3-4 二コラは『強い奴を倒す方法』には詳しいようです
そして入国試験が始まった。
まずは学力テストだったが、
「な……」
俺は、その試験の内容を見て言葉を失った。
……内容が、あまりにも人文科学に偏っていたのだ。
しかも、
「我が国における先代の女帝の名前を述べよ」
「我が国における政治について、特徴と課題点を述べよ」
など、その国の知識を事前に仕入れていなければ到底太刀打ちできないものだったのだ。
要するに『学力試験』とは言うものの、実際に求められるのは知識量だったのだろう。
(これは……かなり厳しいな……)
それでも俺は食い下がろうとしたが、正直なところ、この国についての前提知識がほとんどない。
(もともと、近隣諸国に住む人に有利な制度だな、これは……)
恐らくだが、この国の周辺では入国試験のための問題集や対策などが行われているのだろう。
しかし、最近このあたりの地域に来たばかりであることに加え、そのような問題集を買うほどの余裕がない俺にとっては、到底太刀打ちできないものであった。
……それからしばらくして、試験の終了時刻となった。
「終わりだ。……試験の解答を見せてもらおうか」
そう魔王ヨルムに言われて俺は、自信なさげに答案を提出した。
「……なるほど……」
だが、それを読むなり魔王ヨルムは、少し失望したような表情を俺に向けてきた。
まあ仕方ないことだろう。正直、ここの試験はきちんと対策をしていないと解けないタイプだったためだ。
「はっきり言う。……お前の試験の結果は現時点では芳しくない。……体力テストで、相当な結果を出さねば、入国は許可できないな」
「は……」
だが、それでも魔王ヨルムは次の試験に期待するとばかりに、そう答えてくれた。
この期待に応えることが出来ればいいのだが。
「さて……。体力テストの会場の準備はできているか?」
「はい、それであれば……あの、マヌケな三下がやってくれていますわ?」
マヌケな三下、とはずいぶんな物言いだな。
そう思っていると、
「ヨハンナ様~? なんとか準備万端ですぜ~?」
窓の外で特徴的な声が聞こえてきた。
……シルートだ。彼はヨハンナの部下だったのだろう。
彼は俺のことに気が付くなり、驚いた表情を浮かべた。
「あれ、二コラさん? 同じ時間帯に会えるとは思いやせんでしたよ」
彼はそう言って、人懐っこそうな笑みを俺に浮かべてきた。
「ああ、こんなに早く再開できるとはな」
「ええ。会場の設営はあっしの方でやっといたんで。……検討を祈りやすぜ」
「ありがとうな、シルート」
俺はそういうと、魔王ヨルムに向き直った。
「では、体力テストなのだが……まあ、やることは簡単だ。外の会場で、この魔導士ヨハンナと戦ってほしい」
「フフフ。……父と同郷だからって、手加減はしませんわよ?」
そうヨハンナは笑みを浮かべてきた。
その大柄な肉体が示すように、よほど戦いに自信があるのだろう。
確かに彼女は高い魔力を持っており、また格闘技術にも自信があるのだろう。
幸い武器の類は持っていないようだが、それだけ素手で戦うのが自信があるとも考えられた。
まともに戦うと勝ち目はないが、善戦すれば合格点は掴めるか?
