『ラスボス勝利後の新世界』で俺は結婚相手を探します ~『愚かな人間ども』に絶望した魔王たちが作った世界とは~

フーラー

第1章 「常に他者を第一に考えられる人類」を作った魔王、ヒルディス

プロローグ 「愚かな人間ども」を滅ぼして「愚かじゃない人間」を作り変えるようです

「魔王ヒルディス! なぜ人間を滅ぼそうとする?」


勇者はそう叫び、聖剣を握った。

魔王ヒルディスは彼の叫びに対して、フン、と見下すような表情を見せる。



「決まっている……。貴様ら『愚かな人間ども』に愛想が尽きたからだ」

「愚かな人間だと?」

「そうだ。……私を愛していると言っておきながら、裏切って敵国に売り渡した婚約者……口では友情を訴えながら本心では私をあざ笑っていた元親友……そして、都合のいい時だけ救世主だという癖に、平和になったとたんに厄介者扱いするお前たちのことだ!」



怒りを込めた表情でそう叫びながら、魔王ヒルディスは叫んだ。

それを聞いて、勇者は首を振る。



「違う! 確かに人間は愚かかもしれない! だが……(以下、よくある『すべての人間がそうじゃない論』『俺は多くの人に助けられた自慢』が展開されるため省略)」

「フン……くだらんな」


だが、勇者のその安っぽい口上は魔王ヒルディスの侮蔑の発言と共に否定された。


「その手の口上を訴えられるのは、右に美しい恋人が、左にお優しい親友殿がいるからだ」


勇者の両隣に居る僧侶と魔導士を指さしながら、魔王ヒルディスはそう訊ねると勇者は思わず黙る。



「ぐ……」

「立場が違えば、私とお前の立場は逆だっただろう。……そうは思わないか?」

「……かもしれないな。だが、それでも俺は人間を……」

「愛している、か……。フン……では、その力を見せてみろ!」



そう言って魔王ヒルディスは剣を構えた。

それを見て勇者もすっと剣を手に取り、



「ああ、どっちが正しいか……この剣で示そうじゃないか! いくぞ、みんな!」

「え、ええ!」

「ああ!」


そう言うと、魔王ヒルディスに斬りかかった。

それに呼応するように、仲間たちも共に戦いのために武器を構え魔法の詠唱を始めた。



……それから、しばらくの後。


「はあ、はあ……」

「フン、やるな……流石は伝説の勇者様と言ったところか……」

「流石だな、魔王。3対1なのにここまで戦うとは……」


両者の力はほぼ互角であり、互いに疲弊しながらもチャンスをうかがいながらそう笑う。



「たかが人間風情が、なぜそこまで戦える?」

「決まっている! これが俺たちの……絆の力だからだ!」


勇者はそう安い言葉を叫ぶ。

それを見た魔王は少し残念そうな表情を見せて、後ろに居た魔導士に目を向ける。

彼女はまた、覚悟を決めた様子でこくり、と頷く。


「絆、か……。私もかつてはその言葉を信じていたよ。……だがな、貴様ら愚かな人間の訴える絆など……意味はないんだ。……やれ、イルミナ」

「なに……ぐは!」



その瞬間、勇者は悲痛な叫びと共に倒れこんだ。



「ごめんなさい……ごめんなさい……勇者様……」



そこには、勇者をかつて『愛している』と言って愛を誓っていた恋人……即ち魔導士の姿があった。


「な……」


見ると、勇者の親友である僧侶もまた、彼女に刺されたのであろう、地面に倒れ伏し、こと切れていた。



「よくやったな、イルミナ」

「はい……魔王様……」

「お前、イルミナ……まさか……」

「そうだ。イルミナは元々我が配下だ。そしてお前を殺す機会をうかがうように伝えていたのだよ」

「そんな……嘘……じゃないのか……?」

「ごめんなさい……」

「俺を……愛してるって言うのも……か?」



魔導士イルミナは首を振ると杖を落とし、勇者の顔をそっと抱きしめた。



「ううん。最初は嘘だったけど……途中から、あなたを本当に愛していたわ? 優しくて、カッコ良くて……そんなあなたが大好きだった」

「じゃあ、どうして……?」

「……私は……あなたの考える世界に……共感できないもの……」


そう言うと、魔導士は勇者から手を離し立ち上がる。

魔王はその魔導士を手招きし、自分の右手に彼女を抱いた。

そして彼女が回復魔法を魔王にかけ始める。



