1-7 レベルドレインで脳は破壊されました。……奪った側が
その日の夜。
「ふ~……。今日は疲れたなあ……」
「そうよね。二コラ、凄い頑張って戦ってたもの!」
最近俺達は離れで一緒に寝るようになっている。
勿論肉体関係は持たないようにしていたが。
……だが、今日の俺は少し考えが違っていた。
少なくとも、明確な性行為は、妊娠の恐れがあるから出来ない。だけどキスくらいは、してもいいかなと思っていた。
無論前から行いたかったことだが、彼女の狙いが俺の仮説通り魔力である場合、キス一つするのも大きなリスクだった。
……だが、今分かった。
この世界はあまりにもクリーンすぎる。だから、俺みたいな技巧に走るような戦いは、もうするべきじゃない。
そうやって彼らと戦うのは、例え道場での戦いでも卑怯だ。
……それに万一俺の戦い方から『相手を卑怯に出し抜くこと』を覚えてしまったら、この世界は崩壊する。
そうなったら、俺は悔やんでも悔やみきれない。
だから、俺はもう自分の魔力は惜しくはなかった。
そこで俺はイルミナに思い切って尋ねてみた。
「なあ、イルミナ……」
「なに、二コラ?」
「もしかしてさ。イルミナとキスとかセックスとかするとさ。魔力を奪われたりするの?」
だがその発言に、イルミナは笑って首を振った。
「え? まさか、ないない! 私たちは『分かち合う種族』なんだから! だからさ……」
そう言ってイルミナは俺の唇にキスをしてきた。
「……!」
その時、俺の身体にまた力がみなぎるのを感じた。
……違う、これはみなぎってるんじゃない。『流れ込んでいる』んだ。
「ね?」
……まさか……。
俺は猛烈に嫌な予感がした。
「ね? って……ひょっとしてイルミナ、今俺に……」
「うん。私の魔力をあげたのよ? 私たちは、こうやって性的な接触をすると、高い魔力を持つ方が、低い方に分けることになってるのよ」
「な……」
俺とイルミナでは、現時点でも圧倒的にイルミナの方が魔力が高い。
……だが、イルミナは今のキスで先ほどよりも魔力が減退している。そして俺はその分の魔力が増している。
「だからさ! あなたが私を抱けば抱くほど魔力が私から流れて行って、最後はお互いに同じ魔力に平均化されるの。最後は夫婦で同じ力を持てるってこと! 素敵でしょ?」
言われてみると、イルミナの両親も周囲に居た夫婦も、皆似たような魔力量だった。
(俺は……単にこの国の人たちは『同類婚』をしていただけだと思っていたけど……違ったのか……)
俺の国では魔力を持たないものは差別される傾向があった。そのため、魔力の高いものが低いものと結婚するケースは、よほど資産や容姿、年齢に格差がある場合に限られる。
そのこともあり、夫婦の魔力差が小さいことに特に疑問を感じていなかった。
だが彼らの場合には『魔力が近い者同士が結婚した』のではなく『結婚したからこそ、魔力が平均化された』のだ。
「じゃあ師範がみんな若い人だったのも……」
「ええ。うちの道場は、生まれつき魔力が高い人が師範になるの。けど、結婚して魔力を分けあったら師範でいられないでしょ? だから独身の人が師範になるの」
それを聞いて、俺はすぐにイルミナが師範でなくなった理由に気づき、心臓が跳ねるのを感じた。
「ってことは……まさか、イルミナは……!」
「うん! 私も二コラに魔力を渡すことになると思ったから! だから、師範を辞めたの!」
やっぱりだ。
イルミナの高い魔力は、生まれつきだったのだ。恐らくは人間だったころによほどの使い手だったことが推察できる。
……つまり、イルミナは俺から魔力を『奪おう』としていたのではない。
最初から『与えよう』としていたということだ。
イルミナはあっけらかんとした態度で尋ねる。
「けどさ、二コラも嬉しいわよね? 男の人って気持ちよくなることと、強くなることが大好きって聞いたもの!」
「……いや、それは……」
「私を抱いて気持ちよくなって、しかも魔力を増やして強くなれて! ねえ、嬉しいでしょ? もっと喜んでくれてもいいのよ?」
この世界では、魔力と言うのは一種の『才能』だ。
生まれ持った魔力の量は決まっており、基本的に一度失った魔力は戻らない。
その為、魔力を失うことは自分の社会的地位を失うことに等しい。
いや、イルミナほどの魔力を持つものであれば、それを失うのは手足を失うのにも匹敵するはずだ。
実際俺は、彼女から道場師範と言う地位をすでに奪ってしまっている。今度は魔王ヒルディスの側近という立場すら奪うことになりかねない。
……だが、イルミナはなんの惜しげもなく、俺に魔力を渡してくれた。
よそ者の俺が、彼女に差し出せるものはなにもないのに……。
(俺は……イルミナと会うべきじゃ、なかったんだ……)
そう思った瞬間、俺は急に涙が頬をつたった。
「どうしたの、二コラ? そんなにうれしい?」
イルミナは、俺が罪悪感で泣いているのを『うれし泣き』と勘違いしたのだろう。
「イルミナ? ……俺に渡した魔力って、イルミナは元に戻るのか?」
「ううん、失った魔力は一生戻らないよ?」
「逆に、俺がイルミナに魔力を渡すってのは?」
「水が低いところから高いところにのぼるわけないわよね? だから心配しなくていいわ?」
違う、俺は『奪われる』のが心配なんじゃない!