そう考えていたが、魔王ヨルムは少し申し訳なさそうな表情をした。
「はっきり言う。そなたの学力テストは、赤点だ。通常の方法では、もはや彼女と善戦した程度では合格点には至らない」
「う……やっぱり、そうですか……」
「その為、そなたに求められるのはただ一つ。……彼女を倒すことだ」
そういうと、魔王ヨルムは彼女のことを見据えながら忠告するように口にする。
「このものは、貧しき出自の中でもめげずに自らの才覚を発揮し、最年少で兵隊長の地位を得ている、才覚あるものだ」
だが、そう言うとヨハンナはかなり不満げな態度を見せてきた。
「才覚あるというのは失礼ですよ、魔王様。……私は金持ち連中よりも、何百倍も努力したのですから。シルートと私の差を見てください。みな、私より努力不足だというだけでございます」
魔王ヨルムは彼女にそう言われて、少しバツの悪そうな顔をしながらも俺に尋ねてきた。
「ま、まあ……それだけ将来を嘱望されている彼女を倒さねばならぬ。無論、無理に戦えとは言わぬが……」
「…………」
それを聞いて、俺は一瞬躊躇した。
彼女と真っ向から勝負をしても勝ち目はない。それだけ、彼女との実力差があるのは見て取れたし、そのことを分かっているからこそ、魔王ヨルムも気を遣っているのだろう。
……だが俺は、シルートからこの国の兵士たちに聴いたときに、ある致命的な見落としがあることに気が付いた。
そこを突けば勝機はあるかもしれない。そう俺は思い、訊ねる。
「一つ聞いていいでしょうか?」
「なんだ?」
「彼女を倒す、というのは『ヨハンナ殿が生殺与奪の権利を奪われること』という認識でよろしいですか?」
俺の発言に、なぜそんなことを聞くのか、とばかりに魔王ヨルムは答える。
「無論だ」
「であれば、その状態に持ち込む方法は、魔法や格闘技など、特に指定はないでしょうか?」
「当然だ。……だが、彼女はどちらも得意とするぞ?」
「そうなんですか? ……確かに魔力、つまり持って生まれた才能『だけ』は、俺よりも高いようにも感じますね……」
俺はわざとそう挑発して見せた。
彼女は恐らく自分を『努力家』だと思い込んでいるタイプだ。いわゆる『努力すればするだけ結果を出せる才能』に恵まれている、遅咲きタイプの人間に多い。
こういうとヨハンナはムキになったのか、少し顔を膨らませた。
「魔力だけが頼みだと思わないでいただけますかね?」
「ああ、失礼しました。……ただ、戦う前に10分ほど、ここで準備をしてよろしいですか?」
俺がそう訊ねると、魔王ヨルムも特に疑問を持たずに、席を立った。
「……そうだな。確かにその恰好では戦うのは厳しいだろう。承知した」
「せいぜい、コンディションを整えておきなさい? あんたをボロボロに叩きのめしてあげるんだから……」
そう言って魔王とヨハンナは部屋を出て、外の会場に向かっていった。
そして部屋に残されたのは、俺とシルートの二人だった。
彼は俺に心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫なんですかい、二コラさん? ……その、彼女は滅茶苦茶強いですよ? 正直……腕を折られた受験者も居たくらいですから、あまり刺激しない方が良かったんじゃないっすか?」
「いや……。あの場では刺激するのが最善手だったんだ」
そういうと、俺は少し時間をかけながら、シルートと話をしながら準備を始めた。
そして俺は、準備を始めて試合会場に向かった。
会場と言っても、周辺の雑草と石ころをどけて線を引いただけの、簡素なものだったが。
「それでは、体力試験を開始する。……はじめ!」
その魔王ヨルムの合図を下す。
「さて、二コラさん。あなたは私を倒すって言いましたね? ほんとにできると思ってるのですか?」
やはり、先ほどの挑発が効いているのだろう、少しいらだったような口調でヨハンナは尋ねてきた。
俺はあえて含みを持たせたような口調で、右手を後ろに隠して答える。
「さあね。あんたの方こそ、かかってきたらどうだ?」
