第25話 紅式

「オフィーリア! 準備ができたら教えてくれ!」


 そういうと、大丈夫よ、と声が返ってくる。ルーカスも準備が整ったようだ。俺もまた、指を二本立ててオフィーリアの放つ『千本・白式』の調整をするため身構える。


 戦場で猛威を振るった、鷹山武士団の将“鷹の翼”こと、永信えいしんの『千本』は念動で無数の棒手裏剣を操る術だが、俺の術式は結界術をそのように見立てているだけで、攻撃力では原版に劣る。それでも、遠距離攻撃手段としては有効だ。


「いきますよ!」


 封印術の回路を繋げ、オフィーリアが『千本』を形成し、中庭の噴水に向かって狙いを定める。俺は、噴水の外装を貫通するよう空間術の調整を図った。


 そして、オフィーリアが『千本』を一本放った。……ややこしい字面だが、とにかく一本放ったのだ。


 彼女が顔を顰めるのが遠目に見えた。調整している俺の側にも手応えはない。


「……外したわ」


「そういうものだろ。失敗して何があるわけじゃないし、練習も兼ねて頑張れ」


 そう言うと、オフィーリアはさらにもう一本形成した。


「練習って、まさか今後もリアにナギナタを使わせるつもりです?」


「そうしてもいいとは思ってる。そのうち自分に合った守護霊憑きの武器を見つけるまでは」


「僕、君以上の守護霊がいるとも思えないんですが」


「俺のジュツはオフィーリアの性格には合わないんじゃないか?」


 彼女は結構攻撃をしたい性格だろう。対する俺は基本的には補助に振り切っているし、『千本』と『釁隙』以外にまともに使える攻撃の術式もない。


 と。突然、『千本』に確かな手応え。オフィーリアが命中させたらしい。


 喜ぶ暇もなく、本棚の奥で霊力が膨れ上がる。ほとんど反射的に結界術『桜』を展開。次の瞬間、本棚を割って現れたソレに結界は破られ、俺とルーカスは薙ぎ飛ばされた。


 俺は宙で体勢を整え着地したが、ルーカスは壁に衝突してしまった。


「ルーカス!」


「頭は打ってません、怪我も自分で治せます!」


 ソレ……突然現れたソレは、石でできた人形だ。人形と言って良いのか分からない大きさだが。


「“魔術人形ゴーレム”……!」


「何?! 魔術人形って?!」


 合流したオフィーリアが尋ねる。


「アレです! 昔、魔術師とエクソシストの争いで魔術師側が使ったとされる兵器だ!」


 よく分からないが、戦闘用の式神といったところだろうか。


「最後の試練というわけか!」


「にしては殺意が凄すぎますけどね!」


 式神の破壊の相場は決まっている。ひとつ、術師を叩く。ただし、今回は術師の気配はない、というよりおそらくすでに死去しているため却下。


 もうひとつは、術式の書き換えだ。緻密な術式で成り立つ式神の使役は、すこし回路が潰されるだけで崩壊しやすいのだ。


 そう考えると、実はこの“魔術人形”、これまでの封印術の解術の延長線上にあるといえる。


 足を踏み鳴らしこちらに向かってくる石像。ここで戦うのは狭すぎる。俺は二人の肩を掴み、簡易転移術『白襲』を展開した。魔術人形が目前に迫ったそのとき、周囲の景色が歪む。


 転移先は中庭。勢いよく向かってきていた魔術人形はそのまま壁を破壊し、中庭に落ちてくる。しかし、びくともせず起き上がりこちらを認めた。


「丈夫すぎる」


「回路の破壊しかないですね」


 ルーカスも同じ考えだった。共有の手間が省けた。


「僕は素早い解除はできません、テックにお願いしても?」


「分かった」


 各々向かってくる魔術人形の攻撃を避け散開。オフィーリアの動きが以前より良くなっているのは、霊力操作の感覚を掴んだからだろうか。


「テック、何か私にできることは?!」


「少しでいい、ルーカスと協力して魔術人形を止めてくれ!」


 オフィーリアは頷き、向こう側に走っていった。


 とりあえず、俺は『釁隙』を使う。術印なしなので効果は小さいが、それでも魔術人形はバランスを崩し、ゴトリと右腕を落とす。しかし、構わずこちらに移動してきた。


 なるほど、足や腕は見せかけ。その実態は念動術だ。


「『ヘイリッジ』」


 ルーカスの破魔の光線をものともせず魔術人形は彼の方を向く。


「ルーカス! 対魔物のジュツじゃだめだ!」


 魔術人形は瘴気を纏うモノではないから、瘴気を祓う術は効かない。物理的な攻撃が必須だ。


 魔導人形が自身の右腕を拾い上げ、それをそのままルーカスに投げつける。


「チッ……なるほどですね……!」


 そういうこともできるのか。ルーカスは俊敏な動きでそれを避け、投げつけられた岩は対面の壁を破壊した。まともに喰らえばタダでは済まないだろう。


「対魔物のジュツじゃダメだって言ったって! 僕は物理攻撃の力を持ってないんですよ……!」


 ルーカスは自身の剣を抜き、霊力を纏わせながら言う。


 ルーカスは物理攻撃の術式を持っていないのか……! 確かに、今まで見た光線や結界の術は破魔の力を持っている代物で、魔物や悪魔相手に対する効果は絶大だったが、どちらも実体のある攻撃ではない。


「……まあ、心配しないでください! これでも二年はエクソシストの力なしで勇士の任務を受けてたのでね!」


 変なところで負けず嫌いだ。これは、前に戦ったヒトカゲと同等、いやそれ以上の強さだというのに。


 傍から『千本』が飛んでくる。岩肌に多少の傷が付いた。オフィーリアか。


「オフィーリア、あまり乱用するな! 俺の神力を使っているとはいえ、神力の循環で多少は自分の神力も消耗してる!」


「そんなこと言ってられないでしょ!」


 それを否定できないのも事実だった。


 オフィーリアの『千本』に気を取られている魔術人形の背後からルーカスが剣で関節部に斬りかかる。が、びくともしない。


「く……ッ」


 ルーカスの方に倒れ込むように魔術人形の重心が傾く。咄嗟に印を構え、結界術『椿』を展開。やや発動が遅れたものの問題なく攻撃を防いだ。その隙に逃げ出したルーカスが、剣先を魔術人形のほうへ向ける。


「『アムズ』」


 魔術人形の左足の接続部がゴトリと音を立てる。


「取れはしませんか」


 霊力操作。遠隔での霊力の散開とは、素晴らしい技能の持ち主だ。


 ゴトリと音を立てた部位にオフィーリアの『千本』が突き刺さる。足が一部取れたが、その足はごろごろと転がり、一種の意思を持っているかのようにオフィーリアに突進した。


 オフィーリアが咄嗟に空間結界術『桜』を展開しようとしているが、あれでは間に合わない。


 結界術『椿』、簡易転移術『白襲』の同時展開で間に割り込む。こちらも少しばかり遅れてしまったが、なんとか間に合った。くそ、常時発動の変化の術式が邪魔で、煩雑な『椿』や『白襲』の発動となると全てがやや遅れる。


 ひとまず、『椿』にぶち当たった岩を観察する。かすかな霊力。術式は描かれていない。本体を離れてしばらくすると消える仕組みか。やはり胴を叩くほかないようだ。


 視線をあげて魔術人形を見る。


「オフィーリア」


 ジワ、と変化の術式が滲む。現れるのは、白髪の鬼、“白夜”。俺は二本指の印を構えた。


「『千本それ』はこう使うんだ」


 一瞬ののちに魔術人形の周りにぐるりと赤い結界が構築され、それが数えきれぬほどの針の形になる。


 『千本・紅式』。


 結界術『椿』による遠距離攻撃術式である。それが今、一斉に放たれた。

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