「そういうことだ。……人を信じることの愚かさが分かっただろう? 勇者殿」



自分が必死になって付けた傷が、見る見るうちに癒されていく。

今まで自分を癒してくれた彼女が、魔王を癒していくのを見ながら、勇者は勝利を絶望的だと感じたのだろう。



「俺は……お前と歩む世界を……望んでいたのに……」

「それは分かっていたわ。……けど、あなたが治める世界もきっと……また、人が裏切って傷つけあって、苦しみ合うでしょ? 私だけ幸せにしてもらっても……私は嬉しくないから。今の人間が苦しみ合う世界は……一度再構築しないといけないのよ……」



魔導士イルミナもまた、かつて愛する両親に裏切られ、売られたという過去がある。

それを魔王に拾ってもらっており、そして勇者に『仲間のふりをして寝首をかけ』と命令を受けていたのである。


そのことを勇者はあずかり知ることもなかったのだが。



「じゃあ、俺は……何のために……あは……ははは……ははは……」


その魔導士イルミナの発言に心が完全に壊されたのだろう、勇者は突然、狂ったように笑い出した。



「はーはははははははは! はーはははははは! ……ははは……ははは……は……」



だが、その悲しい笑いもすぐに消え、勇者はほどなくしてこと切れた。



「……ごめんなさい、勇者様……」

「……勇者。人間共が、お前みたいな愚か者だけだったなら……私もこんな世界は滅ぼそうとはしなかったよ……」



傷が完全にふさがったのだろう、魔王はすでに息がない勇者の元にそっと寄り添うと、悲し気な表情で彼の目をそっと閉じ、聖剣を彼の胸元に置いた。

そしてすぐに立ち上がり、イルミナに声をかける。



「さて……。これで私の計画における一番の障害は排除した。……これから私は、この国にいる愚かな人間どもを滅ぼし……そして、我が魔力で新しい人類を再構築する!」

「ええ……魔王様」


イルミナも決意に満ちた表情で、そう頷く。



「『誰も人を裏切ることのない』『常に自分より他者を優先し』『すべての人を尊重した思いやりを持ち』『争い合うのではなく譲りあえる』そんな人たちを作るのだ!」



「はい、魔王様! ……では、まず私のことを作り変えてください!」



そしてイルミナは一歩前に出た。

それに対して魔王は驚いたような表情を見せる。



「なに? ……分かっているのか? 身体の改造とはわけが違う。お前は今までの記憶をすべて失い、まったく別の人間になるということだ。事実上……死ぬということだぞ?」

「ええ、分かっています。……ですが……」


魔王ヒルディスにとって、魔導士イルミナは本音では自身の命が惜しくて裏切ったものだと思っていた。


また、彼女の卓越した魔力は魔王自身にとっても惜しいものであり、少なくとも『人類の再構築』という悲願を達成するまでは少なくとも殺すつもりはなかった。


だがイルミナは傍に倒れている勇者の骸をちらりと見た後、悲痛な表情で答える。



「……魔王様の思想は理解していますが……大切な人を殺める命令を下した魔王様の元で……働く気はありません。私は、命が惜しくて裏切ったわけじゃありませんから」


「ふむ……お前の顔を見ればわかる。本心は違うのだろう?」



見透かすような表情で見据える魔王に対して、魔導士イルミナは頷く。



「ええ。本当に許せないのは魔王様ではなく、私……勇者様を裏切った私の醜さを……私は許せないんです。……魔王様のいう『愚かな人間ども』を滅ぼすのであれば、まずは私を!」

「……そうか……なら、これ以上は何も言うまい……」



そういうと魔王は手をかざした。



「新しい人間に生まれ変わったら……。今度は、誰からも奪ったりしない、誰にでも優しくて、分け隔てなく接する……そんな『愚かじゃない人間』になれるようにする。約束しよう……」

「ありがとうございます、魔王様。……それと……勇者様……本当に愛していました……。せめて天国で安らかに過ごしてください……私の最初で最後の恋と共に……」



そして魔王の手が光り、魔導士イルミナは光の中に吸い込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る