第32話

夏の陽射しも随分穏やかなになって最近はもうすぐやって来る秋の訪れを感じるようになってきた。

やっと新学期からの変化にも慣れ始めたので今日は彼女と放課後に一度別れてから駅前で待ち合わせをして遊びに行く事になっている。

初めて出会った日に行った後楽園で期間限定のイベントがあるのだ。

今までは、関係を隠していたのでこういった同級生が遊びに行きそうなイベントに行かないようにして、平日の病院終わりに遊びに行っていたのだが、

夏休み明けに学校で関係を隠す事をやめて以来学校でも話すようになったので、人目を気にせずに遊びに行けるようになっていた。


授業が終わると今日は下駄箱で待ち合わせをせずに

足早に学校を出る。

待ち合わせは夜だけど、家の場所の都合で彼女より遠い場所に住んでいる僕は急いで帰らないと色々と時間がギリギリになる。


家へと帰った時には、いくら暑さがマシになったといっても全身が汗だくになる。

荷物を置くと、すぐにシャワーを浴びてから昨日のうちに用意をしておいた浴衣に着替える。

浴衣に合わせる為にいつものスニーカーではなくブーツを履いて家を出る。




本当は下駄とかにするべきと思いつつ、家から結構な距離を歩く事になるので編み上げブーツを選んだ。

距離を歩くならスニーカーの方が向いているけど、浴衣と合わせる都合で今回は編み上げブーツを選んでいる。

見た目的には所謂、ハイカラさんコーディネートを参考にしていた。


ただハイカラさんを参考にしていても紺の無地に小豆色の帯のシンプルで落ち着いた色合いのものだったので、特に目立つ訳でも映える訳でもない。



今日の後楽園で開催されるイベントにはドレスコードがあって浴衣を着ていくと入園料が無料になる。

厳密には浴衣でなくても入園出来るが、せっかくならという事で浴衣で行く事にした。


遅めの時間に駅前の噴水で彼女と待ち合わせをしていると浴衣姿の彼女がこちらに歩いて来た。


「お待たせ。結構待たせちゃった?」


「いや、僕も今来たところ」


「そう?」


「うん。僕の方も思ってたより準備に時間が掛かったから」 


彼女の家の場所から逆算するに、これでも予想よりも早いくらいだ。

それに浴衣の着付けや普段と違う髪型もかなり手間が掛かっているのだろう。

だからこそ僕も照れ臭くてもそれを言葉にした。


「その、浴衣似合ってるね。髪型も普段と違うし」

最後の方は恥ずかしくて濁してしまったがそれでも彼女には伝わったらしい。


彼女の着ている浴衣は白地に紫陽花の落ち着いた雰囲気ながらも明るめの印象を抱かせるものだ。

濃淡のついた藤色で描かれた紫陽花がなんとも大人っぽさと清楚さを醸し出している。

帯は青色のシンプルなデザインで白地に紫陽花柄の浴衣によく似合っている。

髪も結って瞳の色と同じ紅色のとんぼ玉のついた簪で纏めていて普段は長い髪に隠されてる白いうなじが妙に色っぽくて目を逸らした。



「ありがとう。篁君も浴衣よく似合っているよ。ハイカラさんだ!」


「まさか、姫柊さんもブーツだとは思わなかったけど」


「それはね、前に美観地区で歩くの大変だったから歩きやすい感じにしたの。ネットで調べたらハイカラさんがあって下駄の代わりにブーツで良いって書いているし、篁君こそなんでブーツにしたの?」


「今日みたいに人が多い時は下駄よりブーツの方が良いかなって思ったのと、僕もハイカラさんを参考にしたから」


「二人とも同じものを参考にしてたんだね、でもお陰でペアルックだ」

 

「今日はイベントだから浴衣の人も多いし、お揃いの人は珍しくないんじゃないかな」


改めて指摘されると少し恥ずかしくて照れているのがバレないようにそんな風に返してしまう。







後楽園へと歩いていると近づくにつれて同じように浴衣を着た人が増えていく。

その中でも彼女は殊更に周囲からの視線を集めていた。

普段でも彼女の隣を歩くと多数の視線を感じるが浴衣で着飾った今は更に多い。

それでも以前程気後れせずに済んだのは僕も春から少しくらいは成長したのかもしれない。



後楽園へと入園すると紅葉がライトアップされていて夜ならではの演出を見る事が出来た。

春の桜と違って秋の紅葉には鮮やかさよりも散る前の寂しさを感じて苦手だったのだけどライトアップされた紅葉にそんな寂しさ感じる事もなく、ただ純粋に綺麗だと思えた。


「こんなに綺麗ならもっと早く気付けば良かったかな」

何気なく言葉にすると返事を期待していた訳ではなかったけど、隣の彼女が反応する。

「今気付けたから良いじゃん。来年も来れば良いし」

「まあね。君はいつから知ってたの?」

「結構前かな。夏織に誘われて一緒に行ったりしていたし」

彼女に言われてからそういえば、春に出会った時もいい場所があると言われてお昼に後楽園に行ったのだから彼女は以前からよく来ていたのも納得だった。

こんな事なら夏の時も来れば良かったと後悔する自分に現金なものだと内心で苦笑する。

多分一人で見ても僕は今のような感想は出てこないだろう。

彼女が隣にいるから今まで紅葉を見る時に感じていた寂しさが遠ざかっているのだ。

結局の所、僕にとっては何を見るかではなく誰と見るかが大事な事だった。


そうして散策をしていると、喧騒の中でも彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

夜の後楽園の中は広いし浴衣の人が多くて同じ学校の人が居ても気付かれず、会う確率は低いと思っていたが、彼女の容姿は目立つのか、早速クラスメイトの一団に遭遇してしまった。

