3-2 二コラにも久しぶりに友達が出来たようです

「それで、俺は結婚相手探しの旅に出たってわけなんだよ」

「あはは、二コラさんも大変っすねえ!」



俺は次の国に向かう途中、『シルート』という男に出会った。

彼はどうやら、その国の重臣に仕える従者とのことで、お使いの帰りのようだった。



「シルートは結婚相手とかは探さないのか?」

「え? あっしは……そうっすねえ……」



彼は俺よりもだいぶ年上だが、呼び捨てで呼んでいいと言われたので、そうしている。

ここ最近俺が訪れた国では、最初から異性があてがわれ、彼女らとのやり取りに時間を割かれていた。


そのためあまり同性の友人を作る機会がなかったこともあり、こんな風に男友達とするような話をするのは楽しかった。



「あっしは収入も少ないし顔もこの通りなんで、女性からは相手にされないんすよ。告白しても『やめてよ、臭い!』なんて言われることもありやしたからね。アハハ!」



彼は厩で牛馬の世話をしているのだから、体臭がするのは当たり前だ。

そんな気の毒な話を笑ってするあたり、彼の人の良さがにじみ出ていた。



「それは相手の女性が悪かっただけだと思うよ。シルートなら良い結婚が出来ると思うけどな」

「そうっすかねえ……。けど、あっしもなんだかんだで、いい年ですから。子どもを作って温かい家庭なんてのは、ちょっと夢物語になっちまいましたからね」


少し寂しそうな表情でシルートはそうつぶやく。

彼自身、結婚するために色々努力をしていたのだろう。だが、それでも容姿や収入と言った要素もあって相手にされてこなかったのが伺える。


また彼の年齢になってしまうと、彼がイメージしていたような結婚生活はもう送れないと考えているのも分かり、俺はそれ以上聴かないことにした。



「二コラさんは、どんな結婚相手がよろしいんで?」

「うーん……」



そう言われても、あまり俺はイメージがしづらかった。

正直なところ、旅に出た時には『俺を大事にしてくれる人』であれば良かったと思った。


だが、イルミナみたいに「なんでも与えてくれる人」との生活は逆に辛いだけだった。

サンティは魅力的だし彼女なりに俺を大事にしてくれたが、流石に「改める気のない薬物中毒者」は論外だ。


そう考えながら答えに窮していると、シルートは少しにやついた笑みを浮かべながら、女性の好みについて語る。



「あっしは普通の女性がいいっすねえ……。こういうと批判されるかもしれやせんが、若くてきれいな妻と、あっしを尊敬してくれる子どもを育てるような人生が送りたかったっすから」


彼の口調では既にこれが『過去形』になっているところが、気の毒であると同時に好意を持った。



彼の年齢で、今のような結婚観を『現在系』で語るような男は、大抵の場合勘違い男になるからだ。



「けど、二コラさんはまだまだ若いんすから! だから、あっしが望んだような結婚を代わりにやってくださいよ!」

「あはは、ありがとな、シルート。この国で良い相手を見つけることが出来ればいいんだけどな。……ところでこの国はどんな国なんだ?」


それを聞くと、シルートは少し悩むような様子を見せた。



「一言でいうと、実力主義の国っすね。能力が高い人は産まれや出身に限らず、要職に就くことができるって世界っす」


「へえ。じゃあ貴族とかそう言う立場の人もいないってことか? けど、それじゃあ学校とか通ってるやつの方が有利にならないか?」

「いえ、学校教育なんかも、うちの国は気合入れてるんで! あっしも読み書きくらいなら出来やすよ? そうだ、折角なんで読んでくだせえ」

「どれどれ……?」



そう言ってシルートは一冊のノートを取り出してきた。

趣味で吟じている詩だろう。


読んでみると正直、内容は読みにくい上に書かれていることも日常的なことが中心。韻の踏みかたも出来ておらず、内容もありふれた独身中年の出来事ばかりだ。



(へえ、なるほど……)



だが、彼なりに一生懸命考えて文章を紡いでいるという正直さが伝わってくる。

……きっとこの詩は売り物にはならないだろう。

そうは思ったが、俺は時間が立つのも忘れて、最後まで読んでしまった。



「あっしも昔は詩人として生きたかったんすけど……。何分才能がなかったもんでしてね。それに『負け屋』の仕事も忙しかったんで……」


負け屋?

