2-3 二コラは「見たものすべてが可愛い猫に見える眼鏡」を付けました
「……そう言うことですね」
「分かったか。言ってみろ」
「今の魔王様のように、悪口や性的行為があっても、相手が同意している場合、俺に痛みは来ないんですね」
それが正解だったのだろう、魔王ミルティーナはフフ、と笑った。
近衛兵たちが彼女に回復魔法をかけてくれたこともあり、傷はすぐに治ったようだ。
「その通りだ」
「逆に俺が、突然胸をもむように『強要されたこと』に驚き、恐れたこと……その心痛が魔王様に返ってきたということですね」
正直、強要されたとは言えどもミルティーナほどの美女の胸をもめるのだ。
当然俺自身が受けた心痛など大したものではない。その為、多少苦悶の表情をする程度で済んだのだろう。
「そうだ。当然だがそこに性別の垣根はないということだ。……もし同意なく尻など触ろうものなら……腕が落ちることを覚悟した方がいい」
その発言に俺はぞっとした。
「もし、俺があそこで手を離さなかったら……俺の手も?」
「安心しろ。その前に近衛兵が貴様を引きはがす手はずだった。無論入国の許可はせんがな」
なるほど、この世界では『相手に与えた心痛』も含めて自分にフィードバックされるわけだ。
当然痴漢行為などは「触った感覚」ではなく「被害者の心の痛み」が返ってくる。
いじめなども「言った発言」ではなく「言われたものの心痛」が返ってくる。
確かにそうしないと不公平だとは分かるので、俺は頷いた。
「当然相手を不快にさせた時点で貴様にダメージが来る。例えば最初私に会ったような、性的な目を向けて不快にさせた場合も同様だ。その場合、棍棒で殴られる痛みは覚悟しておけ」
「こ、棍棒、ですか……」
「いじめの場合などは……加害者は失明することを覚悟するべきだ。また、現場を目撃しながらも、それを止めずに被害者を笑ったものなども、半盲となる覚悟は必要だな」
そういうと、隣にいた近衛兵が口をはさんだ。
見たところ、彼が近衛兵の中では最年少だろう。彼はくくくと笑いながらつぶやいた。
「この魔法が生まれたばかりの頃、多くのの国民が視力を失った。……みな、加害者である自覚がなかったのだろうな。……いい気味……いや、尊い犠牲だったと思うべきだろうな」
さらに、別の女性が答える。
彼女もきわめて若く、かわいらしい容姿をしている。
「私がセクハラされたときに見て見ぬふりをした連中も、右手の指を2本失ったわ。……当然の報い……ううん、悲しい被害だったわね」
なるほど、二人はいじめとセクハラの当事者だったのか。
……被害者の側になってみないと『傍観者』の行動がどれほどの加害行為なのかは気づけないものだ。
この国では、それはないのだろう。
それを言われて俺はこの国に入国するのをしり込みしそうになる。
だが魔王ミルティーナは、他の男性側近が持つような分厚い眼鏡を見せてきた。
「だが……当然、貴様を丸腰でこの国に放り込みはしない。これを進呈しよう」
俺は手渡された眼鏡を見て尋ねる。
「これは何ですか?」
「口で説明するよりも実際にかけた方が早い。かけてみろ」
「はい……」
そして俺は眼鏡をかけた。
すると、あの美しい魔王ミルティーナが、
「か、かわいいいいいい……」
魔法使いの帽子をかぶった、愛らしい猫の姿になった。
周囲を見ると、近衛兵たちもみな武器を持った猫たちになっている。
ただ現実世界の猫に比べると若干デフォルメされており『みんな同じ猫に見える』ということはないようだった。
「どうだ、これは私が開発した魔道具だ。かければ自分以外のすべての相手が可愛い猫ちゃんになるんだ」
この威厳のある魔王ミルティーナが『猫ちゃん』というかわいらしい言い方をするのを聞いて、俺は少しおかしくなった。
だが、笑うのはやめておこう。多分ビンタくらいのダメージは来るはずだ。
「なるほど、これをかけていれば、女性を性的な目で見ない訳か……」
「そうだ。同時に、醜い男たちを見た時に嫌悪の目で見られることもない。私は男達が美しい女が好奇の目を向けるのは許容できない。だが同時に、女達が醜い男を外見で不快と切り捨てることも、同様に許せぬからな」
彼女は俺の外見から判断して、若い男性に寄った話し方をしていることが分かった。
恐らくだが、年齢で相手を嫌ったり、ブス叩きをしたりするような人間も同様にひどい目に遭うのだろう。
そして一通り説明が終わったのらしく、魔王ミルティーナは俺に尋ねてきた。
「さて、どうする? この国に入国するか決めてくれ。もし入国するなら、仕事と住居を提供しよう」
それは願ってもない話だ。
この『応報罰の魔法』のペナルティは恐ろしいが、だが逆に言えばそれは他の住民たちも同じことだ。
