3-7 ヨハンナは人間関係から逃げる言い訳に「努力」を使っています
週末、俺はシルートと一緒に指定された場所に向かった。
服装としては動きやすく、かつ貧乏に見える服装で行くようにと言われている。
また、戦闘があるので帯剣するようにとも指示を受けた。
……だが、そこに行く途中にヨハンナに出会った。
「あら、二人とも。今日はどうしましたの?」
「ああ、あっしらは今日はちょっと野暮用で出かけるんすよ……」
俺たちが『負け屋』の仕事をすることは、基本的に知られてはならないそうだ。
なので、俺たちは軽く言葉を濁すと、ヨハンナは少し不愉快そうな表情を見せた。
「あら、そうなの? ……二コラさん、あなた、試験官の仕事も続いているそうね」
「ああ、割と慣れると楽しいからな」
ヨハンナとはあれから何度か顔を合わせた。
彼女はどんな時でも勉強をしているか、魔法の鍛錬に時間を使っていた。
そんな様子でよく話をするうちに、彼女は『敬語で話すのはやめてほしい』と言ってきたので、今はタメ口で話している。
彼女の方は性分なのか、俺に対しての敬語は崩さない様子だったが。
ヨハンナは少し見下すような口調で尋ねる。
「へえ。試験官なんて誰でもできる仕事、退屈じゃないのですか?」
「神経使うから退屈じゃないよ。それに、人を殺さないで済む仕事ならなんでも楽しいさ」
試験官「なんて」「誰でもできる」という表現に俺は少しむっとして、半ば嫌味のように言い返した。
この国は長い平和の中で戦争の仕方を忘れてしまっているのがわかる。
むろん兵隊長の彼女も例外ではないのだろう、少しバツが悪そうな表情をした。
「……そ、そうなのですね。けどあなたなら、もっと上の仕事を選べるのではないです?」
「上の仕事?」
「そう。その……私と一緒に、近衛兵を目指すのはどうでしょう? 別に、ちょっとなら私も教えてあげますわよ? そ、その、別にあなたに庇われた借りを返すってわけじゃありませんが……」
ヨハンナは少し恥ずかしそうにつぶやいた。
正直あの入国試験の時の件は、借りどころか恨まれてもおかしくなかったが、彼女は引きずっていないようだった。そのあたりがサバサバしているところは、正直気に入っている。
だが、正直今の時点ではキャリア選択をどうすべきかは決めていない。
今は無理に上を目指さずに、身の回りの生活基盤を整えてからかな、とも思っている。
……俺にとっては、社会的地位を示すワッペンよりも、近所の住民たちの方が、よほど困ったときの力になるし、持っていて楽しいものだからだ。
「ありがとうな、ヨハンナ。けど俺はさ、シルート達と過ごす時間を今は大事にしたいから、やめとくよ」
「……ふうん……シルートと? 正直、よくわかりませんね……。一緒にいて、メリットがあるんですか?」
彼女は、人間関係をメリットやデメリットだけで決めているのか?
正直、人と本心から関わる機会があまりなかったのだろうかと、俺は少し心配になった。
「メリットか? ……そうだな、夜寝るときとか、夢に出てくる登場人物が増えるってことかな? 何も人間関係を築けてないと、夢に出る人って、少なくなるだろ?」
「う……」
そういうと、ヨハンナは少したじろいだ。やはり、気にしていたのか。
彼女は本当は、俺たちの仲間に入りたいけど、社交性に不安があって入れない。
だから、勉学や鍛錬に励むことを『対人スキルを磨かない言い訳』にしているのではないかとも感じた。
もしそうなら、俺にできることをしてやりたいと思い、尋ねる。
「……そうだ、それなら今度ヨハンナも一緒に俺たちと宴会に参加しなよ? 俺、おいしいご飯作るからさ」
だが、ヨハンナは首を振る。
「け、結構ですわ。……私みたいに才能にも環境にも恵まれない凡人は、休みの日も努力しないと出世できませんから」
「へえ……すごいな、ヨハンナは」
「ええ。ハングリー精神だけは、周りの金持ちに負けませんので!」
彼女はしきりに自分を「才能がなく、環境に恵まれない、かわいそうな人」だと言外に言ってくるし、俺たちのことを『努力不足の負け組』と捉えているのも感じる。
「わかった。……けどさ、ヨハンナ」
「なんですの?」
だが、ヨハンナが俺を見下していたとしても、俺はヨハンナを尊敬している。
なにより彼女に言いたいことは『お前は恵まれているだけなんだよ?』といった説教じゃない。
