第58話 絡みつく触腕、焼き切る刃
相対する響と『影人』青淵。蜂起する陽力と陰力が互いの周囲の空気を震わせる。
「白波……響……」
そんな最中、月城 由良は今しがた命を救われた男の名を呟く。
「立てるか?」
「え、えと……ちょっと、難しそうです……」
不意にかけられた響の言葉に由良は申し訳なさそうに返す。由良の右足は腱を抉られており、立つことすら労力を要する状態だった。
「分かった。少し大人しくしててくれ」
「え? わっ!」
鞘に刀を収めた響は振り返り、由良を抱き抱える。そして後方の木陰へと飛んだ。
突然の事で驚き、縮こまっていた由良は優しく降ろされる。
「糸出してたよな? それで止血できるか?」
「でき、ます。その、ありがとう……ございます。けど、1人でアレと戦うんですか?」
由良は不安そうに呟く。
それは当然の心配だ。『影人』は1つでも位階が下の人間が単騎で挑めば命は無いと言われる存在。
響も以前遭遇し、圧倒された。
だが……。
「大丈夫だ。だからここでじっとしててくれ」
「え?」
「すぐに終わらせる」
響の中に不安は無かった。
その理由は『影人』の陰力の圧。
「伽羅に比べりゃあ全然だぜ」
かつて相対した者との差。そして何より、成長した己の力に自信があるからだ。
「俺と……伽羅がなんだって?」
伽羅という単語に眉を顰める青淵。
「知ってんのか?」
「あぁ知ってるね。あんなヘボい奴と比べられるのは心外だ」
(──あいつと面識がある? じゃあ今回も来ている可能性はあるな)
この襲撃に伽羅が関わっている可能性を考える響。実力に関しては青淵の言と響の感覚は乖離しているが、それは刃を交えれば分かることと割り切る。
「もう1つ聞きてぇ。さっきなんで攻撃してこなかった?」
響は由良を運ぶ際も警戒していた。しかし、追撃する所かただ笑って見ていた青淵の真意を問う。
「単純な話だよ。あの女は今助かったかも知れないと思っている。そんな奴が、目の前で助けてくれた恩人が死んだら……どんな顔するだろうなぁ?」
青淵はその様を想像し、下卑た笑みと共に唾液を垂らす。
「俺はな? 恐怖に歪んだ人間の顔が大好きだ! それを肴に生きたまま体を喰らい、陽力を取り込む! これはもう快感を超えた快感なんだぜぇ!」
それはもう愉快に、雄弁に、今まで行ってきたであろう所業を語る。
そんな青淵に響はゆっくりと刀を抜き、鋒を突きつける。
「そうかよ……なら、倒される覚悟は出来てんだろうな?」
その目、声には怒りの炎が灯っていた。
瞬間、響は地を強く蹴る。
バネのような瞬発は青淵との距離を一気に詰める。そして一閃が振るわれる。
「グッ!」
青淵は触腕が束となった右腕でその一撃を防ぐ。
(こいつ、なんて力……!?)
「こんのぉっ!」
青淵は触腕を力任せに振り抜き響を跳ね飛ばす。
響は空中にて宙返りし、何事も無かったかのように着地した。
「そこそこ硬ぇな。けど……切れねぇ訳じゃねぇ」
触腕が数本ちぎれ落ちる。青い鮮血が青淵の足元を濡らしていく。
「ふん、舐めるなよガキ」
だがしかし、青淵が言うや否や傷口がボコボコと蠢き、新たな触腕が生えてきた。
(治癒術……? いや、最初に生やした時も陰力を使って無かった。陰陽術じゃなくて触手を生み出す能力か)
響は青淵の能力を看破する。それと同時に、『影人』である以上陰陽術も想定する。
「『
響の予想は当たり、青淵は触手の上から岩の鎧を纏っていく。
(ま、見るからにそう言うスタイルだわな。けど……)
「得意な武器に術を纏わせるのはそっちだけじゃねぇぜ? 『
響が唱えると、その手の刃に炎が灯る。
火と土。刀と鞭のような触手。
「おいおい、中々相性いいじゃねぇか俺たち。その棒切れで防げるか試してやるよ!」
青淵が触腕を振るう。それは多角的な攻撃となる。
青淵の言う通り、火は土を強化する相生の関係であるし触手の方がリーチが長い。青淵にとって相性が良いのだ。
だが戦いは相性だけでは決まらない。
「『
響は天刃流防御術『風雲』によりその怒涛の攻撃を全て逸らしていく。
「なに!?」
接触は最低限であれば術同士が調和する事が殆どない。
それこそ
術同士の波長をきちんと調和させなければ強化の恩恵を満足に受けられない。自分と敵との場合、調和の必要が無く相手の元素を打ち滅ぼす
その事を理解している知識、それを加味して瞬時に『風雲』を行う判断力。
それを可能としたのが響の修行の成果だ。
そしてもう1つ。
(なんだコイツ!? ブチ切れてたんじゃねぇのか!?)
