ちいい。空と一体化したような気持ちになれる。この時期だとそれが顕著に出るな。このまま寝ていたいくらいだ。
時刻は十四時過ぎ。今日は特別時間割で昼休みも挟まずに授業が終わった。これからの予定はない。特にやることもないし、このまままた寝てもいいか。
そう思っていると、遠くからドアの音がした。眠気が若干薄れた俺はその方向に目を向ける。
「あー、いたいた、やっぱここか」
「お前か」
ガチャリとまたドアが開く。一瞬だけあの子かと思ったが、そんなことはない。
――あの子? 誰のことだ?
現れた牧棘は、膝に膝を曲げ、同じ目線から俺を見てきた。
「なんかほかの子期待してたって感じだな」
「そんなことはねぇ」
「照れ隠しか? まぁいいや、それより来てくれ、なんでも会議をやるらしいぜ」
「会議? なんの?」
腰を持ち上げつつそう聞いた。
「あぁ。行けばわかる」
概要だけでもいいから話せよ、と思ったが、とりあえず言う通りにしてみることにするか。
俺は牧棘と一緒に、即座にいつもの場所へ向かった。
そうして着いたのは、俺たちがいつも溜まり場にしている別棟の空き教室。別棟は全体的にかなり綺麗で使用可能なように見えるが、実際には老朽化が進んでいていつ崩れてもおかしくないそうだ。生徒は立ち入り禁止となっているが、俺たちはそこをベストプレイスと見込んで溜まり場とした。
崩れてしまうのではないか? そう思うこともあったが、理由あってそこは心配する必要はない。溜まり場は曲がりなりにも教室なので椅子やテーブルがあり、居心地は案外悪くない。用事がない日は、大体ここで夕方の終わり際まで過ごしている。
「帰ったぞ」
「ぶふっ!」
っと……俺は下にいた唯麻、の首根っこを掴んで、転倒を阻止。目の前には小動物みたいにふさふさな茶色の髪の毛が広がる。
俺は大量の髪をかき分けてのその奥にいる秋葉を、両脇を腕に乗せて持ち上げる。
「大丈夫か?」
「何回目だよ!」
「いや悪い悪い、小さすぎて見えないんだよ」
「うっさい! バカにするな!」
秋葉自分の身長が低いことを理解しているのか、何も言い返せない。ただ持ち上げられながらもこちらをにらみつけている。でもなんだか小動物の威嚇みたいでかわいくて全然怖くないんだよな。声も小学生みたいな感じだし。
ていうか、マジでかっっっっる。軽いという感想しか思い浮かばないくらい。
そんな俺の心を見透かすように、唯麻は更にきつく睨んだ。
うんうん、唯麻はこうでなくちゃな。
「おーう! やっと帰ってきたか爽青! 待ってたんだぜ、ずっと!」
席に座ったシルバーが快活に声を張った。灰色の髪が特徴的なメンバーだ。
「おう。んで、話って何だ?」
相変わらず体を持ち上げられたままの秋葉の睨みを受けつつそう答えた。
「とりあえず座って。話はそれから」
俺の質問に答えたのは水羅だ。
「うーす」
軽い返事をし、俺と牧棘は椅子に座る。水羅、シルバー、迅花、そして俺が今持ち上げている唯麻と、計六人は全員揃った。俺と最も仲が良い五人。目立つシルバーを立ててシルバーズなんて呼ばれたりしているらしい。目立つグループは、そのグループでもさらに目立つ人の名前からとり、グループ名が勝手に作られることがあるみたいだ。アイドルかよ。
「……んで、何の話なん」
「その前に下ろせ! 何ナチュラルに私を膝に上に乗せてんだ!」
膝に乗せた直後、唯麻が半ギレで言ってきた。流石にからかいすぎたか。
「ごめんごめん」
唯麻を隣の席にゆっくろと下ろしてから自分の椅子に座り直す。唯葉は全く、と言いながら自分の定位置に座った。
長い事ここにいるから各々の定位置は大体決まっている。もちろん場合にもよるが。
全員位置に着いたところで、水羅が咳払いをする。
そして、大げさなくらいに息を吸い込む。
「やることがなーーーーい!!!!」
「…………」
それは、空に見える太陽にも届きそうな声量だった。
てか割とマジでうるさい。思わず耳塞いじゃったよ。
訪れた静寂。そんな時、耳を塞いでいたシルバーが席を立った。
「おい
「は!? バカはあんただけに言われなくない! いつもぽけーっとした顔しておいて!」
「はぁ!? 顔だと? 顔がなんだと! 俺のこの整った顔が馬鹿だと?!」
自分で言うな。
「はいはい、無・駄・に、ね!」
「なんだとぉぉぉぉ!!!!」
煽られ、全身で咆哮するシルバー。その姿はさながら獣のよう。
「あー、始まったな」
参るような顔で言った唯麻。
俺や他の面々もそれに追随し呆れを零していく。
二人は止まりそうにない。一つ馬鹿にしたらまた他の何かも馬鹿にする。それが連鎖して、少しずつヒートアップしている。見る限り、一向に止まる様子はない。それどころか、顔の赤みが強くなっている。
「あー、どうするよ。また頼むか」
牧棘の声に、俺は頷いてこう口にする。
「迅花」
部屋の隅で待機していた迅花に目配せする。すると迅花はいつもの静的な佇まいから一転、高速で移動し、シルバーの首筋に手刀を叩き込んだ。
「大体……おま……ぇ」
段々と声がかすんでいき、シルバーはその場で崩れ落ちていく。同時にだんだんと目に力がなくなっていき、声が完全に消え、とうとうピクリとも動かなくなった。
「無論致死は至っていない。気絶のみに効果を絞っている」
俺が安否確認のために近づこうとすると、吐き捨てるようにそう言ってきた。
「まぁ……念のためな」
屈んでシルバーの口元に耳を近づける。頑丈なシルバーのことだから大丈夫だろうが、一応呼吸しているかだけ確かめよう。
……大丈夫だ。息はしている。ただ気絶してるだけだ。
「ありがとう、迅花。とりあえずうるさいやつもいなくなったことだし、改めて話をさせて」
……今にも跳ね起きて『誰がうるさいやつじゃああああ』とか言いそうだが、起きる気配はない。
白山は改めて咳払いをした。
「やることがない。そもそもなんでそうなったか、みんなわかるよね」
「うん。そりゃもちろん――」
唯麻と同じような言葉が俺の脳内にも浮かぶ。おそらく、多分この場にいる全員(シルバーを除く)が同じことを考えているだろう。
やりたいことが、口癖などではなく、本当にない。
それがなぜ起こるか。普通なら、趣味に没頭するなどして時間を費やせばいいだけだ。それがなくとも、勉強や、ただ遊ぶだけでもいい。
なぜ、やることないのか。
そんな疑問はすべて一つの異常現象で説明がつく。
――――タイムリープ。
俺たちはタイムリープ……つまりは、時間を遡り、それを繰り返しているのだ。
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