第2話


十七歳の春、平日の昼間から僕は大学病院に病気の定期健診に来ていた。

結果はいつも通りの要経過観察で大方予想通りとはいえ、大学病院特有の重い空気や他の患者を見ると気疲れするのは避けられない。

現在の時間は昼過ぎで、学生の身である僕は本来なら午後からでも学校に行くべきだけど、あまり乗り気にはなれず、会計を待つ間に病院に併設されたカフェに向かう。

病院内に併設されたカフェはアメリカに本社がある有名なブランドのカフェで、そこで時間を潰すのは病院が終わった後の小さな楽しみだ。

今日は珍しい事に同じ学校の制服を着ている女の子を見つけた。

あちらは空いている席を探している最中のようで偶々見ていた僕と視線が合った。

少しの間だけ考えてから、彼女は笑いながら手にドリンクを持ってこちらに向かって歩いて来る。

「同じ学年の篁君だよね。相席しても良い? 君も会計待ちでしょ?」

彼女はそう言って、僕の返事も待たずに対面の椅子に腰掛ける。

僕は返事をせずそのまま黙っていると、彼女は少し困ったように気まずげな声で聞いてきた。

「同じ学年のはずだけど、もしかして私の名前覚えてない?」

これ以上気まずい空気になる前に僕は慌てて否定する。

「姫柊さんでしょ? きちんと覚えてなかった訳ではないのだけど、ただこうやって話すのは初めてだったから、何を話せば良いのか困って……」

後半はほとんど消え入りそうな声で、僕は言い訳を口にした。

彼女はそんなこちらを少し笑いながら「良かった。覚えられてないのかと思っていたよ~」と言って少しホッとしている。

肩にかかる銀色の長い髪と紅い瞳に陶磁器のような白い肌と作り物めいた整った顔立ち。

表面的には日本人を平均化したような地味で目立たない僕とは共通点なんてない対極に位置する存在だ。

正直なところ何故彼女がこんな場所に居るのか見当もつかないけど、病院という場所柄的にも余計な詮索はマナー違反だ。

けれど、多分僕は魔がさしたのだろう。柄にも無く会計待ちの間にお互いの病気の事を世間話程度の感覚で少しずつ話した。

多分無意識に積み重なっていた檻のような気持ちを誰かに吐き出したかったのだろう。


僕は自分が先天性の病気で心臓と目を患って通院している事。

彼女は自分が先天性の色素欠乏症である事と他にも病気で随分長く通院している事。

僕は彼女とはずっと正反対で、今後も接点なんて無いのだと思っていたけど、それは僕の思い違いだった。

彼女は僕と同じ難病患者で初めて出会えた、同情や哀れみなく、対等な相手として同じ悩みを相談出来るかもしれない相手だった。

カウンセラーを紹介されても、辛いねとか、実感のの伴わない言葉ばかりで、重篤な病気にもなった事のないカウンセラーの人を同じ病気になった事がないのに僕の気持ちなんてわかる訳がないと思って拒絶していた。

同年代の難病患者と話をする機会は今まで無かった事もあり、自分の中で彼女に少しだけ興味が湧いた。

病院の会計が終わってから、僕らは学校に行くために病院のエントランスへ向けて重い足取りで歩き出す。

今から学校へ行けば午後の授業には出られるが、こんな時間から学校へ行くのは億劫だった。

正当な理由があっても、途中から教室へと入っていくのは気が重い。

教室に入った瞬間に周りの視線が自分に集まっている気がしてなんとも言えない気持ちになる。

それに田舎特有の公共交通機関の不便な部分で、通勤通学の時間以外はバスが極端に少ない。

半端な時間から学校へ行こうとすると、授業を受ける時間より通学時間の方が長くなりかねない。

スマホで学校までのバスの時間を計算してみると授業の時間より長い通学時間に調釈然としない気持ちになる。

憂鬱な気分で大学病院前のバス停でバスを待っていると、こちらに視線を向けて見透かしたような顔をする彼女が悪戯を思いついた子供のように笑って、僕に一つの提案をしてきた。

「これからお昼一緒に食べない? 良い場所があるのだけど」

こんな時間から学校に行く気にもなれず、僕はなんとなく彼女の誘いを了承した。

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