響は戦闘が始まると極めて冷静な思考になる事も理由だ。響自身は原因が分からず、ただそうなるとだけ知っている。
青淵の思う通り先程まで響は怒っていた。だがその冷静になろうとする脳の働きと燃え滾る感情が混ざり合い、極めて特異な『冷静な怒り』というものを体現していた。
「ガキがぁ!」
「うおおおっ!」
青淵の触手攻撃の苛烈さは増す。だが響はそれをものともせず逸らす、逸らす、逸らす。
そして刃に灯った火は更に激しさを増す。
陽力は感情の影響で質が変化する。
怒りは爆発的にその質を上げ、陽力の瞬間出力をも上げる事ができる。
その反面、頭に血が上った状態では術の想像や操作が大雑把になり、無駄に陽力を消費してしまう側面もある。
故に怒りは他の感情に比べて長期的に見るとコスパが悪くなっていたりする。
だが今の響は『冷静な怒り』を持っている。
それは術の想像を妨げず、尚且つ怒りの爆発的な質の上昇を受ける。
デメリットを踏み倒しメリットだけを受けていた。
故に……。
ズバッ!
響は鎧の上から触手を切り飛ばす。
触手は脅威では無いと判断し、正面から潰せると踏んだのだ。
「くっ! このぉ!」
青淵は負けじと触手を振るうが、先程と同じように切り飛ばされる。
そして響は踏み込み、また向かって来る触手を淡々と斬り裂く。青淵は切られた触手を再生させ鎧を被せてまた振るうが……時間稼ぎにしかならない。
気がつけば全ての触手を切断されていた。
「なにぃ!?」
「天刃流……」
響が青淵へと迫り、上段に刀を構える。これで決着……。
「くっ! まだだぁ!」
では無い。青淵は左手を触手へと変化させ、同じように鎧で覆った。
右のものと同じであるならば、また切り飛ばされるだけだ。
だがそうはならない。
ガギィンッ!
「何……!?」
響の刃は一本の触手によって阻まれた。いや、正確には鎧で覆った複数の細い触手を、1つに束ねたものによってだ。
響は飛び退き青淵から距離を置いた。
「危ねぇ危ねぇ……危うく死にかけたぜ。だがもう油断はしねぇ」
右も10数本あった触手を4本程に纏めて鎧を纏う。
「おらぁっ!」
そしてまた響に襲いかかった。
「『風雲』!……っ!」
響は変わらず『風雲』で逸らそうとするが、その攻撃の威力はさっきとは段違いとなっていた。刀を持つ手を弾かれる。
響は落ち着いて崩れた体勢を整え、逸らすのでは無く回避に切り替える。
「あれは……私の糸と同じ……!」
由良は後方で驚愕する。糸使いの由良は細い糸を編み込み、成人を10数人だろうと持ち上げる糸を扱う。
「でもそれを触手でするなんて……」
異形の体を持つ『影』ならではの戦法。由良に再び不安が襲い来る。
交流会中に高い実力を示した響であっても、『影人』には勝てないかもしれないと……。
響は鞭の射程から出ようと大きく下がり、由良の所まで戻ってきた。その様子も由良の不安を加速させる。
「に、逃げて……下さい!」
「え?」
由良は思わず叫ぶ。響は驚きのあまり振り返る。
「貴方1人なら……きっと逃げられます! だから、私なんて置いて逃げて下さい!」
せめて少しでもその時間を稼ごうとフラつきながらも立ち上がり、束ねた糸を構える由良。
足も負傷し、満足に戦えないだろう事は明らかであった。
それでも、一度自分の命を助けた響なら……生き残れば自分よりももっと沢山の人を助けられると考え、今ここで犠牲になろうとしているのだ。
「ハハハ! 面白い事言うなぁ嬢ちゃん? ならその勇気に免じてそっちから殺してやるよ!」
