第56話 臣也VS蓮 決着
『
岩王腕と同じく地面を利用して形作った、般若の面をした石像だ。筋骨隆々なその身は正に『力』を体現しているよう。
(腕の時より陽力の圧が強い……まずは小手調べだ)
蓮は距離を取って警戒しつつ剣を振るって木片を撃ち出す。それは石像に全弾直撃した。しかし……。
「何……?」
(根が成長しない……!?)
木片は着弾と同時に込められた陽力を使用して根を張る筈だった。しかし木片が少し蠢いただけで根にならない。
(いや……物理的に抑えられているのか!)
石像に埋まった木片は成長しようとしているものの、周りが硬すぎて根を張る隙間がないのだ。
やがて撃ち込まれた際の傷も塞がり、木片は完全に石像の中に封印されるのだった。
「まずは技1個、攻略したぜ」
臣也は得意気に口角を上げる。だがそれで戦意喪失する程蓮は弱くない。
「ならこいつはどうだ?」
剣を大きく振り被る蓮。陽力を纏い輝いた剣から臣也は次の攻撃を予測、対処に移る。
「『
振り下ろされた『根生剣』は刃から急激に成長し、巨大な根の奔流が臣也と石像を襲う。
「あらよっと!」
臣也は右側に大きくステップを踏む。すると石像もその巨体を動かし、根を躱すのだった。
「何っ!?」
見た目に寄らず機敏な動きに蓮は驚く。
(式神でもねぇのにここまでレスポンスが早いだと……!?)
式神はある程度自立している事で簡単な指示で素早く動く。しかし物質を操る術は陽力に思念を載せて1から操作する必要がある為、レスポンスは遅い。
その筈なのだが、臣也の石像はそれを感じさせない程機敏だ。
「くらいな!」
石像はその巨体を捻り、とてつもないパワーが込められた拳を振るう。。
「チッ!」
蓮は根から剣を切り離し退避する。直撃はしなかったがその衝撃で大きく吹き飛ぶ。
蓮が居た場所は石像の拳によって大きなクレーターを形作られるのだった。
(まともに当たったらヤバいな……それより、動きをトレースしてるのか)
蓮は石像の動きのカラクリを見抜く。
それは臣也の動きが石像に投影される事。いちいち操る為思考を念として送るより動く方が早い。それこそ機敏な動きのカラクリだった。
(そしてもう1つ……)
思考しながら刃を陽力で再生させる蓮。そのままもう一度根の奔流を石像へ放つ。しかし先程迄のそれとは早さも規模も上がっている。
(広いし早くなった!? さっき迄のは本気じゃなかったのかよ!)
予想以上の速度で迫った根に驚愕する臣也。腕を重ねて石像に防御態勢を取らせる。
高い耐久を持つ石像もその攻撃には流石に防御した腕に傷が着く。そして臣也の腕もまた傷つく。
(やはりな!)
「『
すかさず蓮の左手から放たれた初等放出型陰陽術。追尾を付与されたそれは根と石像を回り込むように大きく弧を描き、臣也の側面を襲った。
「ぐっ!」
ダメージを受けてよろめく臣也。体勢が崩れた事で石像もよろめき、根によって後方に押し流される。
やがて発動時間が過ぎた根は消えた。
「いてて……」
立ち上がる臣也と石像。どちらの脇腹にも傷がついて居た。
「やっぱりな。お前と石像は動きを共有して操作を早めている。だが、代わりにダメージも共有するようだな」
蓮の考察は当たっている。
『呪操岩王像』は2つの特定条件が課せられている。
1つは石像の顕現中、他の術式は事前に決めた1つしか使用出来ない。
2つ目は感覚共有。操作の単純化として自分の動きをトレースするが、代わりに五感や痛覚を共有している。
故に石像が傷つけば術者も傷つくし、逆もまた然り。
(石像は硬くて破壊は骨が折れる。なら術者を狙う!)