「俺はさ。ヨハンナが頑張っているの見るのは好きだよ。近衛として頑張るの、応援したいよ」
「……そ、そうですの? そういわれたのは初めてですね……」
「たださ、たまには俺たちのことも構ってほしいんだよ。ヨハンナともう少し一緒にいる時間、増やしたいからさ」
「二コラ……」
正直、俺は彼女のひたむきに努力するところに惹かれているのは本当だ。
……だが、彼女には『本当は自分が恵まれた立場の人間』であることや『努力する機会すらない立場の人間』がいることも理解してもらいたいし、『努力して結果を出した体験』すら持つことができなかった人のことも知ってほしい。
ただ、それは俺の言葉からではなく、彼女自身の体験の中で。
そのほうが彼女も相手の立場に立つことを理解できるようになり、将来においても有用なはずだと思っている。
彼女がいろんな人と関わってほしいという気持ちには、そういう下心もあった。だから、こうやって俺が彼女を仲間に誘う理由でもある。
そしてヨハンナは、少し顔を赤らめながら、うなづいた。
「ま、まあ、そうですわね。……じゃあ、考えておきますわ?」
「ああ。辛かったら俺たちと宴会して忘れような?」
そういって俺は彼女と別れた。
「ひっひっひ……」
俺たちは約束の場所についたが、指定された時刻までは少しだけ時間がある。
シルートはニヤニヤと俺のほうを見て笑っている。
「な、なんだよシルート?」
「いえ、二コラさんは……。ヨハンナさんのことが好きなのかな、って思ったんすよ?」
「え?」
「結婚相手を探していたって言ってやしたよね、二コラさん。ぶっちゃけ、彼女を狙ってるんじゃないっすか?」
こういう下世話な話は、シルートも好きなのだろう。
……だが、彼になら俺は本心を打ち明けてもいいだろう。
俺はうなづいた。
「ああ。ああいう頑張っている女性って本当にすごいなって思うだろ? ……たださ、まだ俺は……ヨハンナに釣り合う男になれてないからな」
「釣り合う、ねえ。人柄とかは二コラさん、問題ないと思いやすよ。なんであと必要なのは……一つっすね」
そう、お金だ。
この『実力主義』の国における人間の価値を決める大きな要因は、家柄ではなく年収となっている。
「ま、なんだかんだで結婚にはお金が入りやすからね。あっしと一緒に稼いで行くために頑張りやしょう……っと……きやしたね、ターゲットが……う!」
そういうとシルートは突然、腹を抱えてうずくまった。
「……お、おい、どうしたんだ! しっかりしろ!」
「うう……」
俺は精一杯の大きな声を出して、シルートに話しかける。
シルートは真っ青な顔をして、苦しそうに腹を抑えて返事をしてこない。
「ど、どうしたんですか!?」
それを見て、男女のグループのリーダー格と思しき身なりのいい少年が声をかけてきた。
「ああ。実は俺の友達がさ。急に腹を抑えてうずくまってて……。腹痛の治療魔法とか……使えないか?」
「え? ……はい、大丈夫です! ちょっと待っててください!」
そういうと、少年は魔法を唱えてくれた。
彼は持って生まれた魔力はさほどでもないが、回復魔法は得意なのだろう。
また、勤勉そうな外見にたがわず、術式は教科書通りに正しいて順で行えていた。
シルートは彼が正しい術式をかけたのを確認すると、すっと表情を変えた。
「あ、ありがとうございやす……楽になりやした……」
「ああ、よかった……。僕の魔法、効いたんですね?」
「……まさか、こんな若い方が完璧に回復魔法を使えるなんて……。ありがとうな!」
俺はそう言いながら、少年に何度も頭を下げる。
すると、周りにいた子どもたちも彼に対して驚愕の声をあげた。
「すっげー! お前、やるよな!」
「うん。あたし見直しちゃったよ! どこでこんな魔法覚えたの?」
「え? 先週さ。母さんに教えてもらったんだよ。まさかこんなに役に立つとは思わなかったけどね……」
そう少年は謙遜するように答える。
「役に立ててよかったです。……それでは、僕はこれで」
「ええ。ありがとうごぜえやす……」
そして少年たちが去ったあと、シルートはほくそ笑む。
俺も同様に、ニヤリと笑った。
「うまくいきやしたね」
「ああ。……こうやって子どもたちに、自信や優しさを身につけてくってわけか……」
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