青淵は触手を荒ぶらせ由良の恐怖を煽る。
「うぅ……! の、望む所です……!」
由良は恐怖に涙を流し、足を震わせながらも懸命に立ち向かおうとする。
響は……。
「その必要はねぇよ」
「……え?」
由良を手で制し、その申し出を拒む。
「で、でも……」
「言ったろ? 大丈夫だって……俺は目の前の理不尽から逃げねぇ。力の限り戦い人を守る。それが陰陽師の白波 響だ」
尚も食い下がる由良に己が矜恃を示す。
その響の姿は、最初と変わらぬを自信を纏っていた。
「ククク……ハッハッハッ! 強がりはよせよ! 右を掻い潜っても、この左を打ち破った奴は居ねぇ!つまりどう足掻いても俺の勝ちなんだよぉ!」
青淵もまた己が勝利を確信している。
「強がりかどうか……確かめて見やがれ!」
響は一直線に青淵へと駆け出す。
右の触手が襲い来る。響はより激しく炎を纏った刃でそれらを切り払い進む。
その勢いは右の触手ではもう止められない。
「だが! コッチは防げるかなぁ!?」
右の触手を掻い潜った先、青淵は左の触手を動かし響へ差し向ける。
「なっ!?」
瞬間、その軌道は明後日の方角へ行く。青淵は何が起こったのか一瞬分からなかった。
やがてその正体を知る。
──響の左手。
それは銃の形になっており、指先から少量の火の粉が舞っていた。
青淵が触手を振るった刹那、響が放った炎の弾丸が青淵の左腕を弾いたのだ。
それは初等放出型陰陽術『炎弾』。
(馬鹿な……! 触手は20本編み込んでるんだぞ! 生半可な術なんて……!)
青淵の考える通り、響が撃った術はただの初等の術ではない。
本来刀印を行い術の力をあげる場合、刀印とは逆の手で術を放つ両手スタイルが基本。それ故に反対の手は空手、もしくは武器を使った術になる。
しかし響は刀印を銃に見立てイメージを強化、揃えた人差し指と中指を相手に向け……片手で術を放ったのだ。
刀印の術を強化するメリットを受けつつ、両手を使うデメリットを解消、銃のイメージで術の精度も上がった刹那の早撃ち。
弾自体も射程を切り詰め威力と弾速に特化。狙いも触手ではなくそれが生えている比較的防御の薄い根元の腕。
憑依型の響は放出型の術はまだ苦手だ。しかしそれは貫通こそしなかったが、青淵の防御を崩す仕事を十分に果たしたのだった。
(これで刃が届く!)
「く、舐めるなぁ!」
「っ!」
足元から青淵の体を覆い隠さんとする土の壁がせり上ってくる。
(間に合わない……! いや、まだだ!)
響は状況を瞬時に判断し、その型を変える。
鋒を相手へ、地面と水平に。
そして目線の高さに刀を構える。 そして強く地面を踏み締め、飛び出すように青淵へと迫る。
「天刃流……!」
放たれるは、天刃流の中で最速最長射程を誇る太刀筋。突撃の勢いと腰の捻り、腕を突き出す力を鋒の一点に伝える、流星の瞬きが如し平突き。
攻撃範囲は狭く、外せば大きな隙を作る諸刃の剣。その名を……。
「『
真っ直ぐな炎の軌跡描いたそれは、壁が覆うよりも早く青淵の心臓を貫いたのだった。
「ぐあっ……! に……人間、如きに……!」
青淵は心臓を穿たれ青い血を吐き出す。よろめいたその体は、やがてゆっくりと背中から倒れ伏すのだった。
動かなくなった青淵を見下ろす響。
響自身に大きな傷もなく、由良の命に別状は無い。
完全勝利を収めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます