第14話 探し人の話

「今日って宿はどうするの?」


 王都の方角に向かって歩き出したとき、投げかけられたオフィーリアの問いに、俺とルーカスは顔を見合わせた。ヒトカゲ討伐の時点で日暮れだったため、空が黒く染まってからもうかなり経つ。


「今日は……多分寝れないと思う」


「まあ……そうですね」


 オフィーリアがぎょっとしている。


「夜通し歩くってこと?」


「そうなるかな。勇士の人たちがどのくらい追跡に長けているか分からないけど」


「彼らにそういう技能はないとは思いますが、それに長けた者に依頼してもおかしくない。……テックはずっと神力の気配を消しているけれど、そんなことしなくても大丈夫ですよ」


 町を出てからというもの、ずっと霊力を絞っていたことを指摘される。


「感知とかされないのか?」


「出来ると思います?」


 ……思わない。あそこにいた勇士たちは術の知識が皆無だったし、術を扱えるほどの霊力を持っている者もいなかった。


「よく分からない話しないでよ」


「……やっぱり座学必要ですよ」


 顔を顰めてそっぽを向く彼女はそれほど霊的なものに対する勉強に気が乗らないようだ。身体を動かして学びたい性格と見た。


「なんにせよ、なるべく早く町を離れたい。……近くに別の街はあるか?」


「ドレイトの街があるわね」


 ルーカスがオフィーリアの発言に頷く。


「近いと言っても二日はかかりますけどね。夜通し歩けば明日の夕方頃には着くんじゃないですか?」


「じゃあ、それでいこう」


「……テックはこういうのに慣れているの?」


 オフィーリアがおずおずと言った感じで尋ねてきた。


 あと、どうでもいいことだが、ちゃんと本名を名乗ったもののテックという呼び名が変わることはなかった。


「こういうのって?」


「追手から逃げたりとか?」


「あー……経験はあるかな」


 ぼんやりと当時のことを思い出す。


 寧姫ねいひめの手を引いて走った。都から逃げてどこか遠いところを目指した。そうしなければ彼女の身が危なかったから。


 まだ、志堂しどう永信えいしんといった武士団の仲間に出会う前の……そう、俺が十四、寧姫が十五の頃だった。


「例の探し人と一緒にちょっとね」


「嘘、駆け落ち……?」


「そんなわけないだろ!」


 慌てて否定した。

 それを傍観していたルーカス。


「探し人ってどんな人なんです? 目的地までは一緒に探しますよ」


「言ってなかったっけ?」


「言ってませんねぇ。そもそもまともに話したのは今日が初めてですからね」


 そうだっけ?


 いやそうだ。術式の談義が盛り上がりすぎて、なんだか前からの友人のような気分になっていた。なんならオフィーリアも出会って三日の仲なんだった。


「私も聞きたい!」


 オフィーリアについては少々好奇心が見え隠れしているが、手伝いたいという気持ちも本物らしかった。


「長い黒髪の女性だ。背はオフィーリアと同じくらい」


「名前は?」


ネイ。いや……祢寧ネネと名乗っているかも」


「高貴な人なんでしょ?」


「ああ。血筋でいったら、王家の娘ってことになるのかな」


 突如ルーカスが咽せた。


「お、王族? 王女なんですか?」


 王族……王族、か。武家の姫、というのが俺としてはしっくりくる表現なのだが、こちらの言葉ではそれ以外に言い表す言葉が見つからない。


「まあ……大きくいえば?」


「え、じゃあ君は何なんです」


「……重鎮の一族?」


「貴族かい……!」


 ルーカスはあまりの衝撃にか少し乱暴な言い方になっている。


 あと貴族でもない。武士だって言ってるだろう……それをうまく伝えられていないが。


 王朝自体は別にあって、しかしそれでいて武士が政治の実権を握ってきた……妖が蔓延る前はそんな国だったと聞いている。


「要は、騎士としてお姫様を探しているってことよね?」


「半分はそう」


 騎士じゃないけど。


「ふたりして半分とか言わないでくれない?」


「もう半分の理由は?」


「単純に会いたいからかな」


 途端、ふたりが無言になった。少し先を歩いていたので振り返る。


 少し頬を赤らめたオフィーリアと眉間に皺を寄せたルーカス。


「……なんだよ」


「いやー、その……」


「何でリアが照れてるんですか」


「友達の恋バナとか聞いているとこっちまで恥ずかしくなるじゃない。あれよ」


「恋バナ?」


 その反応を見て、自分の発言を思い返した。途端に全身に火がついたように頬が熱くなる。


「ち……違う!」


「え……本当にそうみたいになるんですけど。え、本当にそういう関係なんです?」


 ルーカスまで好奇心を覗かせる。


「そういうのじゃねえよ馬鹿!」


 思わず母語で声を荒げた。


「わ……なんて言われたか分からないけど罵倒された気がする……」


「急にガチっぽいんですけど……」


 なぜか熱い頬を感じながら、俺は歩く足を速めるのであった。




 それから、どのくらい歩いただろうか。オフィーリアが木の根っこにつまずいてふらついたのをルーカスが支えた。


「ご、ごめんなさい」


「いいえ。大丈夫ですか」


 夜通し歩いたのだ。旅慣れしていない者なら仕方ないだろう。空は少し明るくなってきているが、分厚い雲が立ち込めており朝というには薄暗い。


「雨が降りそうだな」


 あいにく笠も持っていない。雨が降ったら面倒だ。そんなことを思っていると、頬に冷たい水が当たった。


「降り始めましたね」


 雨粒は、地面に小さな水玉模様を作り、それは次第に大きくなってやがて地面を埋め尽くした。


「思っていたより強いわね」


「そうですね。あそこの木の下で雨宿りしましょうか」


 かなり大きな大木の下にオフィーリアが座り込む。休憩を取るのにも良い機会だったかもしれない。


「しばらくは立ち往生か」


「すぐに止むんじゃない?」


 そんなもんか、と返事をして俺もまた木の根元に座る。木の葉に当たる雨の音を聞いてあの日の景色に思いを馳せた。

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