「『大生樹根』! 急急如律令!」
蓮は一際多量の陽力を練り、剣へと送る。刀印と末尾詠唱も加えて速度、規模が増した根が臣也へと放たれる。
「まだギア上がんのかよ! チートアイテムめ!」
臣也は回避不能と見てまた防御態勢を取る。実際防御力は高いので石像は表面が傷つくだけだ。
しかし……。
「『根刃』」
「がっ……!」
足元から生え出た幾つもの鋭い刃が臣也に突き刺さる。感覚共有で石像にも穴が開く。
(石像が維持できなくなるか、術者が倒れるか……どちらにせよ、そうなれば俺の勝ちだ!)
石像を『根生剣』で抑え、自身の術で臣也を攻撃する攻めの姿勢を崩さない蓮。
「こんの!」
臣也は痛みに悶えながらも拳を振り抜き、石像に絡みつく根を砕く。その風圧で蓮はまた飛ばされそうになるが、今度は足元に根を張り踏ん張る。
「くぅ……!」
(パワーはやっぱ侮れねぇ……! さっさと術者を戦闘不能にしねぇと……!)
臣也を追い詰めているようだが、それでも蓮は焦っていた。
先程までのように大規模な攻撃を放つ為には膨大な陽力が必要だ。蓮は『根生剣』の能力を利用する事で幾らか消費は少ないが、それでも何度も撃てば陽力の底が見える。
対して『呪操岩王像』は物質操作系の術式である事で陽力消費は比較的少なく、加えて特定条件により強力。
大規模な攻撃でしか止められないのだからその力は凄まじい。
いつこの状況が崩れてもおかしくは無いのだ。
(……なんだ? 奴の様子が……)
風が吹く中、腕の隙間から臣也を覗くと、何やら様子がおかしい事に気がつく。
臣也の傷口が再生しているのだ。
「治癒術……!? いや、違う……なんだあれは!?」
治癒術による白い輝きとは異なる橙色の光が臣也の傷口を癒していた。
「『
五行濾過……それは臣也が編み出した高等術式だ。
術式から五行の性質を抽出し他のものに付与する術式だ。五行の元素にはそれぞれ性質があり、土の場合は再生と堅牢である。
デメリットもある。
抽出する際、陽力→五行の術のように1回変換しなければならない。そして五行の術から元素を抽出し、様々なものに付与するという手間がかかる。
一方、上記を踏まえた上でのちょっとしたメリットもある。
それは抽出し終えた出涸らしである術は陽力に戻り、それをまた別の術に使用できるという事。
しかしその陽力の質は落ちる上、五行に対応した力の無いプレーンな陽力となる。
つまり、それで得意な土の術を作っても、得意でない他の五行の術を扱うように大きく効率が落ちるのだ。
臣也は質が通常より落ちる事は妥協。代わりにその陽力を効率の落ちる五行の術では無く、ただ纏う事による強化に使っている。
(我ながらリサイクル上手だわ)
臣也は『呪操岩王像』とは別に事前に決めていた『五行濾過』しか使えない。だから今基本の肉体強化術式を使っていない。
だが五行濾過による再生と堅牢性の付与、出涸らしの陽力を纏う事である程度補い、防御面は肉体強化術式を使うよりもやや強くなっている。
これも臣也の修行と工夫あっての物だ。
「行くぜぇ!」
臣也と石像は走り、蓮へと向かう。対する蓮は臣也へ向かって木片を放つ。が、それは石像が左手を奮った風圧で届かない。
(やっぱまず石像を止めるしか無いか!)
術者を狙うにもまず石像の動きを食い止めてからではないと話にならない。しかし、石像を止める為の大規模攻撃はそう幾度もできる訳では無い。
(余力を残す為にも……次で決める!)
バトルロワイヤルだからこそ、ここを乗り切ってもまだ先がある。故に次で勝負を付けに行く。
「出力最大!『大生樹根』! 急急如律令!」
この場で使える最大の力で根を放つ。
「受け止める!」
臣也は変わらず石像で受け止める。だがそれでは術者への攻撃は止められない。
(こいよ! 耐えてみせる!)