なんとなく後ろめたく思ってしまってからもう関係を隠していないのだから問題ないと内心で開き直る。

学校で会う時のように挨拶をすると、いつもより数段テンションの高い声で返されて若干引き気味になる。

それでもイベント特有の雰囲気でテンションが高いのかクラスメイトは気にした様子もなくフレンドリーに接してくる。

そうしてクラスメイトの相手をしていると彼女が知らない男子に話しかけられてクラスメイトの一団を離れた。

それを横目に見ながら適当に相槌を打つ。

「それにしても、姫柊さんをデートに誘って抜け駆けしたのはどうかと思ったけど、お陰で姫柊さんの浴衣姿が見えたからそこだけはありがとう」

クラスメイトからの嫉妬と感謝の入り混じった言葉に苦笑する。

「僕が言うのも変だけど、どういたしまして」

「ホントにな。それにしてもよく姫柊さんをデートに誘えたな」

曖昧に笑いつつどう答えるべきかを思案する。

今日の後楽園のイベントは僕からではなく彼女から誘われた予定でそれを正直に言ってしまうと面倒な事になりそうだったので話を逸らす為にも先程の男子の事に話題を変える事にした。

「そういえば、さっき姫柊さんに声をかけてた男子はいいの?」

具体的な事は言わなくてもこちらが言わんとする事を察したのか、彼は問題ないとばかりに手を振る。

「多分、告白だけど結果はわかりきってるだろ?」

彼はご愁傷様とばかりに拝む真似をする。

それにはさっきの抜け駆け云々はいいのかと思いつつも僕もその予想には同意する。

「まあ、確かに姫柊さんが告白を受けるとは思ってないけど」

もしそんな相手が居るのなら僕なんかを誘わずに自分の意中の相手を誘うだろう。

「でもさ、せっかくなら見に行かないか?」

彼はそう言うと彼らが歩いて行った方向へと歩き始めた。

僕も結局それを止めるでもなく、クラスメイトの一団から離れて追いかける。


幸い彼らはそんなに離れた場所にはおらず近くの人通りの少ない場所に居たのですぐに見つける事が出来た。

周りの喧騒に紛れて近くの木陰に隠れると申し訳なく思いつつ彼らの様子を伺う。




以前から彼女はモテるという話は耳にしていたけど、こうして彼女が告白されている姿を見るのは初めてで盗み聞きをしているのは罪悪感を刺激されたが、それでも目を離せずにいた。

相手の男子は僕の記憶にない男子で多分違うクラスだと思う。

告白する事に手一杯で視野狭窄に陥っているのかこちらに気付く様子は全くない。

それに対して彼女はいつも通り余裕のある態度で相手の言葉を待っている。


「姫柊さん。一目惚れをしてずっと好きでした。僕と付き合って下さい」


彼の告白を聞いた彼女は申し訳なさそうな顔をすると穏やかな口調で断った。


「ごめんなさい。今は誰かと付き合うつもりはないの」


告白が終わって木陰を出るタイミングを探していると彼女がこちらの木陰に視線を向ける。

焦って隣を見ると先程まで一緒に覗いていたクラスメイトは既に逃走していて遠く離れた所にそれらしい背中が見える。

多分彼女がこちらを見たのは彼の逃走が原因だ。

今から僕も後を追おうとしても残念ながら歩幅を制限される浴衣を着ていて走るのには向いてない。

僕はこのまま逃走を諦めてこの場に留まる事にした。



相手の男子を見送った彼女は真っ直ぐに僕の隠れている場所を目指して歩いてくる。

「盗み聞きは少し趣味が悪いんじゃないかな?」

戯けた調子で言っているけど少しだけ咎めるニュアンスで言う彼女に素直に謝る。

「ごめん。覗くのはマナー違反だとは思ったんだけど」

「私が告白された事がそんなに気になったの?」

「まあ、人並みにはね」

「人並みね」

なんとなく、居心地が悪くなって話題をさっきの男子に戻す。

「それより、さっきの男子は断って良かったの?」

僕は知らない相手だけど見た目だけで判断すれば不細工ではないし顔も整っているように見える。

それこそ付き合ってから相手の中身を判断する事も出来た筈だ。

そんな不躾な質問にも彼女はわかってる癖にというような不満をのせて答える。

「見た目だけで一目惚れって言われても、中身を知ったら碌な結果にならないのは篁君もわかっているでしょ」

何の事は言わなくても通じた。

もちろん僕も碌な結果にならない事は理解している。

それでも聞いたのは話題を逸らしたかった事と、僕の個人的な感情の問題だ。

彼女の言う中身の部分を知っていたら別の結果になったのかと思わないでもなかったが、この場で口に出すのはやめておいた。

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