聞いたことがない仕事だが、恐らくこの国独自の職業なのだろう。



「へえ……。けどさ、今こうやって働きながら詩を続けてるあんたも凄いと思うよ?」

「そ、そうっすかねえ? へへへ、ありがたいっすねえ」



そう言って少し恥ずかしそうにシルートは頭をかいた。

全く、気のいい男だ。彼を見ていると、この国で結婚相手を探すのが楽しみになってきた。



「けど、なんかいい感じだな。この国は。差別とかもなさそうだしな!」


だがそう言うと、シルートは少し表情を曇らせた。



「そうっすかねえ……。さっきの話だと、二コラさんは『勇者レイドの国』の出身っすよね?」


この世界にはいわゆる国名は存在しない。

その為、このように『為政者の名前』で出身地を語られるのが一般的だ。

俺の場合は「勇者レイドの国」、シルートの場合は「魔王ヨルムの国」となる。



俺がそうだと答えると、シルートの表情は曇る。



「なあ、やっぱりさ。今夜はあっしのうちに泊まっていいっすから、この国で入国手続きしないで、出てった方がいいんでないすか?」

「どうしてだ? この国では移民は認めていないのか?」

「いえ、『実力ある人なら』移民は歓迎されやすから、入国の時に試験に受かればだれでも出来やす。二コラさんなら多分合格できるでしょうが……」


妙に歯切れの悪い言い方をするのに、俺は少し違和感を感じた。



「その、勇者レイドさんって、女性を自分のものにするために色々とやってきやしたよね?」

「ああ。一番ひどかったのは、少女の『救済』だな」

「その話は、あっしも知っていやす。ひどい話でしたね」


俺の国では奴隷制度が存在しており、その中で他国から売られた少女が売られていた。

勇者レイドは毎週その奴隷市に行き『若くて可愛い女』を買いあさっていた。


それだけでも問題視されていたが、勇者はとにかく、貧しい女を経済力で支配することを『善行』と考えている節があった。



たとえば可愛い女の子の居る民家の噂を聞きつけると、彼らに対して『救済金』と称して多額の金銭を『貸し与えて』いた。


そして満足に教育を受けていない両親は、そのお金を浪費してしまう。

それによって少女に借金を負わせ『こんな貧しい家に女の子がいるなんて、可哀そうだ』と善人ぶって少女を後宮に住まわせ、慰み者……もとい、侍女にする。



そんな行為が横行しており、一部の悪徳貴族共は彼のやり方を真似していた。



「あっしは、悪いのは勇者レイドだってのは分かっていやす。けど、この国の人たちの中には『レイドの国』の男性ってだけで嫌な顔をする方も多いんすよ」



そんなことは慣れっこだ。

寧ろイルミナの国や、サンティの国で差別を受けなかったが、その方が寧ろレアケースだと思い、俺は笑って答える。


「ま、それくらいは覚悟の上だよ。けど、シルートの国って、差別はないって言ってなかったか?」

「確かに、身分による差別はなくなっていやすけどね……」


だが、


「……二コラさん。この世から差別をなくすなんて、人間が人間である限り不可能っす」

「ああ……」



そう、イルミナの居た『魔王ヒルディスの国』のように、人間そのものを根本から書き換えてしまえば、確かに差別は起きないのだろう。


だがそんなことができる魔王など、この世界にはそうそうない。

もっと言うと、魔王ヒルディスの作り上げた『素晴らしすぎる人々』とともに暮らすくらいなら、人間と奪い合い、憎しみあう世界の方がマシだった。



「それ以前に『差別がなけければ平等になる』って考えそのものが間違いなんすよ。あっしも……」

「シルートも何かあったのか?」



だが、そこまで言ってシルートは少し慌てたように訂正した。



「あ、いえ! 愚痴を言うのはやめやすよ! とにかく、事情は分かりやした。もし入国試験が終わったらうちに寄ってくだせえ! 夕飯くらいなら奢りやすから!」

「いいのか? それなら楽しみだな。ならお礼にこいつを渡しとくよ」


俺はサンティの国で仕入れて大事にしていた酒瓶を渡した。



「お、こりゃうまそうな酒っすね! いいんすか?」

「ああ、俺は飲めないからな。ただ、酒好きな子にいいかなと思って持ってたんだ。けど、詩を見せてくれたお礼もあるし、シルートにやるよ」

「マジっすか! こりゃ、いい酒っすね! ありがとうございやす!」



そういうと、シルートは大げさなくらいに大喜びをしていた。

彼は見るからに酒好きだと感じていたが、こんなに喜んでくれるなら俺も渡した甲斐があったと思った。




ちょうど俺達は分かれ道に来ていたので、シルートとはそこで別れた。


「それじゃまた、後でお会いしやしょう!」

「ああ、そうだな」



……まったく、気持ちのいい男だ。

『能力が低い』なんて本人はいうけど、彼の気さくな性格は、下手な『能力者』よりもはるかに実生活に置いては有力な力になる。



もし、彼が別の世界の出身だったら、彼も幸せに家庭を築いていたのだろう。



そう思いながら、俺は王城に足を運んだ。

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