イルミナから大切な魔力を『奪ってしまう』のが嫌なんだ!
……そう思ったが、この話で分かった。
彼女が俺に魔力を奪われるのを拒めないのと同様、俺が彼女から魔力を『奪ってしまう』ことも拒めない。
つまり、彼女と結婚して肉体関係を持てば、強制的に俺は彼女から魔力を、ひいては彼女の社会的地位も奪うことになる。
そう考えていると、彼女は俺に近づいて、
「えへへ。嬉しいなら、もっとあげるね? ……ん……」
そしてイルミナは俺に再びキスをしてきた。
……俺が本当に喜んでいると勘違いしたのだろう。
また、力が俺に流れ込んでくる。
……そして同時に湧き上がってくるのは罪悪感から来る猛烈な吐き気だった。
「一度に渡せる魔力量は大きくないけど……半年もすれば、完全に平均化出来るわ? そうしたら私たちは、対等の関係で愛し合えると思うわよ?」
彼女にキスされて、俺はそのまま彼女を押し倒したくなる情欲にかられた。
……だが俺は、それによって起きる結末を想像し、イルミナを引きはがした。
「イルミナ! ……頼む、二度と俺に魔力を渡さないでくれ!」
「どうして? 二コラ、強くなれたら嬉しいっていってたじゃない? あ、そうか! 結婚を強要されるのが怖いんでしょ?」
そんなわけないが、イルミナはそう言うと苦笑して手を横に振る。
「大丈夫、そんなことしないわ? 結婚する気が無くても、魔力だけ持って行っても構わないわよ、私は?」
「イルミナ……」
つまりイルミナは、俺が逆に『用が済んだらポイ』をすることも辞さないということだ。
だが、俺はもう、これ以上イルミナから魔力を奪うのはゴメンだ。
「それは、嬉し……」
それは嬉しいけど……、という枕詞を言おうとして俺は止めた。
彼女は俺の欲求になんでも答えてしまう。社交辞令でも『嬉しい』なんていったら、容赦なく彼女は俺に魔力を与えてくることはすぐに分かった。
「……いや、そうじゃなくてその……。イルミナも魔王様の側近の仕事があるだろ? そういうのが片付いてないと思うし、結婚するまでは魔力を保っていた方がいいだろ、な?」
「フフフ、優しいのね、二コラは。……そうね。そこまで言うならそうするわね? おやすみ、二コラ」
そう言ってイルミナはベッドに横になり、眠りについた。
イルミナが眠りについた後、俺は離れから出て、魔法を使ってみた。
「はあ!」
俺がそう地面に魔力をこめたら、地面が大きく揺れ、大木がズシン……と倒れた。
やっぱりそうだ。
こんなこと、前の俺には出来なかった。
これだけの魔力があれば、俺は元居た国で貴族階級にもなれたかもしれない。
……それだけの魔力を俺は、イルミナから奪ってしまったのだ。
「はーはははははははは! はーはははははは! ……ははは……ははは……は……」
罪悪感を少しでもかき消すため、もう笑うしかなかった。
……理由は逆だろうが、この国にいたとされる『勇者』もこんな風に笑っていたのだろうな。
(関係は対等であるべきだろ? 俺は、こんなこと、してほしくなかった……!)
そう俺は心の中で叫んだ。
……この世界には『自分のために何かしてもらえて当たり前』『相手からの施しはすべて遠慮なくもらう』という人間はたまにいる。
だけど、俺はそういうタイプじゃない……というより、そんな人間になりたくない。
「一緒に遊びにいった友達に、食事代など全部奢らせて、当然という顔をする人」
になるなんて、断固お断りだ。
(……かわいい子に尽くしてもらえて、しかも魔力ももらえて……。きっと喜ぶべき、感謝するべきなのに、全然嬉しくないなんて……俺は、ひどい奴だよな……!)
だがイルミナは、自分が弱体化して俺が強くなること、相手の快楽のためセックスに応じるということについて、俺が喜んでくれると信じて疑ってもいなかった。
イルミナ以外にも、ここの『愚かじゃない人々』たちは本当に俺によくしてくれる。
……だが、それはあくまでも助け合う関係であってしかるべきだ。俺のような一方的に奪うだけの人間がいるべきではない。
(……俺は……イルミナの世界に、居てはならない存在なのかもな……)
俺はそう考え始めていた。
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