それに、この眼鏡をつけていれば俺が異性を好奇の目で見ることもなくなるし、逆に眼鏡を付けた人からは『薄汚い男』とバカにされることもない。
常に言動に気を遣うように心がければ、大きな問題は起こらないだろう。
「住居と、仕事……ですか?」
「そうだ。この国では今、人手不足の仕事があってな。それを貴様にやってもらいたい」
「そうですか……。ですが俺は、あまり剣も魔法も得意ではないですが……」
やはり、と思い俺はそう答えた。
ミルティーナは俺の発言の意図が分かったのだろう、俺を安心させるように、手を横に振る。
「勘違いしているようだが、貴様の仕事は傭兵ではない。一種の仲介屋のような仕事だ。確かに仕事内容は楽ではないが、命の危険があるものではないから安心してくれ」
そう言われて俺は二重の意味で安心した。
正直なところ、移民して最初に悩むのは住居と職を得られないことだからだ。
移民と言うだけで排斥をしてくるような大家は多いし、そもそも物価が高くて路上でしか生活できないパターンもよく耳にする。
職についても同様で、こういう文明水準が高く農業や鉱業などが積極的に行われていない場所では、単に『健康な男性』と言うだけで職を得ることは難しい。
だが『応報罰の魔法』の恩恵だろう、移民が犯罪を起こす可能性が低いという理由故か、移民自体を断られることがなかったのは幸いでもある。
更に魔王ミルティーナは続けた。
「ところで貴様は、家事は得意か?」
「え? ……はい、出身国では下男として一通りの仕事はしていたので」
無論これも、俺の出身国で女性が大量に、『勇者』とやらに慰み者……もとい、側室或いは侍女として囲われたため、家事全般を男性がやることになったためだ。
そのこともあり、俺達は一通りの掃除・洗濯・炊事が出来る。
すると彼女は、とんでもない提案を俺にしてきた。
「そうか。……であれば、二コラ。貴様が我が国に来るのであれば、婚約者をあてがおうではないか」
「……は?」
俺は彼女の発言に思わず耳を疑った。
普通、そこまで都合のいい話があるのか? とも思ったからだ。
「実は私の従妹にサンティというものが居るのだが……。家事全般が苦手でな。それに……少し事情があり、結婚できていないのだ」
「サンティ様、ですか……」
「安心してほしい。彼女からは『良い男を紹介して欲しい』と依頼を受けていてな。それゆえ、貴様が拒まれることはないだろう。……入国したら、彼女の家に住んでくれればいい」
実際、俺たちの出身国でも『勇者』がやりたい放題する前は、こうやって近所の『おせっかいおばさん』が結婚相手をあてがおうとするような場面は多かったと聞く。
だが、話によると、この国ではそのような文化は廃れたと聞いている。
……この話には絶対に裏があるんだろう。
「なぜ、俺をそこまで信頼していただけるのですか?」
「お前ではない。信頼しているのは私のかけた『応報罰の魔法』だ。もしサンティを襲おうものなら、押し倒した時点で首が落ちると思え」
脅すわけではなく、ごく当然のこととばかりに魔王ミルティーナは答えた。
なるほど、だからこそ俺がサンティと同棲することになっても安心できるというわけか。
だが、それを差し引いてもいきなり一緒に住むように言うのは考えにくい。俺は念のためにもう一度尋ねた。
「ところで、その『事情』とは?」
「……容姿を心配しているのか? 私は人を容姿で判断することは嫌いなのだが、安心してほしい。彼女はこの国では、私の次に美人だ」
「いえ、そうではなく……」
「年齢か? ……貴様は満年齢で19歳だな? ならサンティは貴様の6つ上だ。不服か?」
「それは構いませんが……やっぱりいいです」
そもそも俺は別に、結婚相手に容姿や年齢は気にしない。
どんな体型であっても、どんな年齢が離れていたとしても、俺を受け入れてくれる人であり毎日一緒に笑って暮らせる人であれば、それが第一だ。
……だが、俺が聴きたいのは、その『今まで結婚できなかった理由』の方だ。
彼女が質問をはぐらかしたということは、彼女が結婚できない理由は恐らく、内面にあるのだろう。
「分かりました、ぜひその婚約、引き受けさせてください」
だが、俺はそう答えた。
魔王ミルティーナが『美人』と太鼓判を押したことは、正直理由としてはある。
だがそれ以上に、彼女が俺を少なくとも婚約者の一人として試す価値がある、と考えてくれたことが嬉しかった。
「おお、そうか。では早速手続きを行う。詳しい話はそこで聴いてくれ」
そういうと、俺は隣の部屋に案内され、何枚かの書類を書かされた後、行うべき仕事や済む住居についての説明を受けた。
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