「ふうん……じゃあ、早速行かせてもらいますわね!」
そう言うとともにヨハンナは魔法を唱えてきた。
「さあ、これはどう避けるの?」
何となくだが、彼女が水系の魔法の使い手だということは勘づいていた。
彼女は水流をいくつも作り、それを左右から俺に向けて叩きこむ。
「おっと!」
俺は何とかそれを交わすが、その瞬間にヨハンナは俺の懐に潜り込み、腹に貫手をお見舞いしてきた。
「それ!」
「ぐ……」
その魔力を込めた貫手は強烈だった。
俺は一瞬ふらつきながらも、土魔法で呼び出した砂礫を彼女の顔にぶつけた後に掌底を打ち込み、距離を取る。
「く……やるわね!」
魔力の低い俺は、こうやって相手の鍛えられない急所を狙うような戦い方をするしかない。
格闘についても、旅ばかりしていて鍛錬する時間がない俺は、肘や掌底など『鍛えなくても硬い部位』を利用して攻撃するしかない。
だが、この行為に『卑怯』だと言わないところに、彼女のプライドが感じ取れた。
「今度はこっちから行くぞ!」
そういうと俺は剣を握ってとびかかる……ように見せかけ、以前行ったように地面に向けて魔法を唱えて衝撃波を放つ。
だが、彼女はそれに動じる様子もなく飛びのいて交わす。
「そんなの、見え見えです! 無駄ですよ!」
やはりだ。
彼女の親は俺と同郷だ。やはり俺の手の内は読まれるのだろう。
「なら、こいつは……!」
「遅いです!」
そう言うと彼女は一瞬で距離を詰めてきて、俺の右手を強烈な回し蹴りで蹴り飛ばす。
「しまった!」
俺はやや大げさに驚いて見せた。
俺の右手から、隠し持っていたナイフが弾き飛ばされる。
「そんな小技、効くとでも? さあ、これで終わりですよね!」
そして彼女は思いっきり胸倉をつかみ上げ、地面にたたきつけてきた。
「ぐは!」
そのまま彼女は魔力を込めて俺を拘束すると、その首を締め上げてくる。
「うぐ……」
「さあ、降参なさい! もう、あなたの負けですよ?」
俺に屈辱感を与えるためだろう、彼女は意図的に絞める力を弱めているのは分かった。
……だが、俺は自分の作戦通りに運んでいることを確信した。
(よし……こう来ると思った……)
そして彼女は自分のことを『努力家』と思い込んでいる。
であれば、ちょっと『お前は才能に頼っているだけ』とでも挑発をすれば、彼女が努力の余地が魔法より大きい、格闘技を使って俺を追い込んでくることは分かり切っていた。
加えて、彼女は女性にしては大柄だが俺とそう体格は変わらない。
ゲームと違って、男女の体格が同じくらいなら、どうやったって女性のほうが筋肉量は少なくなることが多い。
そんな彼女が打撃ではなく、体格差の影響の小さい組み技に頼ることも予想通りだった。
「誰が……降参……するかよ……!」
俺は苦し紛れに振りほどくふりをして彼女の両手をがっしりと掴み、つぶやく。
そう言うと、ヨハンナはフン、と笑って俺の首を絞める力を強めてきた。
「なら、このまま締め落としてしまいますわね? ……私を甘く見たこと、後悔させて……」
「勝負あり!」
だが、彼女が本気を出す前に魔王ヨルムはそう叫ぶ。
それに驚いたように、ヨハンナは彼の方を見た。
「なぜです? まだ戦いはこれからじゃ……」
「……気づかなかったのか? ……後ろを見てみろ」
「後ろ……え……? 嘘……?」
そう、後ろではシルートが剣を構え、ヨハンナの首筋を正確にとらえていた。
「すいやせんね、ヨハンナさん。あっしも、『友達』に頼まれちゃ断れねえんでさあ……」
口ではそう言うものの、普段からヨハンナに馬鹿にされていたことに対して内心では快く思っていなかったのだろう。
シルートは嬉しさを隠すような表情で、そう言いながらヨハンナを見据えた後、魔王ヨルムに訊ねる。
「魔王様! この勝負の結果はどうなりやすか?」
「ああ……。多少卑怯ではあるが……この勝負は……二コラの勝ちだ」
魔王ヨルムは、そう答えた。
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