第8話 襲いくるものは白く
次の朝、外から響く怒号のような声で目を覚ます。それはオフィーリアも同じだった。
「……なに、まだ鐘も鳴ってないじゃない」
危険な者かもしれないと思いオフィーリアをその場で静止させ、俺は店側へと出る。壁一面に武器を立てかけるため塞がれている窓からは外の様子は当然見えない。しかし、外の人々は扉をドンドンと叩きただならぬ様子だ。
彼らの目的が分からぬ今、扉を開けるのは悪手。
俺は指を二本立てて術式を声に出した。あたりが揺らいだ、そのように感じた瞬間、景色は朝焼けに照らされた街並みに変わる。
簡易転移術『白襲』。
仲間にはそう呼ばれた術だ。術印なしでは長い距離は移動できないが、それでもそれなりの距離を瞬時に移動することができる。これを使って手合わせをすると大抵卑怯だとかズルだとか言われたものだ。
「武器屋に何の用だ」
突然背後から声をかけられ、人々は戸惑いの声をあげる。見たところ勇士だろうか。
「あんた、噂の退魔師か!」
俺を見るやそう話しかけてくる。
「……そういうふうに名乗った覚えはある」
「なぁ頼む!
「それで、テックはヒトカゲの討伐に行くの?」
武器屋の中に戻ると、オフィーリアはそう尋ねてくる。かなり声が大きかったから聞こえていたらしい。
「まあ……手伝うくらいならいいかと思ったけど……オフィーリア、“退魔”ってそんなに強い言葉?」
俺は“魔除けができる者”くらいの言葉を使ったつもりなのだが、それにしては彼らの反応は過剰に思えた。
「うーん……特別な力で魔物を消滅させるのかな、みたいな印象は受けるわね」
思っていたより強そうな名称になってしまっていたようだ。言語の溝……。
「仕方ないな。討伐に参加しよう」
「でも、いいの? あなた、旅の目的があるんでしょう?」
「それはそうだけど。まあ……多少討伐で噂がたったら、向こうから見つけてもらえるかもな、みたいな思惑はある」
この身一つで人探しができる範囲でなんてたかが知れている。俺はあいにく遠くの景色を見る術も誰かと意思疎通を交わす術も持っていないから、人の口の速さを頼るしかないのだ。
「なるほどね。じゃあ……発つときになったら教えて」
「教えてって……オフィーリアも一緒に行くのか?」
「あなた、鉱山の場所が分かるの?」
「それは分からないけど。危なくないか?」
オフィーリアはあら、と言って奥から一枚の封を取り出した。開けるように言われ、中身を見る。流れるように書かれた複雑な線が目に飛び込んでくる。エデレス王国の文字だ。
「……だから読めないんだよ」
「そうだったわね。それは勇士登録書よ。四級は高くもないけれど、今まで何度か魔物の討伐はしてきたわ」
ぼんやり、一昨日の戦いを思い出す。確かにオフィーリアは武人としての構えというか、基礎はできていた気がする。
「……この前来ていた勇士は?」
「あの人たちは要請だからね。一級か準一級の実力者のはずよ。それから、同じく要請のルーカスは二級」
そして、声を潜めてオフィーリアが言う。
「店の前にいる人たちは多分五級か自称勇士よ。あの人たちよりは戦えるわ」
正直、少し悩んだ。しかし、彼女の力を借りなければ行く先がわからないのも事実。
「……分かった。案内を頼む」
町を出てしばらく進むと、山の麓に赤いとかげのようなものが見えた。
「鉱山の奥に出たって話じゃなかったか?!」
「分からないわよ! 外まで出てきてしまったんじゃないの?」
まだとかげはかなり遠い。それなのにあの大きさに見えるということは相当大きい。
しかし。
「魔物って悪魔とは別なのか!」
思い込みだった。俺が過去に討伐していた人ならざるものは“
魔物に相当するのはアカツキの国で言うところの“
鉱山のほうから村の方へ向かって魔物たちが進行していた。魔物は生き物だ。あのヒトカゲに住処を追われ、新たな新天地を求めているのだ。そしてそれは食べ物のある人里の方へ……。
「このあたりの魔物なら低級の勇士でも対応できるわ! テックはヒトカゲのほうに……」
それを聞きつつ、俺は走りながら薙刀を体の前に構え、術を使う。防御結界を捻り、細く鋭い形に形成した。
仲間の技を自分でも使えるよう術式を組んで作った術だ。原版より威力は劣るものの数少ない遠距離攻撃として重宝された。
その大量の小さな槍があたりの魔物に突き刺さる。
「……あなた、本当にその道の人なのね」
「伊達に十年以上武人やってるわけじゃないんでね」
「じゅっ……」
彼女は目玉が落ちそうなほど見開かれた目でこちらを見る。
ヒトカゲの下では何人かの勇士たちが戦っている様子が見えた。……まずい。あの戦い方では無事じゃ済まないだろう。
「オフィーリア、助かった。悪いけど先に行く」
「えっ」
その声を聞くか聞かないかくらいで俺は例の転移術でヒトカゲの元へ急行するのだった。
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