五行濾過で抽出した土元素の性質……堅牢の防御力で受け、再生しつつ攻撃に転じる。肉を切らせて骨を断つ作戦。それが臣也の狙いだった。
「『根球結界』急急如律令!」
だが狙いは外れ、臣也の体は球状の根の結界に覆い尽くされた。
「閉じ込められた!?」
蓮が放ったのは攻撃では無く閉じ込める為の結界。しかも円方陣のような半透明で無い為視界は塞がれる。
「終わりだ! 『螺旋樹槍』! 急急如律令!」
間髪入れず放たれる螺旋の木槍。それは回転しながら真っ直ぐ進む。狙いは勿論結界の中の臣也。
「見えてるぜ?」
しかし、臣也は石像と五感を共有している。結界で覆われたとしても石像の視界が外を見る目となる。
左手を動かし、槍と結界の間に割り込ませる。
ガギィンッ!
槍が石像の手に突き刺さる。
「まだだ!」
蓮の言葉の通り槍はまだその回転を止めず、そのまま掘削機のように掘り進む。
「破られる!? なら術者を!」
臣也は石像の右手に砂を集め固める。それは棍棒の形となる。 このタイミングなら蓮は避けられない。
「潰す!」
「貫け!」
棍棒が振り下ろされるのが先か、槍が貫くのが先か。
結果は……。
「がっ!」
「ぐぅ!」
全くの同時だった。
ダメージで互いの術式が解ける。地面に倒れ込む両者。
「う、おお……!」
「くぅぅ……!」
臣也も蓮も力の限り立ち上がろうと踏ん張る。互いにかなりのダメージを受けているにも関わらずに闘志は消えていない。
最早意地だ。
だが、気持ちだけではどうにもならないのが現実。故に……。
「お、俺の勝ち、だな……蓮」
「クソ……!」
立ち上がったのは臣也だった。蓮はそのまま倒れ伏す。
結果を分けたのは、術者を強化していた術式と食らった術式の差。
五行濾過で土の元素の力を付与していた臣也は通常の強化術より防御力が高かった。対して蓮は通常の強化術。
そして食らった術式。蓮は棍棒の一振が直撃。
対して臣也は槍を受けたのだが、その勢いは石像の手と蓮自身が臣也を閉じ込める為に張った結界により威力が削がれた。
それがこの結果をもたらした。
「負け……か……」
蓮は仰向けで天を仰ぐ。死力を尽くし負けたのだ。悔しいより、寧ろ清々しい気持ちさえあった。
それは恐らく、蓮がぶつかり合ったのがただの臣也だったからだろう。
「なぁ、お前はどんな家で育ったんだ?」
「ああ?」
「一方的に素性知られてんのは不公平だろ? ほら、勝者特権。お前の身の上話聞かせろ」
ゆっくりと近づいた臣也は倒れる蓮を見下ろし問いかける。蓮は数秒目を伏せて考えたが、やがてため息を吐く。
「別に、ウチはエリートでもなんでもないありふれた陰陽師の家だよ。俺も至って平凡。家族から過度な期待とかもされた事ねぇ」
「……そうなんか」
「まあ、だからこそ誇り高い陰陽師に拘ったんだろうな」
蓮の言う通り如月家は普通で普通の陰陽師の家系。そこに生まれ、平凡に生きてきた。
言ってしまえば量産型の陰陽師だ。
それ故に陰陽師として人を救い、誇り高くある事が蓮自身を何者かにすると思ったのだ。
「俺は今までは実家の嫌がらせとか、カッコイイとこ見せてモテたいとかしか思ってなかったよ。だから誇りとかぶっちゃけ俺には分かんね」
「ハッ……お前らしいな」
「けど……」
「ん?」
「蓮。あんたの誇り高くあろうとするとこ……眩しいぐらいカッケェと思うぜ」
ニッと口角を上げて言う臣也。その曇り無い顔が臣也の言葉に嘘は無いと告げている。
「……ありがとよ。今のお前も十分眩しいぜ」
「おう、あんがとよ」
敗北した蓮。しかしその胸には確かな充足感で満ちていた。
それは臣也も同じであった。
───如月 蓮リタイア。
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